住民訴訟で虐待があったことを認定
1996年の時点で世間に虐待の事実は知れ渡り、怒った市民は「子どもの人権救済申し立て」を行いましたが、県は現在虐待は行われていないとの見解で、切り捨てました。その後も署名運動を行い、要請書を再度提出しましたが改善されませんでした。
ですがここまで世間にも明るみになり、多くの怒れる市民が動き、更にテレビやマスコミが連日取り上げたことでようやく事態は大きく進展することになりました。結果的に虐待行為は事実として認められました。
千葉県知事が改善勧告をしなかったことも違法と認定
1996年の4月以降も恩寵園の運営に対して明らかに改善勧告を出さなければいけない状態であるというのが、住民訴訟で認められましたが、それでも知事が改善勧告をしなかった事も違法であると認められました。
厚労省からの指導で子どもたちの追跡調査を開始
1999年9月以降に、子どもたちは家庭復帰できる状況ではないのに、大濱浩園長にとって都合の悪い子供達は強制的に退園させられてしまいます。この異常とも言える事態に流石に厚生省からも、千葉県に指導が入りましたが、それから2ヶ月後の11月末にようやく千葉県がその後の子どもたちの追跡調査を開始しました。
恩寵園事件が発生してしまった要因は何だったのか
匿名の告発や子供の訴え、職員の証言などから虐待の事実はあるのにも関わらず黙認され、簡単に片付けられ、再び悲劇が繰り返されてしまったこの事件の要因は一体なんだったのでしょうか。ここではその要因をまとめました。
恩寵園の同族経営化
ここでは同じ一族による同族経営により、「私物化」と「支配」が満映しており、それを批判することのできない環境になっていました。理事長は大濱浩の兄であり、「虐待はただの間違い」などとして、施設内虐待を正当化し隠蔽してました。
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千葉県の児童養護施設長会も事実を黙認
この虐待行為に対して児童養護施設長会ではごく一部の役員が対応をしており、長い間この役員のみ状況把握していました。実際に始めてこの施設内虐待の経過を施設長会に報告したのはなんと2000年2月のことだったのです。
それまではこの事について一度も議論をされず、唯一状況把握していたこの一部の役員も、「大したことない」と虐待の事実を隠蔽、黙認する発言をし、園長に対して「頑張れ」などと激励すらしていたというのです。
千葉県の不適切な対応
千葉県の調査では子供達からの訴えや現場職員の証言よりも、大濱浩園長の意見ばかりを聞き、全く改善させようとしてませんでした。もし最初の発覚の時点で適切に対応していたら心と体に深い傷を負う子供達が増えなかったかもしれません。
園長を退任させられない制度上の問題
当時の福祉制度にはまだ大きな欠陥がありました。ここまで明らかな虐待行為を繰り返し行ってきた大濱浩園長が継続的に虐待を繰り返しながら施設運営できたのは、きちんと処理をするマニュアルを作ってこなかった厚生省の問題でもあります。
恩寵園事件に関する世間の反応
この度重なる異常な施設内虐待が日々繰り返されていた恩寵園事件は、問題が明るみになりながらも改善されず長きにわたり継続され、ようやく世間に知れ渡り、裁判により事態は収束しました。これに対して、実際に世間の反応はどうだったのでしょうか?
この恩寵園事件において上記にもある様に、過去に児童養護施設内で起きた虐待行為の中でも極めて異常である意味歴史的な事件だったのにもかかわらず、未だにそれを教訓として取り組めていない現状がうかがえます。
年月が経った今でも、当時の虐待の事実や裁判の結果などを知った世間の反応は当時と変わらず、その異常な残酷性と、延長や関係者を含めた加害者たちへの刑罰の軽さに胸を痛めているのがわかります。
恩寵園事件で虐待にあった子どもたちその後
実際に虐待にあっていた恩寵園事件の子供たちは、その後どういった生活をしているのでしょうか?きちんと社会生活を送れているのでしょうか?この項では恩寵園事件で虐待にあった子どもたちその後について記述します。
大人を信用できない子どもになってしまった
虐待を受けてきたどの子供達も、年月がたった今でも急激に不安に襲われ、その度に血が流れるほどの自傷行為を行う事で気持ちを沈めていたり、当時の記憶が欠落している場合とそうでない場合があるような記憶障害に悩まされたりし、今でも大人を悪魔だとし、信用していません。
子供の頃に心に深い傷を負ってしまうと、やはり自分自身を制御できなくなってしまうのでしょうか。過去に心に闇を持ったまま育ち、自らの人生を狂わせ、多くの命を奪った痛ましい事件も実際にありました。
教護院に送られたり高校には行かず就職する子が多かった
この施設を出た子供達は、そのほとんどが中卒で就職していました。高校に進学した男の子は過去20年間おらず、女の子も数名程度でした。さらに大濱浩園長から問題児扱いされていた子供たちは強制的に教護院に送られていたのです。
事件後の恩寵園の現在
あれほど卑劣な非人道的とも言える虐待行為を行い、それを20年余りもの長い間隠蔽していた恩寵園でしたが、ようやく世間に知れ渡り、それでも虐待は止まず、遂に裁判にまでもつれ、ようやく事態は収束しました。子供たちは未だ後遺症に悩まされていますが、恩寵園は現在どうなったのでしょうか?
事件後職員を総入れ替えし新園舎も竣工
過去稀に見る施設内虐待が繰り返されていた恩寵園は、事件が世間に明るみになり、裁判にて事態が収束した後、元々いた職員たちを総入れ替えし、とても広々とした印象の新園舎も竣工し、園長を含む総勢34名で再スタートを果たしました。
現在はイベントなども多く行い子どもたちの成長を支援
現在では過去事件を起こした恩寵園の姿は無くなり、お食事会やナイトウォーク、餅つき大会のほか、卒園、卒業、進級などの御祝いと1年の頑張ったことを表彰する「がんばったね会」などの各種イベントなどを行い、日々子ども達の成長を支援しており、子どものことを思う児童擁護施設として運営されている事が伺えます。
恩寵園事件以外でも施設内虐待は行われていた
恩寵園事件と同時期もしくは事件後となる近年、あれだけ大々的に施設内虐待に対して批判があったにも関わらず、未だにそれらを教訓とせず、指導がエスカレートし、事件に発展した事案がありますので以下にまとめました。
埼玉児童性的虐待事件
この事件は2006年に被害にあった少年の証言により発覚した虐待行為で、当時10代の少年を女性保育士が自宅に呼び出すなどをして性行為に及んだといいます。さらにこの関係を拒むと別の女性職員に蹴られたり髪をつかまれたりしました。
この同時期に男性指導員が少女を自宅に連れて行き、性行為を強要しました。この行為があった一年後に更に手錠や玩具などを使用することを強要され逃げ出し、宿直補助の女性職員に相談したことで事件が発覚しました。
保育所内虐待「宇都宮トイズ」
2014年、宇都宮市の保育施設で乳児の死亡事故から日常的な虐待が発覚した事件です。こちらはテレビでも連日報道された事件で、乳児が毛布にくるまれ、きつく紐で結ばれ身動きが取れない状態になっていました。これにより熱中症による脱水症状で乳児が死亡しました。
ですが施設はあたかも看護師や医師が常駐しているかのように装い、「対応は適切だった」と証言していたが、恩寵園のように家族経営であり虐待の事実を隠ぺいしていました。実際に施設長と息子と娘の三人が逮捕されました。
川崎市老人ホーム連続殺人事件
川崎市の有料老人ホームで起きた入居者3人が相次いで転落死した事件から、親会社のその後の調査で2013年以降、職員による入居者への虐待が延べ81件あったことが発覚した事件です。川崎市の施設では、転落死のほか窃盗も発覚しました。
これにより救命救急士の資格を持つ職員が逮捕されました。きっかけは、事故死とされた3件の転落死後、窃盗が相次いだことでこの職員が疑われ、のちに窃盗容疑で逮捕され、加害者しかわからない殺害をほのめかす供述があったことから事件の全貌が明らかになりました。
ふるさとホーム白浜の虐待事件
2012年に千葉県の精神障害者施設「ふるさとホーム白浜」で入所者が理事長から虐待を受けていると通報があったことから発覚した事件で、「出ていけ」や「生活保護を打ち切る」などの暴言のほか、日常的に殴る蹴るの虐待があったことが認められました。
その他にも、床に頭を何度も打ち付けさせたり、入所者同士で喧嘩をさせたり、節約を理由に水風呂に入れ、根拠の不明な借用書を書かせ、金銭を徴収していたりいましたが、その後、理事長は虐待容疑で逮捕された。いずれも容疑を否認しています。
福島白河育成園事件
1997年に職員による内部告発で発覚した施設内虐待事件で、知的障害のある入所者に対して暴力をふるっていたほか、手のかかる入所者は薬漬けにして眠らせていたり性的虐待も行っていたことがわかりました。
ですがこれだけではなく、入所者の所持金を横領したり、保護者に対して多額の寄付金強要も行ってました。暴力に関しては有効性と正当性を施設の指導方針としていたこともわかり、いかに悪質だったかが伺えます。のちに施設は閉園し、理事長をはじめとする3人が書類送検されました。
福岡「育児院」施設内虐待
こちらの施設では、1994年ごろに日常的に頭をバットで殴ったり、蹴ったりする上にプラスチック製のごみ箱のふたで女子中学生の顔面を殴りつけ怪我を負わせたり、男児の腕に煙草を押し付けたりし、改善を誓ってました。
ですが2007年に再び日常的な虐待があったことが取材により発覚しました。ですが体罰は行ってないと否認しましたが、実際は投げ飛ばしたり、殴ったり、空き缶を頭に投げつけたり言葉で追い詰めたりしていたことが明るみになりました。
施設内の虐待は今もなお行われている
上記の死亡事件も含む施設内虐待事件は、あれだけ異常で残酷な恩寵園事件が世間に明らかになっていても、全く関係なく、何も学習されることなく子供も大人も関係なく今も人知れず虐待が行われています。
そこには殴る蹴るは当たり前といった常識とはかけ離れた「暴力的で支配的な日常」がありながらも、そこから脱出できない現状があり、またそれを隠ぺいすることで世間の目にさらされないという現実が虐待を繰りかえす要因にもなっているのがわかります。その他の虐待事件は以下からご覧ください。
恩寵園事件のように虐待を題材とした作品
世間にはまだまだ恩寵園事件以外にも、この様に虐待が行われている施設が実際に存在し、問題にもなってます。そんな痛ましい「虐待」に焦点を当て、それを題材にした作品がいくつかあるので紹介いたします。
『ひぐらしのなく頃に』に登場する「空の家」
両親を事故で失って身寄りも無く施設に引き取られた鷹野は、人権を無視した施設での生活に深いトラウマを負ってしまい、神を憎むようになるのですが、その施設内(空の家)でおこなわれた虐待に、マットに包まれた状態で竹刀で叩かれるという「潰れた芋虫の刑」というものがあります。
恩寵園の虐待行為の中で、金属バットや竹刀や木刀などで日常的に叩かれたという行為がありました。その他、罰として麻袋に入れられ吊るされたなどの異常行為もあったことから、この作品が恩寵園とリンクするものがあります。
『トガニ幼き瞳の告発』
韓国光州広域市の聾学校で入所している児童に対して、校長や教員による性的暴行が日常化していたにも関わらず、施設や地域ぐるみで隠蔽していたという実際に起きた信じがたい事件を元に描いた作品です。
暴行を行った教員らに対する判決があまりにも軽かった事、社会の関心があまりにも低かった事、実刑を逃れた関係者がそのまま学校に復帰したことなど、こちらも恩寵園事件とリンクする点が多いです。
恩寵園事件のような虐待はあってはならない
様々な理由から親元を離れ生活する時点で、心に傷を負っているにも関わらず、人知れず繰り返される虐待と戦い、助けを乞いながらも再び虐待されていた恩寵園事件。本来養護すべきであるはずの施設であってはならない事件を紹介させていただきました。
このおぞましい恩寵園事件の裁判が行われてから20年余りの間に、いくつもの痛ましい虐待事件が明るみになってます。今後もこの事件を教訓とし、子供達の未来を奪う「虐待」を根絶する必要があるべきです。