更には世界征服の手段として必要な銃の購入費、サリンの効果を確かめる科学実験費、また1999年に来ると信じられていたアルマゲドンに備えての核シェルターの建築費として使われていました。
マハーポーシャとのほかにも多数のショップを経営していた
オウム真理教はパーツショップの他にも飲食店やスナックの経営など多様なショップを経営していました。更には印刷業や建築会社などの経営にも及んだと言われています。
多くの信者たちを抱え、ほぼ全ての事業で人件費を抑えていたので利益率も相当なものであったそうです。
オウム真理教は2000年に消滅している
地下鉄サリン事件など、一連のオウム真理教による事件が頻発した90年代。
直接事件に関わった幹部やオウム真理教の代表者であった麻原彰晃が逮捕された事により教団は徐々に崩壊していき、消滅の一途をたどりました。
地下鉄サリン事件後のマハーポーシャの様子
経営母体であるオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件以降、オウム真理教の息がかかるマハーポーシャの存続も危ぶまれる事となりました。
2019年現在は完全に閉店していますが、ここでは閉店までの当時の様子を振り返ります。
マハーポーシャは教祖逮捕後もしばらくは営業継続
地下鉄サリン事件後、教団と毒物の関係性が公に知られる事となり、教団の存続もここまでとなりました。麻原彰晃の逮捕以降もしばらく経営していましたが、麻原の逮捕と同年に全店舗が閉店しました。
マハーポーシャは名前を変えて営業継続
事件の影響で閉店を余儀なくされたマハーポーシャでしたが閉店からしばらくすると店舗名を変えて営業を再開しました。
更に翌2年後には新しく3店舗を秋葉原に出店。オウム関連の店舗である事は周知の事実でしたが、スタッフは頑なに否定し続けていました。
マハーポーシャは店長逮捕により閉店へ
営業再開後も、警察による徹底的なマークは続いていました。数回に及ぶ強制捜査が行われた結果、元マハーポーシャの店長は公文書偽造罪で逮捕されました。
その他の店舗も同様の立ち入り捜査が何度も行われ、2000年に入ると共に全ての店舗が閉店する事となりました。
マハーポーシャの現在の様子は?
店長の逮捕を受け経営が困難になったマハーポーシャ。一連の流れを受け、その他の店舗も同様に存続が不可能となっていきました。オウムビルやマハーポーシャがあった場所は現在どうなっているのでしょうか。