この重圧はとても大きく、18歳から23歳までの5年間は毎日死にたいと思っていたようです。
辛すぎて10代の頃の記憶が無い
堂本剛の過ごしてきた10代は彼にとってあまりに辛く、もはや記憶に無いそうです。このような精神状態が続けば堂本剛がパニック障害を発症しても何ら不思議はありません。
堂本剛は人前に出るのは苦手だったようで、自分の性格に合わない仕事をしていた事もパニック障害の発症に繋がったのかもしれません。
また、アイドルとして着飾った自分と本当の自分との葛藤が辛かった事も、パニック障害の要因のひとつと言われています。
コンサート中の過呼吸や体調不良で倒れることも
人前に出る事が苦手な堂本剛がコンサートに一番負担を感じていて、それがパニック障害の一番の原因ではないかと思われる事件が発生しました。
まず、2000年夏のコンサートツアーでナゴヤドーム第一部公演の途中に過呼吸の酷い発作を発生してしまいました。また、2003年5月の「Dome F Concert」の途中にも体調不良で倒れたのです。
このコンサートでの出来事がきっかけで、堂本剛はジャニーズの公式サイトで過換気症候群およびパニック障害での闘病中であるという事を公表しました。
堂本剛を支えた堂本光一の存在
パニック障害に苦しむ堂本剛を支えたのが相棒である堂本光一です。堂本光一は1979年1月1日生まれで、兵庫県の芦屋市出身です。堂本光一も堂本剛と同じく姉が勝手に履歴書を郵送した事がきっかけのようです。
堂本剛も堂本光一も姉が勝手に履歴書を送った事がきっかけで、運命的な出会いをしたのが奇跡のように感じられます。