次男として生を受けます。幼いころから頭が良く学業は優れていました。常に中学校のテスト成績は学年トップだったようです。はたから見ただけでは問題はなかったようです。
学校での成績は大学までずっと優秀だった
筑波大学医学部に入学しても成績は断トツでした。留年することもなく黙々と勉学に励み、同大学の附属病院で研修生として働くこととなりました。夢であった医者になることができ、社会的地位と高収入を得たのです。
事件当時の年収は1300万ほどあったようです。
優秀で病院での評判も良かった
困っている外国人には治療してあげたいと寄り添ったり、入院費の支払いに困っている患者には、分割できるように動いたりと、患者に寄り添った医療を目指します。まさに医者の鏡のような評判の良さでした。
でも、なぜ成績優秀で順風満帆な人生を送っていたであろう野本岩男が、妻と子供を殺害するに至ったのでしょうか?
姪が宮崎事件の被害者?
平成の幼女を巻き込んだ残忍事件として名が残る宮崎勤事件。この騒動に野本の姪っ子が関わっているといいます。身内で悲しい出来事があったにも関わらず自らも法の裁きを受けることとなってしまったのです。
つくば母子殺人事件の被害者「野本映子」の生い立ち
次に妻である彼女の生い立ちについて追っていきたいと思います。実は彼女はバツイチで再婚相手が今回の悪人でした。彼女の半生をご紹介します。
東京都大田区に生まれる
私立の女子高を卒業したのち、看護師になりたいという夢を抱きながらも最初の結婚相手と運命の出会いをします。すぐに2人は深い仲となりました。
最初は蕎麦屋の息子と結婚
幸せな生活は長く続きませんでした。土浦市で開業した店の経営難から次第に夫婦にも亀裂は入るようになり、離婚をします。2人の間に子供が2人いましたが、子供は置いて彼女一人だけで家を出て行ったのです。
彼女は結婚前からの夢であった看護師を目指すため、研究都市であるつくば市へ引っ越しメディカルセンターでバイトをしながら生計を立てます。
離婚後、夫であり犯人の「野本岩男」と出会う
医師と看護師がテニスをして楽しむ会に参加した際に、将来夫となる2歳下の男と出会います。2人は惹かれあい交際をスタートさせますが、彼女の他に数人もの相手がいたのでした。ほどなくして彼女は身ごもってしまいます。
子供を出産する
最初は中絶をしますが2回目は、結婚はしなくていいから産みたいという彼女の意思を尊重します。すぐに恋仲となったわけですが、それだけ彼女の美貌が興味を引き付けたのでしょう。
のちに結婚するが望んだ結果ではなかった
彼女は未婚のまま出産をし、同棲も続けていました。のちに野本は子供のことが不憫に思えたことで、強く望んだことではありませんでしたが結婚をすることになります。
式も披露宴も上げない結婚でしたが、他人からみると絵にかいたような結婚生活がスタートしたのです。
つくば母子殺人事件の被害者で犯人の妻、映子が日記で語った真実
捜査でも有力な証拠ともなった彼女が文字で残してきた日常は、波乱万丈なものでした。自分の心の中の思いを全て紙消えることなく残っており、彼女の悲しく虚しい日々が伝わってきます。文字として書くことで気を紛らわしていたのかもしれません。