ジミー大西の絵がすごい!販売価格はいくら?画家を辞めた理由はなに?

公演のポスターを見てびっくりしました。なんと吉本新喜劇における大御所、坂田利夫師匠の反対側に堂々と写真が載っています。知らない間に、大御所に負けないくらいの地位になったんですね。

お笑いから画家を目指したもう1人の大西さん

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ジミー大西と同じく、お笑い芸人から画家へと転身したもう1人の大西さんがいます。ここからは、ジミー大西とは全く異なるもう1人の大西さんの軌跡を紹介します。

その名は元ちゃらんぽらんの大西浩仁氏

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ちゃらんぽらんは、フリー時代にその実力が認められて、吉本入りした異色の漫才コンビです。そこでツッコミを担当していたのが大西浩仁氏でした。持ちネタであった「ちゅ〜〜と(中途)半端やなぁ〜!」が注目され、ちゃらんぽらんは人気漫才師の仲間入りをします。

子供のころからの夢を叶えるために画家へ転身

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5歳のときから絵を描き始め、そのころから画家になりという夢を持ち、その夢を叶えるために芸能界を引退し画家へと転身します。それと同時にちゃらんぽらんも解散することになりました。

芸人を辞めた理由は、仲間からの勧めではなく、自分の意志で画家になる道を選んだことです。仲間からの勧めで転身したジミー大西とは、真逆の決断ともいえます。

画家としての大西浩仁さん

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お笑い芸人時代から、二紀展の全国大会などで入選し、画家としての素質は充分にありました。芸能界引退後、スペインで創作活動や個展を開くなど、更に活動の場を広げていきます。

太陽をモチーフにした作品が多い

画風の特徴としては、太陽を描いた作品が多いことで知られています。本人曰く、地球の生命の源が太陽であり、全世界の平和を祈る意味も込めている、という理由からきています。

スペイン滞在時の創作動画ですが、もはや漫才師だったころの面影はありませんね。完璧な芸術家に見えます。

大西浩仁さんの現在は

現在は、岡山県矢掛町を拠点に創作活動を続けており、太陽のみでなく、お城の絵などを描いたりもしています。また、後進の育成などにも力を入れているようです。

小学6年生を相手に絵の講義をしています。話し方などを見る限り、こちらの動画では漫才師だったころの面影があり、なにか懐かしさを感じます。

ジミー大西は現在、絵を描くことを辞めた状態ですが、こちらの大西さんはまだまだ頑張っています。これからもみんなが感動する作品を作り続けて下さいね。

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