【ロボトミー殺人事件】事件の概要や判決・桜庭章司の生い立ちや現在は?

私宅監置療法

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1900年に精神病者監護法により、ある一定の条件のもと申請さえすれば、合法的に障害者を監禁することができました。

ですが結局、地下などの狭く、不衛生な暗い部屋に閉じ込めたりするだけですので、治療は行われず放置状態でした。

江戸時代の名残

当時の日本は、精神障害を狐憑きや祟りなどからよるものと信じられており、その上精神科医が不足していたため、家族内で対処する必要がありました。

今では考えられない非科学的な偏見ではありますが、当時はまだその名残があり、「家族の恥」として、闇に押し込んでいたことが、社会的に認められてしまったのです。

現代の観点からすれば、その考え方こそが非人道的だと誰もが思うでしょうが、当時の時代背景、医療技術、病気に対する理解などから考えると、こうするしかなかったのかもしれません。

禁止はされたが問題は続いた

1950年に、この治療法は禁止され、その後、精神科医も病院も増えました。これにより、多くの患者が治療を受けられるようになりました。

ですが、症状が落ち着いても社会に参加できず、家に戻れない精神障害の患者もいました。その多くが病院に戻り、入院せざるを得なくなりました。

結局、昔の座敷牢のような暗闇に押し込まれていたのが、今度は病院に変わっただけで、患者にとって幸せな選択ではなかったというのが現状です。

精神病院で起きた事件は他にもあった

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日本では、戦後になって精神病院の不祥事が急増しました。その内容のすさまじさに同じ人間のやることとは思えない所業がありました。今回はその中で3つの事件をまとめました。

宇都宮病院事件

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この事件は、統合失調症とアルコール中毒の患者2人が職員から暴行を受けて死亡したことが発覚し、国際問題にまで発展した大事件です。

退院した患者の告発により、過去3年間で延べ220人の患者がなくなっていたことも発覚し、そのおぞましき実態が次々に発覚しました。

反抗的ならリンチ

統合失調症の患者は、ご飯を食べたくないと言い、捨ててしまったことに職員が腹を立て暴行し、相手が抵抗して来たため、複数人でリンチし殺してしまったといいます。

アルコール中毒の患者は、こんな病院出たいと家族に話していたため、椅子やモップの柄の部分で殴り続け死亡させました。

日常的に鉄パイプや電気ショックなども行われており、リンチをする職員たちの中に別の障害者を加えることもあったそうです。

軽すぎる判決

この病院の院長である石川は、暴行の他、違法に患者の脳を収集したり、金銭を横領、行動を監視、満足な食事を与えないなど、数々の罪が発覚し、職員たちとともに裁判にかけられます。

ですが、暴行やリンチ殺人を繰り返して来た職員は、最高で懲役4年、最低で16ヶ月の執行猶予付きでした。そして院長はたったの懲役8ヶ月でした。

人権を全くもって無視し、非道の限りを尽くした上、私腹を肥やしていたにもかかわらず、あまりにも軽い刑罰で幕を下ろしました。

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