平岡都さんとは?生い立ちと島根女子大学生バラバラ殺人事件の犯人と謎の声

矢野富栄の弟は消息不明

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矢野の弟は、矢野と母親が交通事故で死亡した後、家を改装し美容院を開きます。しかし、事件に新展開があった年に美容院を閉店し、そこから行方が分かりません。周囲の話だと家族もいたようなので、警察から事件の真相を聞かされ、身を守るためにどこかにいってしまったと考えられます。

矢野富栄はイケメンで成績優秀だった

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有名な話ですが、矢野富栄は母親似でイケメンだったと言います。成績も優秀でしたが、それゆえに真面目で近寄りがたい印象が植え付けられ、女性にモテることはなかったようです。同級生の証言も、そんなに存在感はなかったと言われています。

国立大学を中退・バンド活動に勤しむ

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学歴は、防衛大学と国立大学両方に受かり、国立大学に進みます。大学は中退してしまいますが、バンド活動に勤しみ楽しんで過ごしていたようです。バンド活動を選ぶあたり、少し存在を認めて欲しい彼の欲が見えてきます。ドラムを担当していましたが、かなりの腕前だったようです。人間関係がうまくいかなかったため上京を決意します。

ミクシィでジストニアを患っていたことを告白

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矢野はSNSで有名なミクシィを活用しており、自身の病気について告白しています。「ジストニア」という病気で筋肉の緊張の異常によっておこる病気で、楽器を演奏する人にも多いようです。意志とは関係なしに動いてしまう、震えるなどの症状もあり、人それぞれ症状は異なるようです。

ミクシィでの自己紹介文もかなり個性的な文章で綴られており「とりあえずなんでもいい。メッセージをくれ。はなしはそれからだ!」と言った内容が書かれており、警告もその中に記載してありました。一見して近づきがたい印象を受けます。

ソーラーパネル会社の営業成績も優秀だった

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2009年の5月にはフリーターの生活からしっかりとした定職に就き、ソーラーパネル会社で働き始めます。優秀な営業マンで、一人支店長として島根県益田市に転勤となり訪問販売をしていました。良い転機が訪れたにもかかわらず、どうして事件を起こしたのか、彼に聞くことはもう叶うことはありません。

平岡都さんの記念花壇は地域の人に守られている

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被疑者が分かっても死亡しているため、怒りの矛先がなくなった事件、そんな結末を誰が想像したでしょう。誰もが予想しなかった結末に、事件の全貌がすべては明らかにならないという微妙な展開が待ち受けていました。

現在でも、島根県立大学内にある彼女の記念花壇は、地域の人や大学関係者、訪れる人によって守られています。彼女の記念碑の脇には、両親が寄付して下さったオリーブの木も植えられています。彼女の命がここで楽しく輝いていたことを、忘れないでいることが、今回の事件で私達が最後にできることでしょう。

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