タコ部屋とは?現代もあるって本当?怖すぎる労働環境や実話まとめ

タコ部屋労働者の扱われ方

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殺人や盗人などの悪いことをして囚われた人間でも恐れ入る場所でありました。一体どのような扱いを受けてきたのでしょうか?残虐でもあった黒歴史について検証していきましょう。

粗末な小屋に閉じ込められる

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作業現場によって移動がしやすいように簡素な掘立小屋でした。薄い板の壁と木の皮で屋根を被せた作りでした。小さな窓が一つあるのみで光は入ってこず、喚起も皆無だったため常に薄暗くて湿気に帯びていました。

部屋に全員が入ると外側からカギが掛けられ出入りは一切できなくなります。脱走予防のため、ドアに鈴がつけられていました。寝ずに見張る番人もいたようです。

移動中は縄や鎖で繋がれる

脱走しないように一斉が網で繋がれており、足には重たい鉄の塊と鎖が装着されました。歩くだけでも重労働な上に、さらに過酷な勤めをさせていました。同じ日本人ではありましたが、奴隷として扱われていたのです。

栄養のない食事と過酷な就労で、げっそりとやせ細り骨と皮しかないような姿になっていくのでした。雇い主たちは、勤めをしてくれてお疲れ様などの労い言葉など一切なく、心の中で微塵も思っていなかったことでしょう。

逃走者は見せしめに殺されることも

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絶えられなくなって逃げる者もいました。山の奥深い場所にあったため日々の疲れから体力もなく、すぐに連れ戻されます。大勢の見る中で棒で叩いた後に裸のまま外に縛りつけ放置したといいます。

多くが絶命し亡骸は山奥に遺棄されました。ラッキーなことに脱走成功したとしても、人の出入りがない山奥ですから道に迷い遭難し、そのまま息絶えた者も多くいました。逃げるも地獄だったのです。

タコ部屋の労働によって作られた建設物

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多くの人が苦しみながら作られたものが多く存在しています。何気なく通っている建物が、実は冷たい汗を流しながら働いた囚人たちの結晶であるかもしれません。

5か所の素晴らしい功績現場ではありますが、現在は使われずひっそりと佇んでいるものが多いです。順番にご紹介します。

常紋トンネル

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蒸気機関車の立派な姿と生音が聞ける場所として鉄道ファンの中で人気の場所になっていました。長さ507mの穴を掘るのに36カ月かかったのです。

そして立派に完成するまでに100人もの命が魂となりました。開通後に電車がいきなりトンネル内で停まってしまうトラブルが相次いだため、供養をし今でも毎年6月に採り行われています。

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地震で壁が倒壊し修復作業を行った際に、たくさんの人の骨だろうとされる物が発見されたため、携わった就労者に追悼の意を称し、碑が立てられ今もひっそりと陽を浴びています。

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越川橋梁

オホーツク海に面した斜里郡に作られたコンクリート製の鉄道が通る橋です。戦後の物資不足のため強度を高めるための鉄鋼は使用されずに完成しています。

鉄不足から線路が作れなかったため作業が途中でストップしますが、結局開通自体がキャンセルとなり一度も橋は使われることなく姿を残しています。

11名の命が亡くなっていながら使われることなく月日が流れる悲しい歴史として残っています。平成10年に国の重要有形文化財として登録されています。

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