福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件|クマに襲われ続けた恐怖の2日間

ヒグマ事件後「興梠盛男」のメモが発見される

Pexels / Pixabay

30日に捜索隊によって興梠さんの変わり果てた遺体が発見されたとき、遺体のそばにメモが残されていました。そのメモは、4にんとはぐれてしまったあとから翌日ヒグマに襲われるまでの興梠さんの心境が綴られており、そのメモから興梠さんの足取りを追うことが出来ます。

興梠盛男の足取り

出典:PhotoAC

河原さんが襲われてしまったあと、興梠さんはガケの中間地点で身を潜めます。ガケ下に鳥取大学が残した焚火が見えたため、ガケを下っていくと、一度ヒグマと遭遇してしまいます。一目散に逃げだし、鳥取大学のテントの中に駆け込み、身を潜めます。翌日4時ごろ目を覚ましますが、恐怖のためテントの中から出ることができませんでした。

興梠盛男のメモの内容

出典:PhotoAC

メモは河原さんの悲鳴を聞いたところから始まり、テントに身を潜めシュラフに潜り込みますが、風や草の音が気になり眠れないことや、翌朝おにぎりを作ったこと、7時ごろに下山を決意するも、ヒグマが見えたので断念したことなどが書かれていました。そして「不安で恐ろしい、またガスが濃くなって」ここでメモは終わっています。

福岡大学ワンダーフォーゲル部が犯した決定的なミス

出典:PhotoAC

どうしてここまでの惨劇となってしまったのか。ヒグマに対してしっかりと知識があったのならば、全員生存することも可能でした。しかし、福岡大学ワンダーフォーゲル同好会は、全員ヒグマに対しての知識がなかったので、対処を誤ってしまったための結果となってしまいました。ここで決定的となったミスを順番に説明していきましょう。

決定的なミス①ヒグマからザックを奪い返した

出典:PhotoAC

まず一つ目のミスは、ヒグマに漁られていたザックを奪い返してしまったことです。ヒグマは独占欲が非常に強いので、ザックを漁っていた時点で、ヒグマにとってそのザックはヒグマの所有物になっていました。それを取り返したことにより所有物を盗られたと判断され、敵として認識されてしまいました。その時点で荷物は諦めましょう。

決定的なミス②ヒグマ遭遇後すぐ下山しなかった

出典:PhotoAC

次のミスは、すぐに下山を決断しなかったことです。既にヒグマに敵として認識されてしまった状態での滞在は非常に危険な判断でした。本来ならば、1回目の遭遇の時点で、荷物を諦めてすぐに下山をしなければなりませんでした。しかし、ヒグマの脅威を知らず甘く見ていた5人はその場に残る判断をしてしまいました。

決定的なミス③固まって行動しなかった

3dman_eu / Pixabay

最期のミスとして、バラバラに逃げてしまったということ。ヒグマは、複数の人間が集まっている時にはあまり襲うことがありません。たとえヒグマと向かい合っている状態だったとしても、バラバラになってしまうのは避けなくてはなりませんでした。しかし5人にはそのような知識もないうえ、恐怖のあまり一目散に散ってしまいました。

福岡大学ワンダーフォーゲル部のその後

出典:PhotoAC

歴史的にも悲惨な事件となってしまった今回の「福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件」。この事件のあと、北海道におけるヒグマに対しての認識や福岡大学ワンダーフォーゲル同好会などがどうなったのか、その後について紹介していきます。

NEXT ヒグマ目撃地域は立ち入り禁止に