日生学園はやばい?現在のスパルタ指導内容や偏差値と通った芸能人を紹介!

学校

日生学園では、上級者の命令は絶対守るように指示されていました。どこの学校でもよくある話ですが、日生学園はレベルが違います。日生学園では、下級生が常に先輩の顔を立てて、生活しなければならないのです。日生学園で取り決められていた上下関係は、以下の通りです。

  • 下級生が先に食事をしてはいけない
  • 洗濯は全て下級生が行う
  • 下級生と上級生は常に寮で共同生活

まるで上級生が、下級生を家政婦のように扱っています。そして、下級生にプライバシーという概念はないのです。

日生学園のスパルタ内容⑧ 教師や先輩からの暴力は当たり前!

日生学園といえば、やはり暴力事件が有名でしょう。日生学園で行われていた暴力を以下に具体的にまとめました。

  • パイプ椅子で殴られる
  • 一日中正座させられる
  • ホチキスの針を置いて刺さるように殴る

これらの暴力は、生徒同士ではなく、教師から生徒に行われることもありました。現代で発生したら、間違いなく警察に通報されるような暴力事件です。

日生学園のスパルタ内容⑨帰省できる回数が少ない

全寮制の日生学園では、実家に帰省することも制限されていました。帰省できる回数も極端に少なく、学校以外の場所は下界と呼ばれていました。さらに、生徒が帰省する日の行動も管理されていました。男子は帰省の前に必ず髪の毛を全て刈らなければならないうえに、帰省は長期休暇の時だけです。

長期間中の時間は全て自分の時間となり、課題などは一切ないため、生徒にとっては唯一の休暇の時間だったのです。

日生学園のスパルタ内容⑩ 精神修行が厳しすぎる

日生学園の教育方針は、根底に精神論がありますが、その精神論は過度な根性論といえるものでした。この根性論を実現させるために、日生学園では厳しい修業が行われていたのです。そして、日生学園の修業は「心行」と呼ばれていました。ある種のカルト宗教のような考え方ですが、当時の日生学園にとって生徒を律するために非長な教えだったのでしょう。

日生学園の修業は我々の想像をはるかに超えていることは間違いないので、軽々しく「分かる」などとは日生学園の在校生及び卒業生に失礼となるので、とても言えたものではないです。

日生学園のスパルタ内容⑪外部情報を得られるのは髪を刈る日のみ

ハサミ

先述しましたが、日生学園では新聞やテレビといった報道の類が禁止されていたため、外部からの情報が生徒たちの耳に入ることは絶対にありません。しかし生徒たちが髪を切る日や刈る日だけは、唯一生徒たちが雑誌を読める日なのです。

生徒たちの散髪は、必ず校内で行われます。つまり、床屋等に行くことは絶対に許されないのです。

日生学園の現在は?

今まで紹介してきた日生が県のエピソードは、40~50年前の話です。それでは、現在の学園はいったいどうなっているのでしょうか?

もちろん、日生学園は潰れずに今でも残っています。しかし、様々な面で日生学園に変化がありました。

今までと比べてどこが変わったのでしょうか?また、日生学園付属幼稚園などはどうなったのでしょうか?

そして、校名や偏差値、行事や暴力はどうなったのでしょうか?ここからは、現在と昔の日生学園の変更点を紹介します。

日生学園の名前は青山高校に変わっている

日生学園第一高等学校は、桜丘高等学校という名前に変わり、日生学園第二高等学校は、現在青山高等学校という名前に変更されています。

そして、日生学園第三高等学校が自由が丘高等学校に変わり、中等部の日生学園付属中学校は桜丘中学校に変更されています。幼等部として、日生学園付属幼稚園もあったのですが、現在日生学園付属幼稚園は休園となっています。

このように、日生学園の分校は全てが改名されており、過去の名残はありません。しかし、これはあくまで名前だけの話となります。

偏差値は変わらずだが進学校を目指している

偏差値は、過去とさほど変わっていません。つまり、日生学園の学力は当時のままだということです。それは、日生学園付属幼稚園等も同じです。

しかし、日生学園の偏差値こそ変わりませんが、駆け込み寺のようなポジションではなく、進学校を目指す意識の高い学校になりました。

日生学園付属幼稚園には、富裕層の子供も多く通うようにもなったそうです。ちなみに進学校の中でも自称進学校というものがあります。そのことについて書いた記事があるので、以下からご覧ください。

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