ドラえもん幻の回「行かなきゃ」がヤバイ!
ドラえもんと言えば知らない人などいない国民的人気キャラクターです。しかし中には何か心に引っかかる記憶があるという人もたくさんいます。今でも多くの人の心に残り噂される「行かなきゃ」の回とはいったいどんな内容なのでしょうか。見ていきましょう。
ドラえもん「行かなきゃ」の回
真っ暗な画面の中、背を向けたのび太が一人でゆっくりと歩いています。何もしゃべることなく黙々と歩き続けます。10分ほど歩き続けたところでのび太が振り返って「行かなきゃ」と言ったところで放送は終了しました。この回はタイトルがなく、最後にセリフがたった一言だけというインパクトから「行かなきゃ」の回と呼ばれています。
深夜に突如始まった放送
この回の放送はある日の深夜に何の前触れもなく突然始まりました。毎週のレギュラー放送はありましたが曜日が違っていましたし、放送時間も全く違っています。そもそも番組表にドラえもんの放送があるとはどこにも書かれていなかったのです。
ドラえもん「行かなきゃ」の放送時間は10分程度
のび太が延々歩いて最後にたった一言「行かなきゃ」と言っただけの回、その放送時間は10分足らずです。通常30分のアニメ番組でコマーシャルを挟んで2つのエピソードを放送するということであれば1つの話は10分程度になりますが「行かなきゃ」の回は他に何もなく、それだけでは中途半端すぎて普通ではありません。
ドラえもん「行かなきゃ」という回の謎
放送予定のなかった深夜という時間帯に、中途半端な長さで、特に盛り上がりもオチもなく、最後のセリフもたった一言で何を伝えたいのかよくわからないという意味不明な内容で放送されたこの回ですが、謎は他にもあります。ここではその不思議な謎を説明していきましょう。
謎①のび太の声が藤子・F・不二雄!?
のび太が最後に言ったセリフ「行かなきゃ」ですが、この声はいつもののび太の声ではありませんでした。実はドラえもんの作者である藤子・F・不二雄先生の声だったのです。なぜ声が入れかわってしまったのでしょうか。
謎②放送された日は藤子・F・不二雄が死去した日
この「行かなきゃ」の回が放送されたのは1996年9月23日の深夜でした。この日が何の日なのかと言えば、まさに藤子F先生が亡くなったその日なのです。この日に放送された意味があるとすればこれ以外に考えられません。
謎③「行かなきゃ」の意味
何の意味もない内容だったと思われましたが、藤子F先生が亡くなったその日に放送されたとなれば、ましてや声が藤子F先生本人であったのであれば、これはもう藤子F先生の最後のメッセージだったと考えられます。つまり「行かなきゃ」という言葉は、藤子F先生があちらの世界に旅立たなければならなくなったということを意味しているわけです。
ドラえもん「行かなきゃ」の真相を考察①心霊ジャック説
この「行かなきゃ」の回はなぜ放送されたのでしょうか。誰かが意図的に放送したものなのでしょうか。それとも藤子F先生のドラえもんや全国の子供たちに対する強い思いが引き起こした霊的な現象なのでしょうか。考察していきましょう。
心霊ジャックとは
バスジャック、電波ジャックというように何かを乗っ取る場合に使われる意味のジャックに心霊を組み合わせて心霊ジャックです。心霊的な乗っ取りということです。この場合はテレビ電波が心霊現象で乗っ取られたのではないかというわけです。
突然始まった予定にない放送
深夜に突然予定にない放送が始まったというのは何故なのか疑問が残ります。また、放送日は前述の通り藤子F先生が亡くなった9月23日ですが、訃報が報道されて世間に知らされたのは次の日、9月24日の朝からでした。やはり報道前に放送されたという点は疑問です。
死んだ人(藤子F不二雄)の肉声
これらが心霊ジャックと考えると納得できます。藤子F先生がどれだけ強い思いでドラえもんを描いてきたか誰もが知っていますし、描き続けることができなくなった時の無念の思いもまた強かったでしょう。もっと描き続けたかったに違いありません。その強い思いが幻のアニメを作り出し、最後のメッセージを伝えたとは考えられないでしょうか。
心霊現象に興味のある人はこちらの記事もどうぞご覧ください。
ドラえもん「行かなきゃ」の真相を考察②意図的に流された説
とは言え、やはり誰かによって意図的に放送された可能性が否定できないのも事実です。もしそうであるなら誰がどのような目的でこのような不可解な回を制作して放送したのか、心霊現象とは別の視点から見ていきましょう。
のび太の声が藤子・F・不二雄
のび太の声が藤子F先生の声になっていたという事は、声を事前に収録していたのではないかと考えられます。藤子F先生が亡くなった時に放送できるように準備していたという事になります。だとすると果たして誰がどんな目的を持って準備していたというのでしょうか。
「行かなきゃ」にこめられた作者のメッセージ
作者本人が伝えたかったことがあると考えると「行かなきゃ」というたった一言の中にいろいろな意味を感じることができます。ドラえもんを待っている子供たちに応え続けたいが、それがかなわくなった時には最後に報告と感謝の気持ちを伝えたいと思っていたとしても不思議ではありません。
ドラえもん「行かなきゃ」は死を予期して作られた可能性
藤子F先生は亡くなる10年も前からガンなどで体調を崩していました。少しずつ体が弱っていくのを感じて自分の死を予感していたとすれば、ファンにメッセージを残し、最後に放送して欲しいと考えたのではないでしょうか。それを親密な関係者にお願いして極秘に制作していたという可能性はあります。
ドラえもん「行かなきゃ」の真相は?
さまざまな想像をかきたてるこの「行かなきゃ」の回ですが実際のところはどうなのでしょうか。これだけ話題になっているなら今どきネット検索で動画の一つも見つけられるのではないかと思われます。
ドラえもん「行かなきゃ」の動画は残っていない
ところがこれだけ話題になっているにもかかわらず、放送回の動画は見つからないのです。個人で噂を元に再構成した動画は見つけることはできますが、本当のオリジナル動画は今のところ存在しません。放送局からも出てきませんので本当にないようです。なければ検証もできません。
ドラえもん「行かなきゃ」を見た人多数
証拠がないならやっぱりウソなのでは?と思う人も多いでしょう。ところがそう簡単には決めつけられません。かなり大勢の人たちが「見た」と証言しているのです。元をたどれば証言は一つという可能性もありますが、これについては同時期にいろいろな人が見たと言っているのです。
ドラえもん「行かなきゃ」には別のバージョンもある
そしてこれらの証言はだいたいの部分で一致しており信憑性を高めています。ところが証言が多すぎるためか、必ずしも一致していないものもあり、似ている話から全く似ても似つかない話までさまざまに語られています。
ドラえもん「行かなきゃ」の別バージョン①
このように複数の人が見たという話が複数存在します。複数の人が同じような話を見たと言っている以上、記憶違いや見間違いであると簡単に切り捨てることもできません。それでは別のバージョンを見ていきましょう。
のび太がジャイアンに正々堂々立ち向かう話
いつものようにジャイアンにいじめられるのび太に、見かねたドラえもんが秘密道具を取り出して渡そうとします。しかしのび太はそれを受け取ろうとせずに正々堂々と戦います。それを見てドラえもんは涙を流します。その行動にジャイアンも心を打たれ最後には握手をして仲直りします。
そしてのび太は振り返りこう言います。「子供にはゆめを大人には希望をあたえてきた。もう私が活躍することもないが、これからも時々でいいから思い出して欲しい。もう私がいるべき世界へいかなきゃならない。またあえる日を楽しみにしているよ」この声もまた藤子F先生の声でした。
オリジナルに似たようなエンディングがある!?
いくつか存在する原作版ドラえもんの最終回の中に似ているシーンがあります。「さようなら、ドラえもん」という話の中でいつものようにジャイアンに殴られているのび太ですが、この日はなかなかあきらめません。「自分がしっかりしないとドラえもんが安心して未来へ帰れないんだ!」と食い下がります。