若林志穂志穂さんが発症したPTSDには、心的外傷後ストレス障害といい、強いストレスや深い心の傷(心的外傷)を負うことで発症します。また女性の方が発症しやすかったり、特殊な環境下におかれると発症するものもあります。
また実際にPTSDが発症してしまった場合はどうすればいいのか、どこにいけばいいのかわからない方もたくさんいるそうです。特殊なPTSDや発症してしまってからの対処法などを詳しくまとめてみました。
シェルショック
若林志穂さんのように殺人現場を目撃してしまったり、暴力を受けたり以外でも発症する環境があります。それは戦争です。まわりに銃弾が飛び交ったり、目の前で同僚が次々倒れていくのをみたりすると発症PTSDを「シェルショック(戦闘ストレス反応)」といいます。
シェルショックの症状は金縛りにあいう動けなくなったり、感情が麻痺して無反応になったり、記憶障害などがあります。当時の軍医はこの治療として仮面作りをさせていました。仮面に自分を映し出させ、トラウマから解放していたそうです
PTSDと併発してしまう病気
PTSDが発症すると、別の病気が併発してしまうことが多くあります。併発した患者の約65%がPTSDのほかに二つの病気が併発します。双極性障害群・物質関連障害群・不安症群・抑うつ障害群、この4つの病気が多く見られます。
PTSDのサイン
PTSD発症のサインは次のようなものがあります。辛い記憶のフラッシュバック、ずっと緊張状態が続く、原因となった場面を避けるようになる、感情が麻痺するなどです。またこれらの症状が1か月以上続くようであれば、PTSDの可能性があります。
PTSDの可能性があればどうすればいい?
もし自分がPTSDかも知れないと思った場合は、原因が犯罪被害の場合は犯罪被害者の会などに、相談窓口が設置されております。天災の場合は救護スタッフに尋ねるのも一つの手段です。その他には精神科や心療内科、精神保健福祉センターなどがあります。
とはいえ原因が虐待や性的被害の場合や、女性の方や子どもは誰にも打ち明けずらく、一人で悩んでいる人も少なくないです。可能性がある時点で、迷わず勇気を出して検査を受けるようにしてください。PTSDじゃなくっても大丈夫です。検査を受けることが大事なのです。
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若林志穂が「天までとどけ」でいじめられていたと告白
芸能界を引退しと2009年から8年ぶりに、若林志穂さんは公の場で涙を見せながら重い口をひらきました。「天までとどけ」の共演者及びスッタフにいじめられていたことの告白でした。そのいじめの全貌や、主犯格の名前を明るみにする内容の告白を解説していきます。
若林志穂のいじめ告白①きっかけは「爆報!THEフライデー」
告白に至った原因は「爆報!THEフライデー」というテレビ番組でした。ふと若林志穂さんが携帯端末を見ると、「爆報!THEフライデー」で「天までとどけ」のメンバーが集まる内容のニュースが目に入りました。そこで自分に声がかかってないことに気が付きます。
さらに番組を見てみると、「天までとどけ」に待子が元からいなかったような番組の作り方をしていたそうです。この放送を見たファンの声の中に「待子ちゃんは!?」といった声があったことを知り、自分のことを覚えていてくれたことに涙を流したそうです。
若林志穂のいじめ告白②撮影現場で泥棒扱い
当時、「天までとどけ」の撮影現場で私物の盗難が多発していたそうで、メイクさんの仕事道具がなくなっていた日があったそうです。母・定子役を演じた岡江久美子さんが、怪しいと思う共演者のカバンを次々開けていき、共演者のカバンの中から発見されたそうです。
このときはうやむやにされ、パート8の打ち上げの時にスタッフの一人から驚くことをいわれたそうです。それが「スタッフ全員お前が泥棒だと思って撮影していた」よ言われたそうで、共演者の誰もかばってはくれなかったそうです。
若林志穂のいじめ告白③いじめていたのは五郎役「須藤公一」
ある日、須藤公一さんに食事に誘われたのでそこにいくと、みんなの前で「こいつ、頭おかしいから」と言われたと若林志穂さんは話します。さらにその時も共演者はかばうことはなかったそうで、自分が盗んだんじゃないかと錯覚するほどの精神状態に陥ったそうです。
2010年頃に須藤公一さんから食事に誘われ、病気の治療に専念すると伝え欠席すると、その食事会は番組の20周年パーティーだったらしく、そのことも知らされず欠席を責められたそうです。3.11の地震の際、共演者の安否確認の連絡のメールにはみんなお前のこと嫌いだからとかかれていたそうです。
若林志穂のいじめ告白④共演者とのいじめの認識のずれ
ただこのいじめに関して若林志穂さんと他の共演者の間に認識のずれがあるようで、須藤公一さんはいじめを否定し「そんなことはいってないよ」と訴えていたのですが、若林志穂さんを説得できなかったと話しています。
岡江久美子さんは「そんな事実はなかった、なぜ待子ちゃん(若林志穂さん)がそう思っているのかわからない」と語っており、須藤公一さんはいつかまた集まりたいと話していますが、このずれがある限りは実現は遠そうです。「爆報!THEフライデー」に呼ばれなかった理由について
「爆報!THEフライデー」に呼ばれなかった理由について
「爆報!THEフライデー」から出演の声がかからなかった理由については、関係者の方から聞くことができていました。その理由はPTSDについて語ってもらおうと、同番組への出演の声をかけたところ、何度か断られていたので今回は声をかけなかったと語ってたそうです。
若林志穂が有名になった「天までとどけ」とは?
今となってはぎこちない関係の「天までとどけ」メンバーと若林志穂さんですが、若林志穂さんがこの作品で有名になったのはまぎれもない事実です。そんな「天までとどけ」は991年から1999年まで8年間も続いた長寿ドラマで、8男5女の大家族が軸のホームドラマです。
また平均視聴率13.1%、最高視聴率19.0%で、昼ドラとしては異例の高視聴率で、どれほど人気だったかがわかる視聴率をたたき出しています。主題歌にはパート2以外は「なみだくんさよなら」が使われており、川越美和さんや安達祐実さんなどが歌っています。
こんな有名人も出演していた
「天までとどけ」の出演者の中には、家族役のほとんどが芸能界を引退しているのですが、いまでも芸能人として活躍している人たちもいます。その一人が六男・十次郎をカツアゲしている中学生役で出演していた小栗旬さんです。当時はまだ中学生で可愛らしい見た目をしてます。
そしてもう一人が若林志穂さん演じる待子役の最初の夫役で出演していた竹内力さんです。当時はかなりさわやかなイメージと風貌で、Vシネマに出ている今の姿とは全く逆の印象でした。もしかしたら竹内力さん本人もそう思ったかもしれません。
若林志穂が語ったPTSDになったもう一つの理由
PTSDになった理由として実はもう一つあります。殺人事件の目撃が直接的な理由の一つとされていますが、この殺人事件は別の形で若林志穂さんをPTSD発症へと導いてしまいます。そのことに関して女性誌に、殺人事件についてのインタビューの際に答えていました。
友達がひとりもいなくなった
この殺人事件に関して、若林志穂さんが事件の目撃者と知らない周りの友達が話しているのを聞いて怒ってしまったそうです。このようなことが度々起きてしまい周りとずれが生じていき、芸能界でも同じことが起きてしまい、気づけば周りに友達がひとりもいなかったと話しています。
若林志穂だけじゃない!PTSDに苦しんだ芸能人たち
PTSDはどんなにささいなきっかけでも、本人にとってトラウマになってしまえば発症してしまう病気です。もちろん芸能会には若林志穂さん以外にも、発症してしまい苦しんだ方、今もなお苦しんでいる方が存在します。
若林志穂だけじゃない!PTSDに苦しんだ芸能人①草野マサムネ
ファンの方なら知っているかも知れませんが、3.11の東日本大震災が原因でPTSDが発症し倒れてしまったロックバンド「スピッツ」のボーカル・草野マサムネさん。地震の揺れに加え、毎日テレビで流れる被害状況を見てそれがトラウマになったそうです。
この時予定されていたコンサートツアーが中止になってしまったものの、幸い3週間で回復すると診断されたと発表され、約3週間後のコンサートツアーでは無事復帰を果たしました。揺れはともかくその場にいなくても心を痛めてしまえば発症してしまうのがPTSDです。
若林志穂だけじゃない!PTSDに苦しんだ芸能人②星野源
恋ダンスで有名な星野源さんもPTSDに悩まされた時期がありました。原因は小学生のころいじめにあっていたことだそうで、登校するだけでパニック障害になってしまいこれは高校生の時まで続いたそうです。克服のきっかけは大好きな「だまって俺についてこい」という曲だそうです。
若林志穂だけじゃない!PTSDに苦しんだ芸能人③COCCO
最後は歌手のCOCCOさんです。元々精神的にふあんていだったとされるCOCCOさんは、生放送の歌番組で歌わずに現場から離れたり、マイクを持つと手が震えていたそうなのでPTSDではないかといわれています。公表されているわけではいので、定かではないです。
若林志穂は芸能界を離れ幸せに暮らしている
いまだに共演者たちとのすれ違いは解決していないままですが、若林志穂さんがいじめにあったと感じ、それが原因で苦しんでいたことは事実です。またPTSDを克服したとしても、目の前で殺人事件が起こった記憶は消えないでしょう。
それでも今は芸能界を引退し、幸せに暮らしていると言える今を大事にして、この先も幸せであってほしいと思います。公の場でなくてもいいので、共演者たちとのわだかまりが解けて、いつかまた笑って家族に戻れる日がくるといいですね。