もちろん、日生学園は潰れずに今でも残っています。しかし、様々な面で日生学園に変化がありました。
今までと比べてどこが変わったのでしょうか?また、日生学園付属幼稚園などはどうなったのでしょうか?
そして、校名や偏差値、行事や暴力はどうなったのでしょうか?ここからは、現在と昔の日生学園の変更点を紹介します。
日生学園の名前は青山高校に変わっている
日生学園第一高等学校は、桜丘高等学校という名前に変わり、日生学園第二高等学校は、現在青山高等学校という名前に変更されています。
そして、日生学園第三高等学校が自由が丘高等学校に変わり、中等部の日生学園付属中学校は桜丘中学校に変更されています。幼等部として、日生学園付属幼稚園もあったのですが、現在日生学園付属幼稚園は休園となっています。
このように、日生学園の分校は全てが改名されており、過去の名残はありません。しかし、これはあくまで名前だけの話となります。
偏差値は変わらずだが進学校を目指している
偏差値は、過去とさほど変わっていません。つまり、日生学園の学力は当時のままだということです。それは、日生学園付属幼稚園等も同じです。
しかし、日生学園の偏差値こそ変わりませんが、駆け込み寺のようなポジションではなく、進学校を目指す意識の高い学校になりました。
日生学園付属幼稚園には、富裕層の子供も多く通うようにもなったそうです。ちなみに進学校の中でも自称進学校というものがあります。そのことについて書いた記事があるので、以下からご覧ください。
修学旅行や学園イベントが増えた
先述の通り、日生学園には修学旅行などのイベントがありませんでしたが、現在の日生学園には娯楽行事があるのです。
日生学園では、今までイベントがなかった分、「突然イベントが開催されるようになって大変だ」、「慣れない」といったネガティブな意見もあります。しかし、生徒たちにとっては非常に嬉しい変更点なのではないでしょうか。
日生学園の変わらない制度もいくつかある
しかし、今でも日生学園には変わらない古い風習がいくつかあります。日生学園では、今でも男女の接触は一切禁止されていますし、早朝のランニングは継続されているのです。しかも、10曲以上ある校歌を歌う風趣もまだ残っています。
ただ、日生学園の古い風習は多少緩和していて、昔と比べると、生徒はやや過ごしやすくなっているといえます。
日生学園の現在のいじめやトラブル問題とは
過去の日生学園は、暴力といじめが絶えることがなく、トラブルや問題だらけでした。それは先述の記事をご覧いただいた皆様になら、十分伝わったかと思われますが、現代の日生学園はどうなっているのでしょうか?
まずはいじめについてですが、これは全くないそうです。実際はあるのかもしれませんが、問題になるほどのことはないようです。
そして、トラブル面では、タバコや暴力の問題はあったものの、これらの問題はどこの学校にでもあることです、日生学園限定といった問題ではないので、こちらも昔と変更がないといえばないようです。
日生学園の現在はグローバル教育・アートにも力を入れている
そして、日生学園は、グローバル教育も実施しています。これは世界に目を向けた将来のための教育です。
日生学園では、人権や平和、異文化や戦争について考える教育を行っています。通信技術やそれに関する産業を学ぶ、ICT教育も行っていて、その国際交流も行っているのです。
また、日生学園では、芸術的な活動にも力を入れています。アートを通じて生徒の個性を活かすことを考え、その個性を大切にする教育を行っています。元の日生学園の面影が全くありませんね。
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日生学園事件とは?内部告発で明らかに
日生学園で残念ながら普通とは程遠い生活を余儀なくされた生徒たちは、事故や事件を起こすことになります。これは当然と言えば当然の結果となります。
また、死者が出る事態にも発展しています。さすがにこの事態を隠すことはできません。どういった内容だったのでしょうか?
以下では、事件の原因と概要について解説します。
日生学園の暴力事件・脱走事件の実態とは?
日生学園の脱疽事件は、暴力によって起きた事件になります。ただ一言で暴力と言っても、日生学園の暴力は非常に危険なものでした。どれほどのものかというと、骨折は当たり前といったほどです。日生学園の中では、骨折レべルの事件は当然のように起きていました。そして、中には、意識がなくなるほどの状態になる生徒もいました。また、それが日常茶飯事だったのです。
日生学園で自殺・死亡事故も起きていた
日生学園では意識がなくなるほどの暴行にさらされた生徒もいます。要は最悪の場合、命の危険に直面しているということです。日生学園では、最終的に端的な暴力で死亡してしまう事件があったのです。
暴力は心と身体に傷を残します。その結果、心を病み自殺する生徒も出るほどでした。なぜこうなる前に気付かなかったのでしょうか?
またいじめは現代でも多く見られます。大津のいじめについてまとめた記事がありますので、以下からご覧ください。
日生学園第三高等学校でもさまざまな事件が
そしてこれらの事件は、日生学園第三高等学校の方でも起きてしまいます。この事件は、分校も変わりなく行われていたのです。ちなみに日生学園第三高校は男子校となっていて、男子寮しかなかったのです。
そのため、同性愛による淫行や喫煙が元となり、火災に繋がる騒動も起こっています。日生学園第三高等学校でも、いじめが絶えなかったのです。
日生学園に三重県からの行政指導が入る
そして、とうとう世間の目に触れることとなり、行政指導が入ることとなります。これにより、厳しすぎる教育も沈静化するかと思いきや、その後も似たような騒動を起こしています。
それにより、厚かった保護者からの支持もなくなり、逆に評判は最悪のものとなりました。現代に近づくにつれて、日生学園は突き放されていくのです。
日生学園出身の芸能人エピソード
今週の『ごぶごぶ』浜田雅功の相方は、大人気グループに所属する、いかつい風貌とその美声のギャップが魅力の兵庫県尼崎市出身・男性歌手。
引用元:Lmaga.jp@lmaga_jpさん
冒頭でも話しましたが、複数人の芸能人が日生学園に通っていました。今回は、卒業生と中退者の2人の話を紹介します。
お二方とも日生学園にいたとは思えない明るさがありますが、事実なのです。
日生学園の卒業生・浜田雅功さん
今田耕司など
松本人志の周りの芸人にも飛び火してきたが浜ちゃんは大丈夫
根は人間性がいい
あの日生学園で鍛えられたことは半端なことじゃない
#浜田雅功
#松本人志
#吉本興業
#フォロバ100
まずは、なんとか日生学園を卒業した浜田さんの話からです。彼が入学に至った経緯は、端的にいえば、あまり勉強ができなかったということと親が教育理念に感動したという理由です。なんと浜田さんは、3年生の頃は副寮長を務めたといいます。
そして、相方である松本さんに電車賃を持参させ、それを使って脱走を企てたこともありましたが、無事卒業しています。
また、3年間もの間隔離されていたので、卒業してから歯磨き粉を買いに行くと、3色の歯磨き粉に驚き、相方にいちいち報告していたようです。可愛らしいエピソードですね。
日生学園を中退した今田耕司さん
Amazonプライムビデオ
『今田×東野のカリギュラ』最終回「自作自演やらせドッキリ~今田耕司編~」に出演!
【葵つかさ】
【飛鳥りん】
【陽向さえか】
そして、途中退学してしまった今田さんですが、彼は一度脱走を見事に成し遂げています。しかし、学校からの電話で、「手続きの為一回登校しろ」といった旨を伝えられて登校しています。学校に行くと、教師に「残ると言うまで殴る」と言われ、殴られ続けました。また日生学園に舞い戻ることになるのですが、結局翌年に辞めることになりました。
2人とも、日生学園付属幼稚園から通っていたわけではないですが、過酷な生活を味わっていたのです。
生徒たちの数少ない楽しみ「密輸」
日生学園は、娯楽のない学校です。そのため、生徒が色んな手段を用いて、お菓子やアダルト雑誌などを校内に運ぶこともありました。
お菓子やアダルト雑誌は、親からの仕送りや帰省の時に持ち運ばれ、それを校内では「密輸」と呼ばれていたそうです。さらにアダルト雑誌は、多くの人の手に渡ることになったり、お菓子は知らない間になくなったりしていました。
日生学園の教諭の生活も厳しかった?
日生学園は、一部の役職を除いて、非常にひどい生活を送っていました。新入りの教諭が目上の教諭に殴られることもあり、教諭はそのストレスの捌け口として、生徒に暴力をふるっていたのでしょう。
日生学園では教頭以上の地位がない限り、立場はあまり関係ないようです。教諭という立場になっても、日生学園では地獄が待っているのです。
日生学園は現在、昔と違い個性を大切にする教育を掲げている
日生学園は現代では考えることもできない驚異の学校として、物議がかもされることになった学校です。
確かに過去はとんでもない学校でした。しかし、今は日生学園付属幼稚園が残存するだけでなく、現代の教育を取り入れ、生徒の個性を第一に考える素晴らしい学校に生まれ変わろうとしています。
日生学園を卒業した芸能人たちも、当時のことをテレビ番組で語っています。事件や問題行動が明るみに出るのはあまり嬉しいことではありませんが、それが日生学園を善処させる良い潤滑油になればいいですね。