BUDDHA BRANDの影響を受け2004年に活動開始
環ROYが活動をラッパーとしての本格的活動を開始したのは、2003年あるいは2004年の頃です。そのきっかけは、前述の通り知人のトラックメイカーにすすめられたためです。
この時代に環ROYが作った作品には、BUDDHA BRAND(ブッダ・ブランド、日本のヒップホップユニット)の影響が強いといわれています。
2006年ファーストアルバム「少年モンスター」をリリース
します。活動開始後は、あるときはDMR(Da.Me.Records 、ダメレコーズ)に参加したり、またあるときはMC(ラッパー、司会者)バトルで非凡な才能を惜しげなく発揮しながら活動を続けます。
そして2006年にはファーストアルバムである「少年モンスター」をDMRより発表します。
2008年にはフジロックに出演した環ROY
環ROYは、7月に日本最大のロックフェスティバルであるフジロック(Fuji Rock Fesutival)に出演を果たします。
2009年にはコラボミニアルバムを多数リリース!
2009年の環ROYは、さまざまなアーティストとコラボレーションしたミニアルバムをいくつか発表しています。
6月にはDJ Yuiと作った「Copy Dogs」、8月にOlibe Oilと共に作った「Weekly Session」、9月にはNewdealと共に作った「the klash」をリリースしました。
2011年に“KAKATO”として鎮座DOPENESSとユニットを組む
現在の環ROYの活動のうち、鎮座DOPENESSとコンビを組んだ”KAKATO”というユニットが、特に有名です。2011年11月に発表した無料配信アルバム「KARA OK」が、その最初でした。
KAKATOでの環RYOの相棒である鎮座DOPENESS(ちんざドープネス)は1981年3月29日生まれのラッパーで本名は矢野 秀介といいます。鎮座DOPENESSは実力派のラッパーとして有名です。
鎮座DOPENESSは天才と評されることもあり、環ROYと同じように、MCバトルでのさまざまな名勝負で知られています。
その後は様々な企業への出演しメディア芸術祭にも入選
現在の環ROYは、ヒップホップの世界だけにとどまらず、ロックやポップの世界のミュージシャンやさまざまな分野のアーティストと共同制作を発表するなど、より大きなスケールの活動を続けています。
作品をさまざまな芸術祭で発表したり、企業のCMへ音楽を提供するなど、親しみやすい語り口のラップを武器にして、いろいろな世界への挑戦を続けています。
もちろんHIPHOPのグループは、鎮座DOPENESSと環ROYのKAKATO以外にも、いくつもあります。その一例として、SOUL’d OUTを紹介します。
環ROYの魅力とは?他のラッパーとは一線を画すその才能
環ROYは、どうしてこのように、息の長い活動を続けることができるのでしょうか?
それは環ROYが彼独自の世界をしっかりと持っていて、ブレることなく活動を続けていること、そしてその世界が単にヒップホップの世界だけにとどまらないユニークなものであるためです。
ここでは、そのような環ROYの魅力について、紹介します。
環ROYの魅力①ワルイ=HIPHOPからの脱出
環ROYは、従来のヒップホップは「ワルイ」世界のもの、という偏見と結びつく傾向があったけれど、それを何とか打ち破りたかった、と語っています。
そのため、彼の作品は身近な世界をテーマに取り上げることが多く、それが彼の作品の基調になっているといえます。
ところで、HIPHOPの世界を「ワルイ」と思わせる原因のひとつに、大麻との関係があげられます。その点については、次の記事を参照してください。