鬼怒川温泉はどこにある?
鬼怒川温泉は歴史ある温泉街。1641年に鬼怒川の西側で源泉を発見。その当時の名前は「滝温泉」。1751年日光奉行が支配した後諸大名や僧侶達だけが入れる温泉でした。明治時代になり庶民も入浴が許され、後1927年に西側「滝温泉」東側「藤原温泉」を合わせ鬼が怒るような荒々しい流から「鬼怒川温泉」と現在の呼び名になりました。
鬼怒川温泉は栃木県日光市
鬼怒川温泉駅は栃木県日光市を流れるエメラルド色の鬼怒川の上流域にあり、都心から約2時間で行ける「東京の奥座敷」の一つと言われます。人気テーマパークが多数あり鬼怒川温泉駅から立ち寄れます。少し足を伸ばせば日光の文化財や川治温泉へも行ける便利な立地です。交通機関が発達して空港へもアクセスが便利になりました。
鬼怒川温泉駅までのアクセス
特急電車 到着時間:約2時間10分・JR新宿駅発「特急スペーシアきぬがわ」「特急きぬがわ」・東武浅草駅発「特急リバティ会津」「特急きぬ」平日・土日休日・午後割・夜割の料金設定。車 到着時間:約3時間(渋滞含まない)・宇都宮ICから日光宇都宮道路へ。今市インターから一般道で鬼怒川温泉へ。
鬼怒川温泉の人気スポット
栃木県といえば鬼怒川温泉と日光市まで含めた観光が有名です。そして新しいシンボルとなるSL大樹がこれからの日光と鬼怒川温泉地域の素晴らしさを伝えています。回転台ショーや撮影スポットなどで楽しむ電車・SL・写真が趣味の利用も増えました
「SL大樹」登場!
2017年8月に運行開始し土・日・祝日を中心に下今市駅~鬼怒川温泉駅を1日3往復しています。始発駅で行うSLの転車台ショーや付近での撮影などファンの方が楽しんでいます。SL全盛期の雰囲気を配慮して、運転席、客車、制服、リニューアルした下今市駅、SL展示館も全て期待を裏切らない懐かしさを大切にしたデザインです。
「鬼怒太の温泉」でリフレッシュ!
鬼怒川温泉駅前広場に無料で利用できる足湯です。周辺の鬼怒川温と同じ温泉が堪能できます。電車の待ち時間や散策の休憩など観光客や地元の人に広く利用されています。効能はルカリ性単純温泉の効能は神経痛、筋肉痛、関節炎などで歩き疲れた時にはぴったりな温泉です。
「鬼怒子の温泉」もあります。
鬼怒子は鬼怒太の妹です。鬼怒川渓谷のくろがね橋公園内にあるもう一つの足湯温泉、鬼怒子の湯も紹介す。こちは鬼怒川温泉駅前の鬼怒太の湯と景色が違い、美しい自然の眺め橋からの絶景を楽しみながらのんびり足を癒すことができます。簡易的な更衣室あります。鬼怒川温泉駅から徒歩15分
七福邪鬼めぐりスタンプラリー
鬼怒川ライン下り
頭さんが鬼怒川の自然を案内して舵を操り、鬼怒川温泉駅周辺~日光江戸村・東武ワールドスクエア付近で下船します。下船あと付近の観光をしない場合は出発地点まで送迎します。4月中旬~11月下旬無休。安全次第で運行中止。鬼怒川温泉駅徒歩5分受付。大人2800円子供1800円3歳以下600円。平日15:45限定半額サービスあり。
鬼怒川温泉ロープウェイ
3分ほどで300Mの山頂まで到着。展望台から風光明媚なエメラルド色の鬼怒川を一望することができます。山頂には温泉神社・売店・おさるの山(エサ代100円)・ハイキングコース(約1時間)があります。鬼怒川公園駅から徒歩5分、鬼怒川温泉駅前から車で5分徒歩15分。大人1100円子供600円3歳以下無料(往復料金)駐車場無料。
鬼怒川ライン下り・ロープウェイセット券発売中
両方楽しむなら「ロープウェイとライン下りパック」を利用すると、大人3300円子供2000円幼児600円とお得になります。ロープウェイ乗り場まではバスで送迎するサービスがあり、車がなくても問題ありません。ライン下りの受付・ロープウェイの窓口・提携ホテルフロントにて販売しています。
東武ワールドスクウェア
世界中の建物が102点、1/25のミニチュアが展示。地域の人々もリアルに再現しています。2017年から開業した東武ワールドスクウェア駅から1分。鬼怒川温泉駅から3番バス乗場5分。東武鉄道窓口にて都内からの往復料金と4日日間有効な指定区間乗り放題、などの他にも特典がついた入園券を販売中です。
EDO WONDERLAND 日光江戸村
関所を通過したら旅籠屋で江戸人に変身できます。(任意・別料金)職業体験は人気がある・岡引・忍術・侍など江戸村ならではの職種です。花魁道中や捕り物劇のイベントも多数で1日中楽しめます。江戸村到着前に前売り券を手に入れるのがお得です。1日手形・大人4700円・小人2400円から10%引き未就学児無料。駐車場800円。
とりっくあーとぴあ日光
見て触れて不思議な絵。写真も撮って遊べる美術館「とりっくあーとぴあ日光」館内には目の錯覚で仕掛け絵がたくさんあり、びっくりするような仕掛けがで不思議な空間です。鬼怒川温泉駅循環バス10分ホームページに300円割引券あり。大人1,900円 → 1,600円小人1,100円 → 800円。平日子供半額。
鬼怒川温泉には廃墟がたくさん!廃墟が増えた理由
温泉・レジャー・観光・交通機関。これだけの好条件が揃っていながらなぜ鬼怒川温泉宿泊施設に廃業の危機が訪れたのか。高度経済成長からバブル崩壊のあおりを受け、廃墟ができた理由をまとめました。
足利銀行の破綻
好調期の鬼怒川温泉宿泊施設は、東京から押し寄せる観光客の受け入れのため増改築を繰り返し規模を拡大して大型施設となり、足利銀行は鬼怒川温泉宿泊施設のほとんどに巨額な融資をしていました。バブル崩壊後も売上減少する冬季の運転資金融資や、返済困難な既存借入を新規融資で支払う、などをして融資を続け2003年に破綻しました。
鬼怒川温泉が狙ったレジャー多様化
全盛期の鬼怒川温泉宿泊施設ではバスで団体客が一斉に到着するため接客は効率的で全てホテル都合で決められていました。大きな部屋での雑魚寝と夕食は大きな宴会場で騒ぐので窓はつけず、食事内容や時間の変更は受けられず料理は冷めていたそうです。お風呂は常時入れる大浴場で個人の部屋風呂はありません。個人の宿泊客は断っていました。
バブル崩壊後の宿泊客の激減
人々は余暇への考え方が変わり旅行への要求も変化し、海外旅行や一人旅などの個人的な趣味趣向が重要に変わりました。それまでの温泉旅行が時代遅れとなり、接客スタイルを変えない鬼怒川温泉宿泊施設は経営が悪化していきます。全盛期に年間350万人以上だった宿泊客は、2003年に200万人以下に減少しました。
観光客と旅館経営者の感覚のズレ
観光客は鬼怒川温泉と風光明媚な自然を求めて鬼怒川温泉にくるのですが、旅館経営者には交通の便利生、鬼怒川温泉の知名度、周辺のテーマパークを鬼怒川温泉の魅力と考え、増設して巨大になった大型施設が景色を隠していることの重要さを考えず、今では絶景を眺めることができるのが鬼怒楯岩大吊橋だけとなっています。
温泉街らしく無い
以前の鬼怒川温泉は賑わいある温泉街がありましたが今は廃墟や空き家が目つき、温泉街の風情は失われています。足湯はありますが徒歩で行ける共同湯はなく、一番近くにあるのが鬼怒川公園駅に近いの鬼怒川温泉岩風呂です。地域の温泉ホテルや商店が協力した企画もなく客足のほとんどが日光や川治温泉へと向かってしまうのも課題の一つでした。
顧客の要望に対応できない
少人数の宿泊客は断ってたのですが希に受け入れると散々な結果に、部屋は少人数には大きすぎ、食事は他の団体客と同じ座敷のすみで食べ、部屋風呂がないので大浴場へ行く、個人が落ち着く接客はできないのです。集客を旅行代理店に任せ旅館側の新しい企画は跳ね除けられました。個人の要望に合わせたサービスができる余裕はなかったのです。
鬼怒川温泉の昔の姿と廃墟になった姿
全盛期の賑わいは見えなくても鬼怒川のエメラルドグリーンの清流や渓流の風景、鬼怒川温泉のお湯の良さが魅力的で訪れる観光客はなくなっていません。そんな人々がいる反面、巨大ホテルが廃墟になっている姿に魅力を感じて海外から見にくる観光客も出てきました。廃墟温泉街の光と影に個人の嗜好の違いが浮き彫りになりました。
鬼怒川温泉の昔の栄えていた姿
昭和初期に一般の人への利用が解放された頃は鬼怒川温泉の宿泊施設は高くても三階建まででしたが川沿い南北に温泉街を広げる開発のために鬼怒川温泉駅を移動しました。新しい温泉街に建設された宿泊施設は更に高さを増していましたが、それでも足りずに増設を重ねて巨大施設になるほどの人気でした。
廃墟となってしまった鬼怒川温泉のホテル
鬼怒川公園駅付近の鬼怒川沿いに廃墟ホテルが連続している鬼怒川を挟んだ対岸に豪華絢爛な雰囲気を残すあさやホテルが今も営業しています。足利銀行が破綻する前にある程度の負債を返した施設が生き残ったのです。
一際目立つカッパ風呂の廃墟「きぬ川館本店」
創業は1942年、鬼怒川では屈指の歴史ある老舗旅館で、温泉プールとひょうたん型の浴槽をした「かっぱ風呂」が有名でした。鬼怒川温泉の中でも一度は行ってみたいと名前が出るほどに素晴らしかったとか。過剰な設備投資と放漫経営が原因で30億円の負債を抱え1999年6月に廃業しました。
「鬼怒の八湯」が有名だった廃墟「鬼怒川第一ホテル」
鬼怒川第一ホテルは1980年開業です。建物は温泉街の中でも新しい方で道路側から見たら外観は綺麗な方ですが、ガラスや看板は所々割れています。建物入り口付近の道に「入浴できます 鬼怒川第一ホテル」の看板がありますが現在は建物侵入の予防で1階入り口部分をトタン板で囲っています。2008年に廃業しました。
自主再建を諦めて廃墟となった「鬼怒川観光ホテル東館」
1953年に、当時の鬼怒川温泉駅の前(現在の鬼怒川温泉公園)に岡部ホテルグループの傘下として鬼怒川観光ホテル東館が開業しました。足利銀行の破綻と金融危機により収益悪化し自主再建のため2008年に閉鎖。のちに、グループ本部が倒産し廃業しました。同じ岡部グループの別館が大江戸温泉物語に買い取られ名前を変えて営業しています。
実はまだ管理者が住んでいる「元湯星のや」
初代店主が川の中から湧き出る源泉を見つけ925年に木造の三階建てで旅館として開業し会津街道を行き来する旅人と商人に人気の宿でした。当時の鬼怒川温泉駅(現在の鬼怒川温泉公園)徒歩5分で駅近くの宿として人気だったとのことです。2010年に廃業しましたがなぜだかは不明です。現在管理者が住んでいて廃墟とは言えないようです。
鬼怒川温泉の廃墟群は解体しないのか
鬼怒川沿いに並ぶ廃墟のホテルは取り壊されずに10年以上放置されています。豪雪地帯で劣化も激しく建造物の落下の恐れがあり危険な状態です。廃墟をなくし景観を取り戻すことが必要です。川の反対側には営業中のホテルが立ち並び廃墟が観光客を驚かせています。廃墟をなくし景観を取り戻すことが復活への道となりそうです。
廃墟群の所有者が不明
経営者の夜逃げや休館で、勝手な建物は取り壊しができなくて現在廃墟になっています。建物は崩壊が始まっており近くには入れないように囲いがしています。廃墟ホテルに侵入し備品を盗難された形跡もあり様々な心配がありますが。建物の所有者が行方不明になっているのが最大の障害です。
解体には費用がかかる
廃墟となった建物を解体するにも高額な解体費用がかかります。老朽化が進み安全面が脅かされているので行政による強制取り壊しとなる可能性もありますがどのようになるか予想がつきません。廃墟ホテル郡は社会問題の一つです。
鬼怒川温泉にある「ウェスタン村」の謎!
マニア以外には怖い場所として扱われる廃墟ですが、海外にも廃墟マニアは多く存在し、日本の廃墟テーマパークを絶賛している写真家のレジナルド・ヴァン・デ・ガルド氏の言葉。「日の出ずる国日本には、人に見捨てられた素晴らしい廃墟がところせましとある。
ウェスタン村は休園?閉鎖?
鬼怒川ウェスタン村は2006年12月7日から2007年3月末メンテナンス休業の予定でした。2007年2月休業の延長を無期限でHPで宣言し、2007年4月28日の産経新聞栃木県地方版によると従業員解雇しました。ニッシン債権回収が銀行融資を債権譲受して土地建物の差押えを東京地裁に申し立てたのです。2006年9月に閉園です。
ウェスタン村の姿を公表!
ウェスタン村の入り口です。入り口のあたりはそうでもないのですが中に入ると背の高い雑草が生えています。ウェスタンランド・イベントプラザ・アメリカンドリームランドの三つのエリアに別れています。周辺のテーマパークとは違い地元資本で運営されていました。
恐ろしい見た目の人形
鬼怒川ウェスタン村の入り口のあたりはそうでもないのですが中に入ると背の高い雑草が生えています。ウェスタンランド・イベントプラザ・アメリカンドリームランドの3つのエリアに別れています。そして地元資本で運営されていました。
全てが動く人形たち
殆ど全ての人形に機械的な機能がついていたということは結構お金をかけた施設だったんだと思います。全盛期は動いていたというからすごいです。大きなロボットのクマがたくさん動いていたという想像がつかないシュチュエーションです。今は頭がもげたりしていて可愛い様子ではありません。
激しく壊れた姿
2700万円の予算かけて作られたこのテーマパーク。千葉県にあるディズニーランドの大成功も経営不振になる原因だったそうです。写真を見て分かる通り、人形たちが老朽化といたずらでとんでもない場所にいてかなり驚かされます
ウェスタンランドのジョン・ウェイン
マシュマロウェスタンの俳優で有名だった方です。西部劇の雰囲気を楽しめるテーマパークだったのに資金難で営業再開が出来ない状況と報じられ、休業ではなく閉園していますが鬼怒川温泉と同様、こちらも取り壊されず廃墟になりました。
バスタイム中のマリリン・モンロー
2007年3月にはウェスタン村で使用されていた金属の窓枠が大量に盗まれる窃盗事件がおこりました。その後管理者が定期的に巡回している事を報じられました。廃墟がほおっておかれると様々なことが起こります。