光クラブ事件とは?天才東大生・山崎晃嗣の闇と事件の影響も解説

現役東大生社長隅田光一が、同級生の鶴岡らと共に設立した「太陽クラブ」は、隅田の逮捕により崩壊。隅田は焼身自殺します。隅田の自殺を見届けた鶴岡は、法律の盲点をついた完全犯罪を決意します。あらゆる犠牲者を出しながらも、鶴岡は犯罪者への道をひたすら歩もうする、という物語になっています。

光クラブの与えた影響②事件

qimono / Pixabay

「リクルート事件」「ライブドア事件」は、事件発覚時大きく騒がれた知能犯罪事件であり、記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。しばし光クラブ事件と引き合いに出されることのある事件ですが、どのように関係しているのでしょうか。

光クラブ事件の影響を受けた?事件①リクルート事件(1988年)

janeb13 / Pixabay

日本中がバブルに沸いていた1988年、戦後最大の賄賂事件として騒がれた事件です。リクルートの創業者であり、当時会長の江副浩正が、贈賄罪で逮捕され大きく報道されました。有利な人脈を作るため、グループ企業リクルートコスモスの未公開株を、賄賂として政治家・官僚などの実力者へばらまきました。

江副浩正も山崎と同様、東京大学出身です。戦時中の1936年生まれで、戦災で家を無くす経験をしています。高校時代は、医大を目指す同級生を尻目に、東大受験を有利に運ぶため、英語ではなく単位の取りやすいドイツ語を選択するなど、目的のためなら手段を選ばない一面が伺え、それが賄賂事件に繋がったのかもしれません。

光クラブ事件の影響を受けた?事件②ライブドア事件(2006年)

sajinka2 / Pixabay

元ライブドア社長、堀江隆文が有価証券報告書の虚偽記載で逮捕された事件です。ライブドアは様々な事業をおこなっていましたが、企業買収で得た売上げを大きな収入の柱としていました。その事業運営の手腕により、様々なメディアに取り上げられ、時代の寵児として大きくもてはやされます。

彼は、東京大学在学中にライブドアの前身であるベンチャー企業を立ち上げています。(後に中退しています。)光クラブ事件の首謀者である山崎と、東京大学・学生社長という共通点から引き合いに出される事がありますが、両者の生い立ちや人生観などの共通点は少なく、似て非なるものという人もいます。

戦中戦後の人生を駆け抜けた著名人

werner22brigitte / Pixabay

激動の時代を生き、その名を残した著名人は数多く存在します。同じ東大生で作家の三島由紀夫、「日本マクドナルド」創始者の藤田田が挙げられます。山崎もその1人といえますが、その人生を一気に駆け抜けて、散っていきました。同時期に生き、劇的に生涯を終えた著名人をご紹介します。

1948年に自殺した太宰治

5598375 / Pixabay

太宰治は、第二次世界大戦前から戦後にかけて数多くの小説を残しています。父親は県議会議員を務める地元で有名な一家に生まれ、小学校時代は6年間主席の通し開校以来の秀才と言われていました。19歳から本格的な執筆活動を開始し、彼が30才の時、代表作『走れメロス』、38歳で『人間失格』を執筆します。

太宰といえば薬物中毒や自殺未遂を繰り返すなど、乱れた私生活で有名です。その繊細さや脆さ故、自堕落な生活を送り、何人もの女性に溺れます。山崎が自殺する前年1948年に、愛人と入水自殺しますが、その刹那的な生き方は、山崎と共通するところがあるのかもしれません。

天才ゆえ?波乱の生涯

stevepb / Pixabay

太宰治は多くの作品を生み出しながら、その人間性や才能ゆえ、波乱に満ちた生涯を送りました。光クラブ社長山崎晃嗣も同様、独自の手法で事業を成功させ、その主義を貫くため自ら人生を終えました。天才ゆえの劇的な人生の終え方だったのかもしれません。

NEXT 天才・山崎の心の闇が引き起こした事件