「あたしはもうお嫁にいけません」は検索してはいけない言葉?閲覧注意の理由と元ネタを解説!

女性 後ろ姿

その中から、「あたしはもう お嫁にはいけません」と共通点を持つ作品として、「不気味な自画像」、「女性の傷ついた心を表す絵」、「見ると死ぬと言われている絵」の特徴がある3つの作品をご紹介します。

ジェームズ・アンソール「骸骨としての自画像」

ジェームズ・アンソールの「骸骨としての自画像」は、「あたしはもう お嫁にはいけません」と「不気味な自画像」という点で共通点が見られる絵です。

ジェームズ・アンソール(1860~1949)はベルギーの画家です。彼の描く絵は、仮面や骸骨をモチーフとした、鮮やかながらどこか死の臭いのする作品が多く、人を不安にさせる雰囲気を持っています。作品には自画像も多くあり、その中の一つが1889年に作られた「骸骨としての自画像」と題される、小さなエッチングです。窓の前に立つアンソールの顔は骸骨になっており、今にも命の灯が消え入りそうな、不安さと不吉さに満ちています。自身の顔を骸骨として描いた理由は、アンソールが強迫観念のように死を強く意識していたからであるといわれています。

フリーダ・カーロ「ちょっとした刺し傷」

「ちょっとした刺し傷」は、「あたしはもう お嫁にはいけません」と「女性の傷ついた心を表す絵」という点で共通点が見られる絵です。フリーダ・カーロ(1907~1954)はメキシコの女流画家です。ダイナミックな壁画作品で有名な画家ディエゴ・リベラの妻としても知られています。

ディエゴは恋多き男性であり、さまざまな女性と浮名を流した挙句、フリーダの妹とも関係を持ってしまいました。愛する夫と妹が密通していることを知ったフリーダが描いた絵が、「ちょっとした刺し傷」です。ベッドに横たわる刺し傷だらけの女性と、その傍らでナイフを持って立つ男性、額にまで血になぞらえた赤い絵の具が散っています。

ディエゴにとっては「ちょっとした過ち」でも、フリーダにとっては死にも勝る苦しみであったことが、痛いほど伝わってくる絵画です。

ズジスワフ・ベクシンスキー「無題」

ズジスワフ・ベクシンスキーの「無題」は、「あたしはもう お嫁にはいけません」と「見ると死ぬと言われている絵」という点で共通点が見られる絵です。ズジスワフ・ベクシンスキー(1929~2005)はポーランドの画家です。死や絶望、退廃をモチーフにした、バロックやゴシックといった技法で描いた暗く不気味な絵を描いており、「終焉の画家」とも呼ばれています。

荒れ果てた大地を背景に、椅子に置かれた生首が描かれた「無題」という作品は、「3回見ると死ぬ」といわれています。もちろん、「あたしはもう お嫁にはいけません」と同じく、都市伝説に過ぎません。彼の作品をじっくり見ると、不気味さの中にも神々しさ、荘厳な美しさが感じられるでしょう。

「あたしはもう お嫁にはいけません」を見た人の声は?

検索してはいけない

「あたしはもう お嫁にはいけません」はネット上で恐怖画像と見なされていたこともあり、X(Twitter)でも多くその名前を聞くことができます。それでは、「あたしはもう お嫁にはいけません」を見た人の口コミを見ていきましょう。

NEXT 口コミ①:検索してはいけない言葉「あたしはもう お嫁にはいけません」を紹介