土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の生い立ちや犯行動機について解説!

後に県警は「容疑者確保のための極秘の捜査だった」と釈明していますが、駅の職員や乗客が事件に巻き込まれる可能性も十分あったことを考えると疑問が残ります。

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また、報道等で指名手配は流していたものの、最初の犯行現場近く(金川の自宅も近い)や駅等にビラやポスターの掲示はなく、地域住民に対する警戒喚起が不十分だったことも指摘されています。

事件後、警察には市民からの抗議の声が多く寄せられたそうです。警察の不手際に住民が怒りの声を上げたことも十分理解できます。

金川真大が自首した交番は警察官が留守だった

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土浦連続殺傷事件の犯行に及んだ後、自首するために近くの交番へ向かいます。しかし、金川が着いたとき警察官が不在であったため、自ら通報し警察官を呼び寄せました。

もし気が変わって金川が逃走していたら、土浦連続殺傷事件は更に悲劇を生んでいた可能性も十分に考えられます。実際、交番へ向かう途中もすれ違う人を殺すことも考えたようです。

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こういった警察の不手際が後に糾弾されることとなりました。もちろん警察も必死に金川を追っていたでしょう。しかし、連携の仕方や変装の予見など、もっと何とかできたのではないかという批判的な見方になってしまいます。

後に警視庁幹部が操作方法に問題があったと明言しています。また、警察庁から県警に対して、今後同じようなことが起きないよう再発防止に努めるよう指導があったようです。

土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の獄中での様子

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土浦連続殺傷事件の裁判が終わった後、獄中で生活を送っていた金川ですが、心境の変化はなく早期の死刑執行を望んでいました。刑に服している間、彼は土浦連続殺傷事件について何を語り、どう捉えていたのかみていきましょう。

事件への反省・後悔、遺族への謝罪は全くなかった

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土浦連続殺傷事件の裁判において、犯行や遺族に対する謝罪の言葉が出ることはなく、苛立ちから机を破壊する行動をとる等、反省の態度はみられませんでした。遺族が傍聴席にいることももちろん知っていたでしょう。

むしろ金川は反抗的とも言える態度をとっており、出廷の際に英語で「妨害」を意味する単語が書かれたTシャツを着てくることもありました。明らかに挑発している態度といえます。

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また、土浦連続殺傷事件という凶行に及んだ後にも、外に出ればまた死刑を下してくれるまで人を殺すといった発言もしており、考えを改めようという気は全くみられませんでした。

証言では、人と蚊を殺すことは同じようなものと発言したり、自分がライオンで被害者はシマウマで強い生き物が弱い生き物を殺すことは自然の摂理等という自分勝手な解釈を繰り広げていました。

東京拘置所へ移送時に暴れていた

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土浦殺傷事件の判決が決定した後、水戸から東京拘置所へ移送となりました。その際、金川は大暴れをし周囲を騒然とさせています。このため、収監が遅れてしまい2010年5月に改めて移送されています。

水戸拘置所にいた頃に、ボールペンで職員を刺そうとした経過もあったことから、移送時には大勢の警察官が動員されたようです。金川がいかに警戒されていたかが分かります。

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独房に収監されたものの他の受刑者への影響も考慮され、隣の独房は空室にされました。私物の持ち込みも大きく制限を受けます。運動や入浴も周囲とのトラブルを避けるために、一番最後に回される等の措置がとられました。

基本的には他の受刑者と話すことは禁止されており、一番奥の房に入れられ、隣りに人の気配も感じない金川は何を考えていたのでしょうか。

近くの房には死刑囚が大勢いた

金川が収監されていたのは、東京の小菅にある東京拘置所の最上階にあたる11階でした。そこは「日本一死刑囚が多いフロア」と呼ばれ、厳重な警戒態勢が敷かれており、金川は一番奥の房だったようです。

そんなフロアには、秋葉原無差別殺傷事件を起こした死刑囚もいたようです。後に詳しく載せていますが、この死刑囚は土浦連続殺傷事件のすぐ後に事件を起こし、影響を受けたと語っています。

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ちなみに死刑囚は懲役刑ではないので、刑務作業などの義務はありません。刑務所ではなく拘置所に入れられ、死刑が執行されるのをひたすら待っているだけの生活です。

いつ刑が執行されるかというのは、執行当日の朝に本人に告げられるそうです。無言で本人を連れ出し、午前中には執行してしまうそうです。取り乱したり自殺を防ぐためといわれています。

メディアとの面会は拒まず続けていた

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金川は獄中で土浦連続殺傷事件の取材の面会には気軽に応じており、特に新聞社の記者とは頻繁に面会をしました。一方、両親との面会ではほとんど話をしなかったことから対照的といえます。

この面会について金川は「暇つぶし」と語っていますが、訪れた面会者に自分の考えや気持ちを包み隠さず話しています。その中でも独特の理論や一般的には受け入れがたい発言も繰り返しています。

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ある時、記者が金川の学生時代の友人を連れて面会に行きました。話の中で金川が涙目になる場面があったようですが、金川から土浦連続殺傷事件という凶悪犯罪に対する後悔や反省の弁を引き出すことはできませんでした。

いくら働きかけても変わらない死への渇望は異常に見えます。しかし同時にこのような独特な思考の持ち主が世の中には存在するんだということも私たちは知っておかなければならないでしょう。

生きることへの執着は全くなく早期の死刑執行を望んでいた

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ある記者は、金川真大はどこにでもいるような普通の青年という印象と述べており、土浦連続殺傷事件を起こした凶悪犯罪者には見えなかったと語っています。また、別の記者はこんな家庭環境でなかったらといった印象も残しています。

一方、死刑がすぐに執行されないことに不満を抱いており「半年以内に死刑を執行しないのは違反」として、法務大臣に早期執行を求める嘆願書も出します。生きていることが時間・税金の無駄と話していたそうです。

死刑が執行されないことを不服とし、裁判に訴えることも考えていたようです。このような訴えは理解し難いと感じますが、金川からすると自らの権利を主張しているだけで何ら不思議ではない発想だったのでしょう。

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金川がファンタジーの世界に非常に憧れており、冒険の主人公になって旅をしたいをしたいと思っていたこと、秋葉原へ行った際に性風俗に行こうと思っていたこと(性体験がないこと)が明らかとなっていました。

そこで、面会に訪れた記者等が、女の子と付き合うことや面白いゲーム等の話題を出し、生への執着を引き出そうと試みます。しかし、金川の死への執着は全く揺るぎませんでした。

そして、2013(平成25)年2月、死刑が執行されました。彼が唯一望んだことが叶ってしまった瞬間でした。

土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の同級生も殺人事件を起こしていた

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身勝手な事件を起こした土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大ですが、驚くことに中学時代の同級生も殺人事件を起こしています。

その殺人事件とはどのようなものか、また金川と同級生の接点はあったのか詳しくみていきましょう。

葛飾区の女子大生が殺害された「女子大学生殺人事件」

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東京都葛飾区に住む女子大学生が2018年11月から行方不明になっていたところ、茨城県神栖市にて遺体が発見されました。そして2019年1月、市内に住む廣瀬晃一が死体遺棄容疑で逮捕されました。

被害者の女性大生と廣瀬はインターネット上で知り合い11月に神栖市内で会います。会ったその日に廣瀬が女子大学生の首を絞め殺害しています。

そして、驚くべきことに容疑者・廣瀬晃一は土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大と同級生だったことが判明したのです。

金川真大は中学時代の同級生

犯行当時、廣瀬は神栖市内に住んでいましたが、中学校の頃までは土浦市に住んでいました。その土浦市内の通っていた中学校の同級生に土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大がいたのです。

同じ中学校の同級生から2名の殺人犯が出てしまうとは非常に稀といえます。この事実を当時の同級生たちはどのように受け止めているのでしょうか。

2人にはゲーム好きという共通点があり、交流があったとの噂も

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生い立ちは違う2人ですが、金川も廣瀬もお互いにゲームが好きという共通点があり、同級生の証言によると、ゲームを通じて当時交流があったのではないかと言われています。

廣瀬の犯行が同級生である金川の影響を受けたかどうか定かではありませんが、あれだけ報道された土浦連続殺傷事件ですから、中学校の同級生の金川真大の犯行だったことはもちろん知っていたと思われます。

家庭環境という生い立ちは違っていても、同級生という立場やゲーム好きという共通点は見過ごせない点と言えます。

土浦連続殺傷事件と類似した事件

土浦連続殺傷事件は死刑になることを望み犯行に及んだという身勝手極まりない事件ですが、土浦連続殺傷事件以外にも同じような動機から殺傷事件が起きています。

土浦連続殺傷事件と類似した事件①秋葉原通り魔事件

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土浦連続殺傷事件から3か月後の2008年6月、東京都千代田区外神田で通り魔事件が発生しました。25歳の男がトラックで横断中の歩行者を次々と跳ね、さらに所持していた刃物で通行人を立て続けに襲い殺傷しました。17名が被害に遭い、そのうち7名が死亡してしまいました。

犯人は土浦連続殺傷事件を参考にしてと述べており、さらに「社会的に孤立するなら死刑になった方がまし」とも述べています。死刑を見据えた上での犯行と考えられます。

この事件について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

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