恐怖の心霊スポット笛吹峠とは?自殺の名所だった?
峠と聞くと、ドライブやサイクリングと同時に、心霊などホラー系のイメージもどうしてもしてしまいます。埼玉県と岩手県に存在する笛吹峠にも深い歴史と、語り継がれる逸話、それにたくさんの心霊現象が証言されています。一体どのような内容なのでしょうか。
笛吹峠は埼玉県にある峠
笛吹峠(ふえふきとうげ)とは埼玉県の鳩山町と嵐山町の境にある峠です。埼玉県の中央に位置する笛吹峠は、昔から多くの人々が利用する交通の要となる峠でした。その高さは80mと低く、非常に緩やかな峠です。昭和後期は首吊り自殺者も多く、周辺の住民はその現場を目撃したこともあるのだとか。
心霊スポットとして有名
平安時代には、京都から追ってくる妻を一括し追い返したとされる【縁切り橋】も周辺にあることから、女の霊の目撃証言が多くあります。昭和に入り、峠道の舗装工事が行われた際、当時の武士なのか人骨も多く見つかり、自殺も多いことから、瞬く間に【心霊スポット】としてどんどん有名になっていったのです。
埼玉の笛吹峠の歴史は?たくさんの武士が戦死した激戦区
笛吹峠の歴史は古く、鎌倉時代までさかのぼります。日本の中心地へ向かうには必ず通らなければならない道でした。たくさんの人が通ったであろうこの峠で当時、いったい誰が、どんな歴史を残したのでしょう。
笛吹峠の戦いがあった
鎌倉時代、この峠を武士も多く行き来していました。1352年、復権を目指して新田義貞の遺児義興、義宗らが足利尊氏の軍勢と闘った場が 笛吹峠。前節で少し触れた武士の骨。大量に発掘されたことから、その戦がどれだけの激戦だったのか想像できます。
笛吹峠の名前の由来は敗れた武士
激戦の末、勝利したのは足利尊氏の軍勢でした。新田軍の武士が敗北が決まった夜に月明かりの下で笛を吹いたことから、このような峠の名前が付いたとされています。勝利した軍が祝杯を上げる笛だったのかと思いきや、敗者の笛吹だったのです。亡くなった武士を含めた敗北者の悔しさと無念の思いがこめられた音色だったことでしょう。