恩寵園事件とは?児童養護施設で起きた虐待事件の判決や要因、その後

狂気に満ちた思考回路

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園長の虐待のきっかけは様々で、問題行動のあった子供が過去の虐待からなる防御本能で頭の前に両手の拳を出しただけで「ボクシングがしたいのか」などと言い、その子の頭を急に殴りつけることもありました。

そういった行動に対して批判的な職員が大濱浩園長に対して意見を言うと、「あなたたちの指導が悪いから、こうするしかない」などと反論してくる上に、あまり責め立てると子供たちに八つ当たりするので、結果何も言えなくなっていました。

園長を含む三人の家族ともう一人の人物

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これは千葉県知事にあてた手紙にも書かれていた人物たちで、恩寵園は園長をはじめとして主に4人の主要人物の支配下にあったと確認できます。それが妻の洋子とのちに強制わいせつにより逮捕された息子の大濱晶、そして林ルリ子の4人でした。

手紙には、すでに息子の大濱晶が女児に対してわいせつな行為に及んでいることや、林ルリ子にいやみたらしく罵られること、大濱洋子は自分の意志では動かないことなどが書かれています。この4人が中心でいる限り、誰も意見を聞き入れてもらえない状態が続いてしまうのです。

自分と意見が合わない職員への姿勢

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職員たちは大濱浩園長の目に余るほどの虐待行為を目の当たりにし、それを肯定する一部の人間の存在も理解していました。そのため、その事実に対して反対意見を持つ職員も多くいました。ですが自分にとって都合の悪い人間に対してどう接していたのかを詳しく紹介します。

意見に従わせ、退職という名の排除をする

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この園内では、大濱浩園長のまるで何処かの国の独裁者の様な経営方針があり、事実自分に従えない職員に対しては「やめればいい」などと吐き捨てていました。実際に強制的に退職させていたりもしましたが、これをまた正当化してました。

そして園長に対して職員が反対意見をいうと、それが「意見」ではなく「批判」と取られてしまい、子供達に拷問の様な八つ当たりをし、それが日常的に行われるという圧倒的な人権意識の欠如がありました。

ワンマン運営からなるずさんな実情

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自分に都合の悪い意見に対して否定する以前に全く聞き入れないため、真面目に取り組む職員から議論を求められても問題修正にはつながりませんでした。そして目障りになるとその職員を使い捨てにしてました。

自分が園長になりたくてなったわけではないし、自分はただやらされているだけ、とも取れる発言を職員に対し吐き捨ててました。こう言ったことから、施設運営への姿勢の問題の深さも根強かったのです。

恩寵園事件の裁判とその判決

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日々虐待行為に終わりが見えない中、1995年8月、遂に動きがありました。それは、児童相談所に匿名の電話での告発でした。その後施設には指導が入りましたが、残念ながら虐待が止むことはありませんでした。子供たちも訴えを起こし、ようやく2000年に決着がつきました。

大濱浩園長は懲役8か月、息子は強制猥褻で4年の実刑判決

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激昂すると子供に対して刃物を投げたり、殴りつけたりなど日々拷問のような虐待を繰り返した園長は懲役8ヶ月の判決が出ました。息子の大濱晶は強制卑猥により大濱浩より重い4年の実刑、加担したものたちは99年〜00年にかけて逮捕されました。

大濵浩が園長に就任してから実に20年間もの間金属バットで顔面を殴ったり木に吊るすなどの数々の虐待行為を行っていながら、たった懲役8か月という実に軽い判決を不服とする動きはありましたが、ようやく形に現れた瞬間でもありました。

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