買い物などで外に出ればいきなり走ってこられ、インタビューを受けたり写真を撮られたりすることが毎日のように続き、苦情が至るところに出ました。
結果、取材する人数の制限を決めることや玄関前の張り込みはしてはならないといった規制を設けました。それほど世間が注目していた騒動であったことがうかがえます。
畠山鈴香を死体遺棄・殺害で逮捕
彼女を怪しいなと感じつつも、精神バランスが不安定なことや言動に一定性がないことが、なかなか線の繋がらない捜査でもあったようです。しかし、警察の地道な捜査から逮捕までたどり着くことができたのです。
報道では大きく取り上げられ悲劇の母親から一変し、悪行の母としてメディアも賑わせます。高校の卒業文集の書いたことが当たってしまったのです。
自宅から米山豪憲君の血痕が見つかった
決めては鈴香の自宅内にありました。捜査協力として自宅内を調べたところ、小さな血の跡を見つけます。DNA鑑定をしたところ豪憲くんのものと同じでした。これが逮捕する決定的な証拠になったのです。
無念だった彼の助けがおりてきたのかもしれませんね。
米山豪憲君・畠山彩香ちゃん殺害で再逮捕
取調べを進めていくうちに、彼女は男の子を殺めたことを認めました。そしてさらに事故と処理していた愛娘の件にも触れていくうち、彼女が関係していることが判明するのです。
大きな衝撃と共に、なぜ幼い未来ある子供たちの命が絶たれてしまったのかが疑問に残るのです。彼女の口からは、驚きの言葉が返ってくるのでした。
秋田児童連続殺害事件、畠山鈴香の供述
一気に悪として名を有名にした彼女ですが、なぜ自分の血を分けた愛おしい娘と友達であった男の子、2人を殺める必要があったのでしょう?シングルマザーとして日々模索しながら子育てをして世話をしていたのではなかったでしょうか?
警察とのやり取りで、母親から出る言葉ではない冷酷で歪んだ心を表すかのような経緯を語るのでした。どんなことを語ったのかご紹介していきます。
助けを求める娘を橋から突き落とした
彩香ちゃんと散歩をしていた際に、川へ着きます。柵の隙間から下を見下ろすと魚が泳いでいる姿がみえるのですが、その当時は夕方で薄暗く見えにくい状況でした。
魚が見たいと訴える娘に対し、橋の手すり部分に乗せて魚を見せようとしたのですが、高くて怖がり手を握ってもらおうと母に手を出します。突如強烈なイライラした感情が襲ってきたと語っています。
この子なんかいなくなればいいと心の叫びが聞こえたかのように、助けを求めようとした手を払いのけ、逆に押したのです。バランスを崩した愛娘は川へ急降下したのでした。
この一連で、急に起こった出来事で頭が真っ白になり、助けを呼ぶことができなかったと言ったかと思えば、どうして私が犯人にならないといけない?と言い出す不安定さがうかがえるのです。
豪憲君殺害は娘の事故を事件と思わせたかったから
2つ家を挟んだ近所で年齢も近かったことから、よく遊んでいた仲だったようです。犯行の当日は娘の形見として何か持って行ってと家に招き入れます。それまでは殺意はなかったと話しています。
ですが事は急変します。家の中に入ってきた途端に、自分の娘はいなくていつも遊んでいたこの子はなぜ元気に過ごしているのかと思えてきたのです。
そして今、男の子を殺めれば娘の事故処理は事件として扱われるようになるのでは?と思ったのです。殺そうという衝動が抑えきれなかったのでした。あまりにも命を軽視しており身勝手で残虐な行為といえます。
秋田児童連続殺害事件の裁判と判決
世間を悲しみと恐怖で騒ぎ立てた騒動についての判決は、注目を集めるとともに彼女の精神不安定な部分と話すたびに変わる供述内容が刑を決める焦点ではないかとされてきました。
小さなころに父親から負った虐待という大きな心の損傷は、大人になってまでも引きづることを証明した姿ともいえるのではないでしょうか?かといって殺めることは許されることではありません。
罪はきちんと償うべきです。心のアンバランさが事の重大さを理解していないように思えてなりません。傍聴していた男の子ご遺族はどんな思いで容疑者を見つめ、声を聞いていたのでしょうか?
鈴香は米山豪憲君の両親に土下座した
部屋へ入るなり、裁判長に発言の許可を求めます。履いていたサンダルを脱ぎ、素足となって遺族の席の方を向いたと思ったら、深く土下座をし涙をためながら謝罪をしたのでした。
この姿をまっすぐ視線をそらさずにじっと見つめていた父親と、目をギュッと閉じて涙をこらえた母親がいました。
目をそむけずにいかりの視線を送った姿にも見て取れる父親の姿は、現実から逃げずに真実を知りたいという強い思いが伝わってくるようです。
反対に母親は一瞬にして悲しみの底に落とされた憎しみ、怒り色んな複雑な思いが入り混ざり、酷使できなかったのではないでしょうか?どちらも最愛の我が子を失った深い悲しみは癒えることはありません。
謝罪と涙は本物?
死刑を逃れるための演技だったのではないかと父親は疑問視しています。以前はどうして私が犯人なのか?と問いただす発言をしたり、日記に豪憲くん意外にも子供がいるのだからなぜ悲しいのかと冷酷な想いが綴られていたのです。
対面した途端の変わりようだったことから、真意で言っているとは到底思えないと怒りをあらわにしています。
初公判から審判まで13回に及ぶ裁判だった
口に出す言葉が日によって異なるため、慎重な進行が重要とされました。じっくり時間をかけて聞き取りを行ったうえで、裁判へ持っていったため初めての公判が逮捕から2年も後になったのです。
異例ともいえる長い期間は、それほど彼女の異常な精神状況がうかがえます。責任能力の是か非かも判決にとても重要となる要素のため精神鑑定も行いました。
話をまとめたりと参考資料を作成するにも時間を要したとされています。
秋田児童連続殺害事件の判決は無期懲役
2人の尊い命を奪ったことはとても重い罪であり死刑かと予想されていましたが、次に重い刑が下されました。これには彩香ちゃんに対しての殺そうとした意志はなかったと彼女は否定し、豪憲くんへの殺意は認めています。
この一連で計画性がなかったとされ、極刑は免れた形となりました。別名終身刑ですので死を迎えるまで償いは続くのです。彼女が犯した罪は重くのしかかるのです。
秋田児童連続殺害事件後の余波と現在
刑が確定したことで、終結を迎えようとしています。ただ幼い愛する我が子を突然失ってしまったご遺族の心は深く傷つき暗い闇の中にいるようでしょう。終わらない悲しみが続いています。
罪人となったことで他の家族にも世間からは厳しい目で見られます。自分だけの問題ではなく多くのまわりにいる人たちが悲しみや苦しみを味わって生きていかなければならないのです。
同じ罪人としてのレッテルを背負って生きていくことは家族からすると、遺族に対しなんとお詫びしたらよいのかいたたまれないことでしょう。
現在の彼女はどのような状態でしょうか?本人や家族の近況についてご紹介していきます。
畠山鈴香は現在も刑務所で服役中
現在は福島の刑務所で罪を償っています。終身刑を科せられた罪人は毎日決められた作業を指示されます。これを毎日死を迎えるまで行います。休むことは許されません。
自分の身勝手な行いから命を奪ってしまったことを悔やみ、償っていくのです。課せられた罪は重く彼女の背中にのしかかっています。
畠山鈴香の両親
鈴香の件だけでなく、こういった事件が世間に明るみとなると残された家族の方が、強い風当たりをひしひしと感じ、辛い思いをすることが多いとされます。
本人は塀の中にいるので感じることはないですが、家族らはいつも通りに生きていかなければいけないため、世の鋭い視線が痛いほど伝わってくるのです。
酷い暴力をふるっていた父親は現世にいません。自分の夫である葬儀へ出ることも許されなかったようです。罪人を産んだ本人ということで父親側の親族が許さなかったのでしょう。
生涯を共にした伴侶の最期のお別れさえできず、拒否されるのです。