ゴーストタウン50選!日本から海外まで紹介!人が消えた街の魅力とは?

世界には訳あって人がいなくなってしまった「ゴーストタウン」がたくさん存在します。しかしそんなゴーストタウンには人がいないからこそ、普通の街にはない魅力がたくさん詰まっています。この記事では日本から海外まで、計50ヶ所のゴーストタウンについて詳しく紹介します。

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初めまして。皆様の関心と興味を引き付ける記事をたくさん書いていきます!
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訳があって人がいなくなったゴーストタウン

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私たちが知らない過去に、その場所、街や村では長い歴史の中で色々な出来事が起きているのです。それは時に人々が楽しくなったり嬉しくなったりと、幸せになる行事やイベントもありますが、反対に大きな災害や事故、人々の生命に害を及ぼすくらいの『カタストロフィ』が起きてしまう事もあるのです。

その村や町によって事情は様々ですが、過去には民衆や市民などの人間が暮らし生活の拠点になっていた場所も、現在は既にその機能はなくなり、誰一人としてそこに住まなく、また住めなくなってしまったことがあります。今回はそんな哀愁溢れる廃墟的な村。悲劇的な結末を迎えてしまった市街を余すことなくご紹介します。

日本のゴーストタウン20選~東北地方編~

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ではまずは私たち日本の東北地方のエリアから、人々の気配がなく時間が止まってしまった景色のような廃墟的な村や町をご紹介していきます。詳しい詳細や過去はどんな場所だったのか、現在の状況やこれからの事なども判明している範囲でお伝えしていきます。

皆さんは日本国内に存在している『遊園地』や『テーマパーク』をどれだけご存知ですか?恐らく10以上知っていればかなり多く、詳しい人と言えるはずです。しかしかつて日本には想像つかないほど無数の遊園地が存在していたのです。しかしそれらは現在人々から忘れ去れた廃墟になってしまったのです。そんな遊園地たちに興味がある方はこちらの記事をご覧ください。

日本のゴーストタウン①大内宿(福島県)

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福島県と聞いて3.11の東日本大震災、原子力発電所の事故が頭によぎる方も少ないないでしょう。しかしこちらでご紹介するのは、その影響で廃れてしまったというわけではないのです。そしてそこは現在でも人々が生活の拠点として棲家になっているわけではないですが、多くの観光客が訪れるスポットになっています。

ここはまさに江戸時代やそれ以前の『村』や『集落』のような歴史的建造物が立ち並んでおり、そのノスタルジックな雰囲気に酔いしれ、歴史の奥深さを感じれる名所、観光地として機能しているのです。是非興味のある方は足を運んでみてはいかがでしょうか?

日本のゴーストタウン②浪江町(福島県)

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こちらも福島県ですが、この町はあの3.11東日本大震災の原発事故の影響をもろに受けてしまっています。事故現場から20キロメートル圏内のエリアで、現在も放射線の数値は人体に害を及ぼすくらい高く生活が困難なため、この町には誰一人して存在していません。そればかりかあの時の災害の様子が今なお変わらず残っているのです。

民家や住居は家具や物が崩れてバラバラになり、豚が侵入している所もあり、道路は信号や建造物が崩れて、また道路事態も亀裂が入ったりとまさにその村全体が廃墟と化しているのです。現在も復旧や復興のめどが立っておらず原発問題を巡ってこの村のこれからの在り方も問題視されています。

日本のゴーストタウン③仁田沢集落(山形県)

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辺り一帯が多くの森や林、山に囲まれている集落でしたが、昔から人工的な建造物がほとんど存在せず40年ほど前には唯一『小学校』が設けられていましたが、生徒や教師なども減っていってしまい需要がなくなってしまったのか、廃校となりそれをきっかけにその集落も村としての機能を終えてしまいました。

日本のゴーストタウン20選~関東地方編~

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先ほどは『東北エリア』から3か所ほどご紹介していきましたが、続いてご紹介するのは大都会や大都市と呼ばれる市街が数多く存在する『関東圏』からいくつかご紹介します。一見『廃村』や『廃墟』なんていう言葉が無縁だと先入観が働いてしまいそうですが、ネタで日本の異境と呼ばれるグンマーだけではなく、実は各県都にそういった場所が存在しているのです。

過去にどんな出来事が起きて何が原因で人々が立ち退いていったのか、その村や町、集落の歴史を振り返ってまとめていきます。『廃墟』や『廃村』になったのには必ずと言っていいほど『理由』や『経緯』があるのです。

日本のゴーストタウン④峰集落(東京都)

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早速ご紹介するのは、日本の中心地『首都』でもあり東京都内の『ゴーストタウン』です。東京都と言っても23区エリアではなく西東京地区に位置する西多摩郡とよばれるエリアであり、最西端に位置する集落です。

現在から40年以上前には集落として人々が生活の拠点として生活していましたが、昭和47年に最後の村人がそこから去っていき、村としての役目を終えました。現在でも崩壊した木造の家や、損壊した井戸や神社、倒れている電柱などが存在しているのです。ストリートビューでその周辺を見ても辺り一帯緑なのが一目瞭然でしょう。

日本のゴーストタウン⑤多摩ニュータウン(東京都)

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こちらも東京都23区ではなく西東京地区に位置する多摩市のエリアなのですが、『ニュータウン』という名称からもわかる通り、日本国内を見てもその人口や開発面積は最大級なのです。では何故『廃村』や廃れていると言われているのでしょうか?

それは少子高齢化や空き家が多いためだと考えられるのですが、同じ東京都の中でも急成長や開発が進んでいて、人口は減るばかりか増え続け、高齢化も全然深刻なものではない事が数値に現れているのです。その実態を知るためにも、急速に開発が進んでいるこの町で生活してみるのも悪くないかもしれません。

日本のゴーストタウン⑥追原集落(千葉県)

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千葉県君津市に存在していた集落。君津と言えば温泉などが有名でありますが、この集落も70年ほど前までは村人や民衆もいて、豊富な森林に囲まれていたので林業や炭を生成する事業で栄えていたそうです。

県道からこの集落に訪れる場合、周りには森や山だけではなく川も流れているので二つの橋を渡るほかありませんでした。その橋の一つは60年ほど前に大雨や大洪水により増水して流されてしまい、もう一つの橋も通行禁止となっているのです。なので現在この『廃村』に足を運ぶことはほぼ不可能です。

日本のゴーストタウン⑦岳集落(埼玉県)

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埼玉県の秩父市に位置して過去に存在していた集落です。現在から64年前の昭和30年の時点で村人は僅か40人ほど、そしてその住まいも10戸ほどしかなかったそうです。現在はどの木造住宅も腐って朽ちてしまい、中には家具などが残っておりかつて人が生活した名残が残っています。

集落の入り口付近には『地蔵』が設置されていたのですが、何者かによって盗まれそれ故に祟りが起きてしまったとも噂されています。そんな噂があるためか、日本でも世界的にも一定の認知度がある大人気和製ホラーゲームの一つ『サイレン』では、この集落をモデルにしたマップがあるらしいです。

日本のゴーストタウン⑧田浦廃村(神奈川県)

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これまでの多くの『廃村』や『廃集落』の辺り一帯は森や山などの自然に囲まれたエリアでしたが、この神奈川県横須賀市に位置するこの村の近くには、駅や都会、市街地がすぐそばにあるのです。しかし一般人がそこに足を踏み入れてしまうと、不法侵入になってしまい数名の警察官が辺りを監視してます。

現在から22年前の平成9年には『ニュータウン』として500を超える住居が開発される計画がありましたが何故か中止になってしまい、かつて生活していた住民は立ち退いたままで、現在はホテルが生息珍しい観光地として開発すべく今年2月には村全体が『解体』されました。

日本のゴーストタウン⑨足尾銅山深沢集落(栃木県)

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続いてはあの『江戸幕府』を築き上げた張本人である徳川家康が祀られている『日光東照宮』が存在する栃木県日光市にかつて機能していた集落です。100年以上前には畑や田んぼなどを耕す農村として機能していましたが、主要の村を繋ぐ場所として更には鉱山業の発掘地点として機能し始めました。

一度は集落一帯が大火事に見舞われてしまい、全ての住居が燃えてなくなってしまいましたが、再復興し集落や鉱山としての賑わいを取り戻しましたが、時代と主に鉱山業が廃れていき、その影響で人々は立ち退いていき平成8年には誰もいなくなってしまいました。8年ほど前に大部分が解体された為、一部の公園の遊具などしか残っていません。

日本のゴーストタウン20選~中部地方編~

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ここまで日本の東北地方や関東地方の『廃村』や『ゴーストタウン』をご紹介していきましたが、次に日本のシンボルでもある富士山が存在する、『中部地方』からいくつかピックアップして、過去や現状の詳細を解説していきます。

日本のゴーストタウン⑩外林集落(石川県)

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石川県の七尾市存在して機能していた集落。七尾市といえば海に面していて漁業が盛んであり、温泉街や一年を通して数多くの祭りや行事が行われています。この集落は海からも市街地からも離れており周りは山や森に囲まれている場所です。実は8年前の平成23年にはこの集落に3つの居宅が存在していましたが、現在は誰一人として住んでいません。

車が入れるくらいの広さがある県道や道路は走っておらず、近くまでいったらそこから徒歩や自転車で山道から向かうほかありません。ストリートビューからでも確認できますが、現在はいくつかの民家と小屋が残っています。

日本のゴーストタウン⑪永谷集落(福井県)

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福井県大飯郡にかつて存在していて民が住んでいた集落です。ほぼ周りには森や山しかない様な自然あふれる場所であり、50年以上前に関西電力はこの地一帯を、水力発電およびダムを開発しようと計画して集落に住んでいた民衆を立ち退かせました。

しかしダム開発に伴い多くの森林が伐採されるということが判明すると、地元に住んでいた民間人たちは一斉にダム開発に反対して計画は中止になりました。中止になったものの一時的に立ち退いた民衆はこの集落に戻らず。30年ほど前に最後の村人がいなくなってしまい『廃村』と化してしまいました。現在でも関西電力やダム、水力発電の反対を訴える看板が残っています。

日本のゴーストタウン⑫徳山村(岐阜県)

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岐阜県の揖斐郡にかつて機能していた場所です。マップやストリートビューなどを見ていただければ一目瞭然であり、その場所は現在は青色や水色で印字されており、つまりは『陸地』ではなく『水地』になっています。現在から34年前の昭和60年にダムが建設されることになり、村に住んでいた民衆や住民は一斉に立ち退きました。

その後数十年後経ち平成20年にようやくダムが完成し、完全にその場所は沈んで跡形も無く消え去ってしまいました。開発や工事がされる前、そこには母校となる小学校も設立していたため、卒業生などが最期にその姿を見ようと、名残惜しみその地に訪れたそうです。

岐阜には他にも

現在は日本全国各地に展開している、岐阜県の巨大な『イオンモール』になっていますが、かつてもショッピングモールであり、しばらくは『廃墟』と化していたそうです。廃墟になったいきさつやきっかけなどを知りたい方は是非こちらの記事を合わせてご覧ください。

日本のゴーストタウン⑬沓津集落(長野県)

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スキー場や温泉など恵まれた自然とレジャー施設、名所や観光地が設けれられている長野県飯山市に機能していた場所です。現在から47年前の昭和47年3月、生活していた住居人が一斉に集団で転居してしまい、『廃村』と化してしまいました。その年に場所にあった小学校も廃校となりました。

現在でも国や自治体によって手広く管理されている為か、建造物や施設などが比較的綺麗に残っています。残された小学校の校舎は現在でもコミュニティーセンターや公民館として地元住民が利用していますが、一般人は侵入不可になっていてその場所の入口付近には『立入禁止』の看板が立てられています。

日本のゴーストタウン⑭夏焼集落(静岡県)

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静岡県浜松市に位置しているエリアです。浜松市と言えば全国的にも知名度のある市街地で、静岡県内でもトップクラスの都市であり、都心部の景色はそれこそ『廃墟』『廃村』とは無縁なのですが、海から離れている山や森に囲まれている場所に異境のような地がありました。

実は現在でもここには村人や居住者がいて、ちゃんと一つの村として機能しているのです。都心部や市街地からあまりにも離れている事から『異境』や『秘境』なんていう風に言われています。浜松市民がどれほどこの場所を知っているか気になるところです・・・。

日本のゴーストタウン20選~近畿地方編~

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本州の中間や西武に位置するエリアで西日本の中核でもある『近畿地方』にあった『廃村』や誰一人として生活していない『場所』を次にご紹介していきます。かつてどんな出来事があったのか、現状はどうなっているかなど詳細を分かり易くまとめていきます。

日本のゴーストタウン⑮櫃坂峠(三重県)

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これまでご紹介してきた『ゴーストタウン』の多くは昔、村や町であった場合が多いですが、今回ご紹介するのは一風変わって『峠』なのです。三重県の県庁所在地であり、日本で初めて『市』が造られた場所でもある津市内に今なおある峠なのです。

現在でも国道及び街道がすぐそばを走っていて、そう遠くない過去には『宿泊エリア』として栄えていましたが、現在から44年前の昭和50年に民間人や住居人が一斉に立ち退いてしまい、廃れていきました。宿泊場や民家などは残されており、主要な道路がいくつか走っている為かストリートビューでその姿を一見できます。是非興味のある方は一度見てください。

日本のゴーストタウン⑯今畑集落(滋賀県)

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山の登山道の入り口近くに位置していた場所で、標高400メートル近くの場所にありました。機能していた昔から車が走れる様な広い道路などは無く、人力即ち徒歩のみで食料などの物資を運んでいたのです。

一番栄えていた時には約20あまり住居がありましたが、現在からちょうど40年前の昭和54年に『廃村』という位置づけになりましたが、この時まだ数名居住者がいました。けれども現在から21年前の平成10年には人口が0人だという事が行政上確認されました。現在では腐り果てた住居の跡や損壊している建造物が残っています。

日本のゴーストタウン⑰八丁村(京都府)

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京都府京都市に昔あった場所です。昔から辺り一帯には恵まれた良質な森林が生息していて、それをめぐって二つの村の争いや境界線の論争が絶えなかったそうで、100年以上前には神社が建てられてたり、現在でいうところの小学校、中学校にあたる施設が設けられましたが、数十年後に廃止されました。

また冬や寒い時期になり雪が降ると、主要な道路に雪が積もったりして交通がストップしてしまい、他の村や市街に交通する事ができなくなるという不便な立地などを理由に、次々と村を離れる人たちが増え続け第二次世界大戦が起きる直前には、人口が0人になってしまい廃れてしまったのです。住居や小屋のほとんどは解体されており、石や岩の塀しか残っていません。

日本のゴーストタウン20選~中国・九州地方編~

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さあ日本の20選も残りわずかとなってきましたが、最後に本州の最西部である『四国地方』及び日本の最西端である『九州地方』から3つほど、廃れてしまった村のことをご紹介していきます。なぜ人々がその地から去っていったのか?一体何が起きたのか?など詳しく過去と現状をまとめていきます。

日本のゴーストタウン⑱板井原集落(鳥取県)

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鳥取県の県庁所在地でもある鳥取市にあった『場所』です。鳥取市内を流れる川の谷間に位置しており、上流側は智頭町のエリアと、下流側は鳥取市のエリアに別れており、『廃村』と化してしまったのは後者であります。現在から44年前の昭和50年に、その場所に住んでいた民衆が集団的に『転居』して人口が減り0人になりました。

上流側の智頭町のエリアも過疎化が進んでいますが、数人の居住者が今なお住んでいるので現在も村として機能しています。尚現在もかつての集落の跡がほぼ形を変えずに残っており、その歴史は江戸時代まで遡ることから『文化遺産』としても注目されています。

日本のゴーストタウン⑲丹波集落(広島県)

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広島県の県庁所在地でもあり第二次世界大戦では原爆が投下された広島市に遠い過去にあった『場所です』。現在から1000年近く昔にある武人や武将がその身を隠して生活するために発祥したのが、この『地』の始まりと言われています。

歴史が古いためかいつの時代にどれだけの人間が住んでいたのかも、いつその村から人が去っていったのかもあまり判明していません。現在でも市街地からは離れて辺りには森や森林に囲まれている事から、立地的な問題が原因と考えられます。

日本のゴーストタウン⑳寒川集落(宮崎県)

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宮崎県西都市にかつてあった『場所』です。ドキュメンタリー映画の舞台ともなった地であり、知る人は知っているそんな『廃村』です。その歴史は長く、昔からその豊かな自然を生かして森林伐採などの林業で栄え、明治時代には数百人がこの場所を棲家として生活していたと言われています。

第二次世界大戦で敗戦した後、マッカーサー率いるGHQにより急速に成長を遂げていく都市部や市街地があるなか、この集落はどんどん過疎化が進んでいき、現在から30年前の昭和64年及び平成元年に最後の居住者たちが国の政策により、隣町の市営住宅に移転して『廃村』となりました。

大陸別!世界のゴーストタウン30選~アジア編~

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これまで日本国内にかつて存在していた集落や村、ゴーストタウンと呼ばれるような場所を、20選ほど余すことなくご紹介していきました。全国各地に至る場所に廃村や廃墟が存在していることがよく分かっていただけたのではないでしょうか?また興味を持っていただけたはずです。しかしながらその多くは国に管理され立入禁止となっているので注意しましょう。

続いてはいよいよ日本を飛び出して、この地球上、世界中に存在する廃れてしまった市街や村などをどんどんご紹介していきます。果たして過去にその場所で何が起こったのか、どういう理由で人々がいなくなってしまったのかなど、過去や現状の概要、詳細を解説していきます。まずはユーラシア大陸全域のアジア編です!

世界のゴーストタウン①アグダム(アゼルバイジャン)

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ヨーロッパ大陸とアジア大陸をまたぐ、かつては旧ソ連の構成国であったアゼルバイジャンの西南に位置する村です。現在から32年前の昭和63年に現在のアルメニア人率いるアルメニア共和国とアゼルバイジャンで民族自治州を巡って激しい紛争が起きてしまいました。

6年間も紛争は続いて結果的にはアルメニア人およびアルメニア共和国が勝利するのですが、この村はその紛争中も最前線に位置していたため、兵器や銃の弾丸などによりどんどん廃れてしまい、廃村と化してしまいました。以前は50000人以上の国民が住んでいたと言われていて、戦争や紛争の悲惨さのこの村には強く残っているのです。

世界のゴーストタウン②シューシ(アゼルバイジャン)

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こちらもアゼルバイジャンの南西に位置する村なのですが、性格には先ほど解説したアルメニア人、アルメニア共和国が勝利して独立した(国際的には認められていない)民族自治州の支配下となっていて、こちらも紛争の最前線であったため大きな被害を受けて、その残骸や跡が現在でも残っています。

世界のゴーストタウン③アルゲ・バム(イラン)

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世界的にも数多くの世界遺産があり、イスラム教の文化を強く受けており国際的にも人権的にも多くが問題視されているイランのケルマーン州に位置する、かつては要塞都市として機能していた場所です。現在から1500年以上も前に最初の都市が発足して、1500年から1600年代にかけて今の形と同じ城壁が完成しました。

現在から16年前の平成15年にはイランで大地震が起きて、これにより30000人以上にものぼる死者を出しましたが、その際にこの要塞都市の大部分も崩壊してしまいました。その翌年に世界遺産に登録されましたが、徐々に復旧工事が行われて、かつての形まで修復して世界遺産のリストから外されました。現在でも観光客などが訪れているそうです。

世界のゴーストタウン④クルドハラ(インド)

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第二次世界大戦後にイギリスの支配下から独立し国であり、南アジアに位置するインドに存在するクルドハラという村です。インドいえば急激に進行が増えて現在は10億人を優に超えるくらい人口密度が高いと世界的に知られていますが、このクルドハラという村はまさしく正真正銘の『ゴーストタウン』となっているのです。

かつては数千人の居住者がその地で生活していたと言われていますが、現在から約200年ほど前にパタリとその居住者たちが消えてしまったのです。諸説ありますが、ゴールデンシティと言われるインドの都市に住んでいたある人物がこの村の村長の娘に恋をしましたが、それを激しく嫌がり村ごと放棄したためか、戦争のために村を棄てた言われています。

世界のゴーストタウン⑤ルシ熱泥噴出(インドネシア)

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数千単位の島々が領土である東南アジアに位置するインドネシアの東ジャワ州に存在するエリアです。その名前からもわかる通り、現在から13年前の平成18年5月に突如地層から熱湯のように熱い泥が噴出して、周囲の村を沈めました。尚この熱い泥には有毒なガスも含んでいるそうです。

本来はその周辺に10以上の村や集落、30000人以上の民衆がその地で生活していましたが、避難を強いいられてしまい、その村や集落は壊滅状態になってしまいました。2019年令和現在もその熱い泥が地層や地面から噴き出しており、1日あたり10万㎥以上にものぼると言われています。

世界のゴーストタウン⑥チャガン(カザフスタン)

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東には中華人民共和国、北にはロシアが位置する中央アジアに存在するカザフスタンの村です。かつて旧ソ連の占領下にあった時代、第二次世界大戦から約20年後にこの村を流れる川が干上がった時、その川の底で『核実験』が行われました。

その影響でその底に球体上の窪みが出来てしまう、いわばクレーターができてしまい川であったことから湖になってしまい、その湖の水は現在でも放射線に汚染されているのです。核や放射線の恐ろしさを残す様に、この村はまさに『廃村』と化してしまいました。

チャガン核実験

現在のロシア、急ソヴィエト連邦でしばしば行われた『核実験の一つ』であり、核のパワーは100キロトン以上を優に超えていたそうです。この実験が起きる前には部分的、局地的な核実験は中止しようという条例が国際的に定められていましたので、『アメリカ合衆国』から強く非難されましたが、禁止条例には該当しないとしてこれを無視しました。

爆発の衝撃により生まれた『クレーター』そして『湖』は実験を行う前から、ソヴィエト連邦は温かな気候に差し掛かる季節に、雪が解けて増水していた水量を堰き止めるためだと意図的に人為的に生み出したと主張しています。

世界のゴーストタウン⑦ボコル・ヒル・ステーション(カンボジア)

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東にはベトナム西にはタイが位置する東南アジア、インドシナ半島の南に存在するカンボジアの市街です。現在から100年前にはフランスの植民地であり、フランスはこの場所にホテルや教会、カジノなどを設立して一時は賑わいを見せていました。

しかし第二次世界大戦が起きる数年前にインドシナで戦争が起きたことにより、フランスはこの市街の管理を放棄してしまい、現在から47年前の昭和47年にはカンボジアの武装組織及び政治勢力が占拠して、ベトナム戦争のホームベースとして使われてしまい、廃れていってしまったのです。

世界のゴーストタウン⑧ガグラ(ジョージア)

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ジョージアの西部に位置するアブハジア共和国の都市です。かつてはロシアやソ連の占領下にあり、極寒のロシアとは反対に、気温の高い地域であったため行楽的な都市として栄えましたが、90年代に入るとアブハジア国が独立を求めて戦争を起こすと、ジョージア人がアブハジア人たちを追放してたちまちその人口は減っていきました。

現在も都市とはいえない人口の数ですが居住者もいて普通の街として機能しており、その街並みや建造物などのほとんどが残っているのです、現在からもロシア人などが観光に訪れています。興味のある方は旅行に行ってもいいかもしれません。

世界のゴーストタウン⑨獅城・千島湖(中国)

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