桃の天然水について!桃の天然水って何?
「桃の天然水」にまつわる色々な都市伝説に迫る前に、おさらいしましょう。飲んだことがある人もたくさんいると思いますが、無色透明で見た目は水なのに飲んでみるとしっかりと桃の味がします。この飲み物について詳しく紹介します。
桃の天然水とは?実際においしいの?
桃の天然水は1996年に日本たばこ産業(JT)が発売した清涼飲料水です。現在ではJTが飲料部門を撤退していますので、サントリーフーズが製造して、サントリー食品インターナショナルが販売しています。
一般的に水をベースにした飲料は果汁が1%未満とか無果汁と書いてあることがいいのですが、桃の天然水は「果汁10%未満」と書いてあります。桃の味がしっかりして甘みも多いですが、後味がスッキリしていて飲み口もスッキリしています。
桃の天然水とヒューヒューについて
今の30~40代の人は「ヒューヒュー」といえば、桃の天然水を思い浮かべるでしょう。発売当初はほとんど売れていませんでしたが、1998年に当時トップアイドルだった華原朋美をCMに起用したことで爆発的ヒットしました。その時にCMで連呼された「ヒューヒュー」が流行語になるほど人気でした。
桃の天然水はなぜ話題になっている?
CMの効果もあって、年間1600万ケースという驚異的な売り上げを記録しました。「ニアウォーター」というジャンルを確立すると、各飲料メーカーもこぞってニアウォーター商品を発売するようになりました。今では「いろはす」などでもみかん味の水がありフレーバーウォーターと呼ばれていますが、その元祖といえます。
しかし、華原朋美をはじめとしてCMに起用されたタレントの身の回りに不幸な出来事が起こるようになりました。時を同じくして、ニアウォーター市場も緑茶飲料をはじめとする無糖飲料の急成長の影響を受けて徐々に、売上が減少し始め、CMも放映されなくなりました。これが呪いなのではないかと話題になっているのです。
飲料戦国時代!流行の歴史
一昔前まではジュースといえばオレンジジュースとリンゴジュース。炭酸といえば、コーラとファンタというほど、それほどたくさんの種類はありませんでした。今では各メーカーからいろいろなジャンルの飲料が出ていますが、簡単にいろいろなジャンルの飲料が一般的に飲まれるようになった時代を見てみましょう。
戦後の飲料業界のトレンド
清涼飲料水の歴史はさかのぼり切れないほど古いものです。日本で清涼飲料水が今のように誰でも簡単に飲めるようになったのは第二次世界大戦後ですので、ここでは始まりではなく、戦後にヒットした時代を紹介します。
コーラ飲料
1957年「コカ・コーラ」が日本で製造販売をはじめ、1969年には「ペプシコーラ」が発売されました。その後、戦後復興、高度経済成長、東京オリンピックなどで一般市民の身近になり、ヒット商品となりました。
コーヒー飲料
1969年にUCCが発売した缶入りコーヒーが大阪万博で大人気となって以降、ポッカ、ダイドー、コカ・コーラなどが相次いで発売しました。それ以来、ビール会社や食品会社など大手企業が参入して、現在まで続いています。
ニアウォーター飲料
1996年にJTから「桃の天然水」が発売され、爆発的なヒットを記録しました。ジュースやコーラなどの清涼飲料水と比べ後味がすっきりしているため、若年層や若い女性中心に人気がありました。その後緑茶飲料などに影響を受けて落ち込みますが、2014年に発売された「南アルプスの天然水&朝摘みオレンジ」で再びブームになりました。
緑茶飲料
1985年に伊藤園から「おーいお茶」が発売されたあと、2000年にキリンから発売された「生茶」が爆発的なヒットを記録しました。その後、各メーカーからも緑茶飲料が発売されました。緑茶は家で急須で淹れて飲むという常識を覆してヒットしました。
ミネラルウオーター
1983年にハウス食品から「六甲のおいしい水」が発売され、1991年にサントリーから「サントリーの天然水」が発売されてヒット商品となりました。当初は業務用に発売されていましたが、水道事情の良い日本家庭においても今では水は買って飲む習慣が身についています。
桃の天然水は不幸や呪いと関係する?
桃の天然水にまつわる不幸や呪いの話ですが、そもそも桃は古来から「魔除け」や「邪気払い」の力があると信じられていました。また、「桃源郷」や「桃太郎」という言葉にも使われるように桃は特別な存在でした。そんなプラスの力がある桃を使った飲料にまつわる不幸、呪いを紹介します。
桃の天然水と不幸
桃の天然水にまつわる不幸といえば、出演するCMタレントがなぜかケガや病気にあってしまうという話は有名です。また、桃の天然水自体も売上の低迷からCMの放映中止、はたまた、販売停止という事態に陥りました。
桃の天然水の呪い
先ほども触れたように桃の天然水のCMに出演したタレントは様々な不幸に見舞われています。その人数、実にCMに出演した9人中6人です。約7割の確率です。これが桃の天然水の呪いという都市伝説で語り継がれています。
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桃の天然水の呪い!?タレント6人に降りかかった不幸
桃の天然水は1996年に350mlの缶で発売され、翌年に500mlペットボトルで発売されました。発売当時はそれほど売れていませんでしたが、華原朋美をCMに起用してから爆発的なヒットを記録しました。しかし、CMに出演するとその直後、出演タレントに様々な不幸が降りかかったのです。
1人目:華原朋美
1998年当時、若者に絶大な人気を誇っていた華原朋美がCMに起用されました。華原自身の天然キャラクターと相まって人気となり、「ヒューヒュー」は流行語大賞になるなど、一大ブームとなりました。
しかし、翌年1999年に自宅でガス中毒により緊急入院。この時期に小室哲哉さんとの破局も報じられました。さらに所属事務所も移籍しましたが移籍後わずか一週間後に自宅マンションのロビーで貧血で倒れ再入院。翌2000年には無期限休養に入りました。
2人目:浜崎あゆみ
1999年華原朋美のCM降板により、当時人気が出始めていた浜崎あゆみが起用されました。女子中高生を中心に彼女のファッションやメイクを真似する若者たちが増え、「女子高生のカリスマ」と呼ばれ、大きなサングラス、豹柄などの流行を生み出し社会現象となりました。
しかし、2000年に左耳の疾患(内耳性突発難聴)を患い、治療より仕事を優先したため左耳の聴力が完全に失われてしまいました。その後も2008年には過労による貧血で高所から落下し、右手に全治3週間の重傷を負ったほか、2011年には滞在先の米国で急性咽頭炎を発症するなど、体調不良に見舞われています。
桃天三人娘
2000年には駆け出しの若手アイドルで桃天三人娘が起用されました。メンバーは当初、「村田洋子・大谷みつほ・吉井怜」「神戸みゆき・大谷みつほ・吉井怜」 「神戸みゆき・大谷みつほ・三津谷葉子」と3回メンバーチェンジしています。
3人目:吉井怜
2000年に奄美大島でのグラビア撮影時に急性骨髄性白血病を発症しました。抗がん剤の治療を続けていましたが、2001年に母親から骨髄提供を受け、骨髄移植をしています。その後は芸能界に復帰して、2016年に結婚しています。
4人目:村田洋子
2000年に事務所から解雇され、引退しています。原因はマネージャーと駆け落ちと噂されましたが、2003年に芸能界に復帰した際には病気治療のためだったと発表しました。その後、2010年に結婚し芸能界を引退しています。
5人目:神戸みゆき
CMに出演した直後はトラブルもなく、ミュージカルのヒロインやバラエティ番組で活躍していました。しかし、2007年に体調不良を理由にミュージカルを降板すると、入退院を繰り返します。2008年に24歳の若さで心不全のため死去しています。
6人目:デヴォン青木
2001年にアメリカ育ちのハーフのタレントのデヴォン青木が起用されました。これまでの「かわいい」から「かっこいい」イメージへの転換を図りましたが、それほど定着しませんでした。デヴォン青木の出演以降は売上げの低迷によりCMは打ち切られました。
華原朋美(2回目)
2006年になると、発売10年を記念して、人気があった発売当初の味やパッケージに戻しました。それに伴い、CMも華原朋美を8年ぶりに復帰させました。1998年当時のCMを織り交ぜたCMが放送され、話題になりました。
しかし、その年末に急性気管支炎と急性声帯炎を併発した影響から2007年年明けから4月まで自宅療養しています。その後、復帰するも所属事務所から契約解除され、芸能界活動を休止することになりました。
7人目:ローラ
2013年にローラが出演しました。ローラ自身の自由奔放で天真爛漫なキャラが、桃の天然水のイメージにぴったりとあってかわいらしく評判でした。天然キャラでどんなことでも気にしなさそうなローラですが、彼女にも不幸が起こりました。
ローラの父親が2014年に海外療養費をだまし取ったとして逮捕されました。それも2回です。1回目は証拠不十分で不起訴になりましたが、2回目は懲役2年6か月、執行猶予4年の判決が下されました。