【三豊百貨店崩壊事故】韓国史上最大の崩壊事故の真相とその後に迫る

教訓は活かされなかったその他の事故

この大規模な三豊百貨店の崩壊事故の一因としてあげられるものとして、経営者側の判断ミスが挙げられます。この事故が全くもって教訓にはならず、再び悪夢が繰り返されました。

最初から判断ミスだったセウォル号沈没事故

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記憶に新しい大規模海難事故ですが、そもそも出港予定の日は天候が非常に悪く、あたりは霧が立ち込めていました。

当時港で待っていた乗船予定の学生らはキャンセルになってしまうのじゃないかと肩を落としていた様ですが、出港することが決まりました。

日本であれば視界領域が基準に満たされていなければ出港されませんが、実はこの船会社は、キャンセルによる赤字を防ぐために強行したのです。

三豊百貨店と状況は違えど内容はほぼ同じ

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三豊百貨店の崩壊事故も、元はと言えば経営者側が途中で建設予定だったものに大幅な変更を加えたことで事故につながってしまいました。

建築基準を満たしておらず、余計に負荷がかかっていたにもかかわらず、営業開始してしまったのです。セウォル号も三豊百貨店も、最初の判断を誤らなければこの痛ましい事故は引き起こされなかったかもしれません。

異常は報告されていた

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セウォル号が強行した日の船長は、元の船長ではなく、69歳のピンチヒッターで、副船長は、なんと前日入社の新入社員だったのです。

その時点でおかしいですが、この日、作業員から積荷が重すぎるから危険という指摘を受けていました。ですが船長がこれを許可してしまいます。

更に1番危険だった海域を、遅延のせいで本来の担当であった1等航海士が操縦することはなく、新人の3等航海士になってしまったことで、沈没事故を招きました。

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