【トムプライス死亡事故】不運な事故の状況と原因、事故動画とは?

トムプライスのF1死亡事故はマーシャルがレースコースを横切るという前代未聞の原因によって引き起こされたいわば人災です。なぜトムプライスの事故はおきたのか、事故概要と原因に注目しながら問題のトムプライス事故動画を紹介していきます。

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トムプライスとは

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イギリス出身のレーシングドライバーのであるこの名をご存知でしょうか。彼は幼少期から車に興味をもち、その後F1ドライバーとして活躍するのですが、不運な事故によって無くなります。彼について調べていきましょう。

トムプライスのプロフィール

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彼が一体どのような人生を送っていたのか、プロフィールについて調べていきましょう。彼は949年6月11日にイギリスのクルイド州ロセットに生を受けます。本名はトーマス・モルドウィン・プライスといいます。

子供のころから車に興味を持つ彼ですが、きっかけは10歳の頃にパン運送用のバンに乗ったことが始まりでした。そこから車に興味を持ちドライバーを目指していきます。ただ、一時期は飛行機のパイロットにもあこがれていたようです。

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しかし、こちらの夢は成績が及ばずあきらめることになってしまったようです。両親もちょうど彼をレーサーにしたいと考えていたこともあり、家族でレーサーとしての夢をかなえられるよう動いていたそうです。

そうして、彼は16歳で学校を中退後、トラクターのメカニックとしての検証を受けつつ働き、同時にF1レーシングドライバーになるための成績を残すために、F2やF3お大会に出場していくことになります。

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1975年には結婚し、イギリスから誕生した期待のドライバーとして注目されることとなっていきますが、1977年に起きた事故により命を落とすこととなります。享年27歳という若くしての死に誰もが衝撃を受けたそうです。

トムプライスの戦績

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彼が生前残した成績についても紹介していきましょう。彼はメカニックとして働きながらF2やF3の大会に出場することでF1への出場権を獲得していき、とうとう1974年にベルギーグランプリにてF1への出場を果たします。

そして1975年のオーストラアグランプリでは3位に入賞し、ポールポジションまで獲得します。また、その後に行われたブランズハッチでのレース・オブ・チャンピオンズと呼ばれる非選手権戦においては、ポールポジションとファストステップを獲得。

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そして、成績は優勝を収めるという快挙を成し遂げました。この活躍は世界中で瞬く間に広がり、イギリスの期待の若手ドライバーとして大注目を浴びることとなったのです。

不運な事によりトムプライス事故死

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若くしてすさまじい成績を収めて、世界中から気体のドライバーとして注目される中、彼は不幸な出来事によって命を落とします。それがレース中に起きた事故です。

レース中にコースを横断したマーシャルと衝突し、そのマーシャルが所持していた消火器がドライバーであるプライスの頭部に直撃。その後操作不能の状態でコーナーを抜けて衝突し、その後やっと車は止まります。

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時速270キロ以上での暴走の末に止まった車はもちろん大破した状態で、レース関係者が近寄った時は凄惨な状態での遺体発見となったといわれています。また、今回起きた出来事の恐ろしい点は、これだけではありません。

内容も恐ろしい手のですが、実は当時の現場の様子がカメラに収められておりその動画が今でも普通に見ることができるというのです。もちろん非常にグロテスクな光景も写っており衝撃的な映像になっています。

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今でも動画が普通に見られるという特殊な環境ということもあり、当時から広く語られる内容となっているようです。

トムプライス悲劇の事故死

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彼が無くなったことのあらましについて調べていきましょう。いったいどのような経緯で亡くなったというのでしょうか。そこには驚くべき事実がありました。実はもらい事故だったのです。

1977年南アフリカグランプリ決勝

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