ウマバエ(ヒトヒフバエ)って一体どんな虫?
今回の主役「ウマバエ」とは哺乳類を宿主として繁殖するハエ目(双翅目)ヒツジバエ科に属した28属151種の寄生バエの中でも馬を寄主とするハエの事です。ハエの種としては決して多く有りませんが「哺乳類の体内に寄生して幼虫時代を過ごすハエ」と言う我々に取って衝撃的な生態によって良く知られています。
寄生場所が対象の皮膚となると人の目にも留まりやすく、しかも寄生虫としては大き目の部類でも有りますので強く印象に残るのも無理のない話でしょう。ですが恐れるばかりで目を背けているのは建設的ではありません。まずは相手を良く知る事が大事です。
ウマバエの外見的な特徴
種によって多少の差異が有りますが体長はどれも大体12~17㎜で、馴染み深いイエバエで1㎝程度ですからハエとしては幾分大きめです。色合いは哺乳類の毛や皮膚に紛れ易い赤みがかった茶褐色から黄色までと比較的薄めで膨張色、その上難毛に覆われてるので実際より大きく見えミツバチどころかハナアブなどとも見間違えるかも知れません。
また、触角が短めで複眼もまた小さめと言う特徴も有るには有りますが、人の目で見分けるのは流石に難しいのでミツバチの様な色合いのハエと覚えておくと良いでしょう。飛ぶ時の羽音は間違いなくハチではなくハエの音です。
ウマバエの主な生息地
ヒツジバエ科の寄生バエの生息地分布は非常に広く、北海道でもウシバエが確認された事例が有るくらいなのですが、ウマバエ(ヒトヒフバエ)に限るとこちらは主に熱帯に生息しており、赤道上を中心として中央アメリカから南アメリカに分布しています。
そして人の皮膚に寄生するヒトヒフバエはと言うとこちらも熱帯が主な生息域となっており、中南米のメキシコ以南となるブラジルやアルゼンチン、そしてペルーやチリでも被害報告が多く見られます。
ウマバエ(ヒトヒフバエ)の寄生方法
ヒツジバエ科のハエの主な寄生方法は寄主に直接卵を産み付けると言う単純明快なものですが、ハエをしっかり認識して追い払おうとする哺乳類を寄生先としている種の場合は、蚊やイエバエなどの他の昆虫を中間宿主としてちゃっかり利用します。
ヒトヒフバエが属するヒツジバエ科のハエは寄生する哺乳類ごとにウマバエ属やウサギヒフバエ属、ウシバエ属などとグループ化されますが、ヒトヒフバエは生態が殆ど同じウマバエと余り区別されず、どちらも同じ名「ウマバエ」が使われる事が多くなりました。ですが厳密には人に寄生するのはヒトヒフバエと言う別種です。
馬などの動物への寄生
名前の通り馬に寄生するウマバエの場合は中間宿主に頼らず直接卵を産み付けるタイプで、前脚の前側に生える毛や膝、砲骨など、或いは鼻の中や喉の粘膜に産み付ける事も。馬が追い払えない所なら遠慮なしで入って行きます。
そこから口へ移動し歯茎で幾らか成長すると胃、腸と消化器を次々と移動し最終的には直腸に住み着きます。そこに炎症を起こさせて潰瘍の原因と成り宿主を死に至らしめてしまうのです。表皮に産み付けられた場合でも毛繕いで舐め取れる場所であれば同様の末路を辿る事になります。
人への寄生
ではヒトヒフバエはどちらでしょうか。人は動物としては目が良いですからハエの様な羽音を立てる大きな虫は積極的に追い払うでしょうし毛深くない上に野生動物よりは表皮を清潔に保つでしょう。もちろん舐め取る様な事もしません。なのでヒトヒフバエが選び取った手段は中間宿主を使う事でした。
ダニや蚊など人の血を吸う虫は結構いますので媒介者探しは然程難しくなかったでしょう。ウマバエ(ヒトヒフバエ)はこうした人の肌に穴を開けてくれる媒介者の腹部に産んだ卵を擦り付けます。そして、卵の運び役とされた蚊などが人に取り付くと卵が人の体温に反応して孵化。すぐ側にある媒介者が開けた皮膚の穴を利用して寄生するのです。
ウマバエの脅威から身を護る術を持つ動物
人の様に器用な手を持たない四足動物は自力で除去出来る人間より遥かに寄生虫の脅威に常に晒されていますが、それでもただ宿主に甘んじている訳では有りません。長い年月を掛けてハエを寄せ付けない方法を本能に刷り込んで行った種も居るのです。
泥の鎧
多くの動物が泥を体に塗る事で鎧とし肌の乾燥を防ぐと共に寄生虫から身を守っているのをご存じでしょうか。サイ、ゾウなどがそれに当たります。勿論100%防げる訳では有りませんが無防備のままで居るよりは遥かにマシです。
また、こうした四足の大型哺乳類には鳥などが背中に留まっている事が良く有るのをご存じでしょうか。この鳥たちは体に寄生した幼虫を捕食しに来ているのです。両種はいわゆる共生関係にある訳です。
縞模様がウマバエを防ぐ?
一方シマウマは泥を塗る手間を費やさず体の方を進化させてしまいました。シマウマの縞については肉食獣へのカモフラージュや目を晦ませて時間稼ぎをする為と言う説など様々な意見が交わされていますが、近年ハンガリーでの研究でウマバエが白黒の縞模様を避ける事が報告されました。
様々な模様入りのトレイに油を入れそこに落ちるウマバエの数を数えると言う実験をした所、最も油に落ちてなかったのがシマウマの縞が描かれたトレイだったのです。まだ仮説の域は出ませんがウマバエを含むアブの仲間は交配や飲水の為に水面を見分ける必要が有り、シマウマの縞はそれを阻害するので避けるのではないかと考えられています。
人間がウマバエ(ヒトヒフバエ)に寄生された時の症状
万一寄生されてしまったとしても出来る事なら育つ前にどうにかしたいものです。ですが生まれたばかりのホンの僅かな体積に見合った食事量ですので人間にはとても感知出来ません。孵化したての幼虫は蚊に刺された痕と区別するのは難しいでしょう。
寄生されてもすぐに症状が現れない
そんな訳でウマバエ(ヒトヒフバエ)に寄生された直後は中々治らない虫刺されぐらいの認識しか出来ません。自覚症状の無いまま幼虫が成長するまで御飯付きのゆりかご役を担わされる事に成ります。これがいわゆる蝿蛆症です。
気が付くのは馬の消化器と同様に幼虫が育ち皮下組織を旺盛に食べる事で炎症を起こしてからとなるでしょう。症状が進むと皮膚の腫れから来る痒みや痛み、酷くなると倦怠感を伴う発熱も生じます。症状にはかなりの個人差が有り、中には焼ける様な痛みを伴う人も居る一方で軽い疼き程度で済む人もいます。
蝿蛆症とは
ハエは死肉に集る物と思いがちですが、悪環境で生傷を放置した時などに起こる「ウジが湧く」状態になる事が有ります。この様に生きた哺乳類にウマバエを含むヒツジバエ科に属する151種、またラセンウジバエ、クロバエなど一部のハエの幼虫が寄生する事で発症する感染症を「蝿蛆症」、或いは「ハエ幼虫症」と呼びます。
これらのハエは傷口が無くても侵入出来るので、健康体であっても環境次第で感染する可能性が有ります。この感染症の症状は様々ですが天候などの条件が良くウジが食欲旺盛だと二日ほどで部位に細菌感染からの炎症が起こり更に放置すれば敗血症や菌血症から壊死、部位によっては致命的ともなり得ます。
蝿蛆症のタイプ
ハエの寄生によって引き起こされる蝿蛆症と言う病は、ウマバエを代表とする体内に身を潜める「せつ型」、前述の「広東住血線虫」は皮下組織を移動する「移行型」、そして一般的に良く知られる傷口などの表面に寄生する「創傷型」の三つのタイプに分かれます。
上の動画の場合は目に寄生された例ですが、蝿蛆症は感染部位によって症状が異なって来るため各部位で幾つかの種類に区別されています。ですのでここでは部位ごとに起こる影響を少し解説してみましょう。
皮膚蝿蛆症
一番一般的な表皮に寄生された状態の事で、少しづつ進行する潰瘍の様な状態で長期間に渡って疼痛を伴う腫れが続きます。蚊やダニを仲介した一般的なウマバエ(ヒトヒフバエ)が起こす基本的な症状です。
耳蝿蛆症
耳鳴りが起こり、内部を這い回る感覚が感染者にハッキリ伝わります。部位破壊による異臭のする滲出物が発生する事も。中耳までウジに侵入されると更に脳内へと移行する可能性が有るので注意が必要です。
鼻蝿蛆症
鼻の中で重度の痒みが発生し、腫れが大きくなると鼻腔の閉塞が起こるので呼吸に支障が出来て来ます。風邪のような発熱が起こり、顔面に浮腫が発生する症例も。苦しくは有る症状ですが死亡例は余り有りません。
眼蝿蛆症
部位から来る嫌悪感はかなり有りますが症状そのものは一般的な皮膚とほぼ同じで、重度の炎症、水腫の発生などから痛みを生じます。目は異物に敏感ですから大きくなる前に大抵気付けるので失明にまで進行するのは極めて稀です。
消化器蝿蛆症
先程ご紹介した馬の感染例はこれにあたります。人で有っても卵が付着している事に気付かずに傷口を舐めたり食べ物を摂ったりと、何らかの方法でウジか卵を飲み込んでしまった場合は他の哺乳類と同様に胃腸に寄生されてしまいます。
人間がウマバエ(ヒトヒフバエ)に寄生された場合の摘出方法
寄生した幼虫が6週間から8週間かけて5㎜ほどに成長すると自分から外へ出て行ってくれる事も有りますが、呑気に構えていると周囲や自分の体内などへの二次被害の恐れが有りますのでやはり駆除してしまうべきです。
日本に居る分にはウマバエ(ヒトヒフバエ)の被害に合う可能性は極めて低いですが、海外に渡航する機会が有れば万が一が起こらないとは言い切れません。自力で行えるかどうかはともかく寄生されてしまった時にどう対処する物なのかくらいは抑えて置きたい所です。知っていて損と言う事は決して有りませんのでご紹介しておきましょう。
寄生箇所を切開して取り出す
まず医療機関での一番一般的な治療方法として挙げられるのが寄生箇所を直接切開する外科的な処置となります。寄生部位が皮膚以外の場合はこちらしか手が有りません。ですが皮膚に寄生された場合で尚且つ時間的な余裕が有る初期対応ならもう少し穏便な方法としてウマバエの幼虫を自主的に出させて引っこ抜くと言う手段も選べます。
その場合は皮膚に開いた幼虫の呼吸孔となっている穴にワセリンや軟膏など呼吸の妨げになる物を塗り込みます。すると幼虫が酸素を求めて這い出て来るので空かさず指で更に押し出しつつピンセットなどで引き抜く、と言う方法になります。部位や状態にもよりますが摘出する時の痛みは基本的に余り無いので恐れず早めに治療して貰いましょう。
素人が自分で摘出をしてはいけない理由