音楽室といえば、教室の後ろにズラッと並んでいる大作曲家たちの肖像画を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。実は写真が無かった時代はデスマスクから肖像画を描いたといわれています。
ところで、何故ほとんどの学校の音楽室に音楽家の肖像画があるのだろうと疑問に思う人も多いのではないでしょうか。どうやら楽譜を買ってもらうための「おまけ」として、描かれた肖像画のカレンダーを配布したことが先駆けだったようです。
壁に並ぶ肖像画たち
最初はベートーヴェンの肖像画のカレンダーで、これが大変好評だったようです。当時は作曲家の顔が分かるものが無かったので、音楽教師はこの「おまけ」をたいそう喜び、カレンダーの部分を切り取って肖像画を壁に貼っていたそうです。
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デスマスクを残した日本人
西洋では写真がない時代は当たり前のようにデスマスクを製作していたのに対して、日本ではデスマスクがそれほど残っていません。日本で初めてデスマスクを作ったのは夏目漱石ではないかといわれています。
夏目漱石
夏目漱石(1867年~1916年)は日本を代表する作家。江戸生まれ。本名は金之助。代表作に「坊ちゃん」「吾輩は猫である」「こころ」「三四郎」「門」などの名作の著が多数あり世界にも広く知られています。新海竹太郎によりデスマスクは1916年に取られました。
新宿区立漱石山房記念館
所在地:〒162-0043 東京都新宿区早稲田南町7/ 電話 : 03-3205-0209 FAX : 03-3205-021 / 開館時間:10時00分~18時00分(入館は17時30分まで)/ 休館日:月曜日ただし、月曜日が休日の場合は、直後の休日でない日/ 観覧料:一般300円、小・中学生100円
森鴎外
森鴎外(1862年~1922年)は明治・大正の小説家。本名は森林太郎。東京医学部を卒業し軍医となる。ドイツに留学中にドイツ女性との恋愛をもとに書いた「舞姫」。多数の小説や随筆があります。デスマスクは1922年に新海竹太郎により取られました。
文京区森鴎外記念館
所在地:東京都文京区千駄木1-23-4 / TEL:03-3824-5511 / FAX:03-3824-0123 / 開館時間 10:00〜18:00(最終入館は17:30)/ 休館日:毎月第4火曜日(祝日の場合は翌日休館)/ 観覧料:一般300円、中学生以下無料
犬養毅
犬養毅(1855年~1932年)は日本の政治家。岡山県岡山市生まれ。ヨーロッパ留学できるほど学力がありましたが経済的に困難なため慶應義塾に入学。第29代内閣総理大臣となり半年後の5・15事件で暗殺されました。中学校の教科書にデスマスクが掲載されました。
犬養木堂記念館
所在地:岡山市北区川入102-1 / TEL:86-292-1820 / FAX:86-292-1825 / 開館時間:9時から17時まで(入館は16時30分まで)/ 休館日:毎週火曜日(祝日は除く)入館料:無料 / HP:http://www.maroon.dti.ne.jp/inukai.bokudo/mobile/
織田信長!謎のデスマスク
「桶狭間の戦い」の戦いで一躍天下に名を轟かせた戦国時代「安土桃山時代」の武将。本能寺で焼かれたはずの織田信長(1534年~1582年)のデスマスクが在るという噂があります。本当に実在するのでしょうか?
織田信長の最後
信長の最後といえば、1582年に起きた「本能寺の変」は誰もがご存知だと思います。明智光秀が総勢1万3000人を率いて、あの有名な台詞「敵は本能寺にあり」といって信長の首を取に本能寺へと向かいます。
奇襲攻撃の中で信長は自分の死を覚悟したけれど、自分の首を光秀に晒されることを回避したかったに違いありません。罪人として扱われてしまうのですから。炎の本能寺で信長が自刃し遺体を完全に焼き尽くしたのか。それとも誰かが遺体を外に運んだのかは今でも謎に包まれたままです。
本能寺で焼かれた遺体とデスマスクの謎
信長は弥助という黒人をボディガードとして雇っていたといいます。本能寺の変では自刃した信長の生首を持って持ち出して南蛮時に預け、弥助は光秀勢に捕まるものの、光秀は「黒人は何も理解できない動物、日本人でもないから殺すまでもない」と弥助を見逃したといいます。
信長によって、奴隷から日本史上初の黒人武士になった弥助がデスマスクを製作したのではないかといわれていますが、そもそも信長の死体が見つかっていないのです。本能寺の包囲の中、首を持ち出せたのだろうかと大きな疑問があります。
織田信長の子孫と骨格を比較検証!本物なのか?
信長のデスマスクを所有している人物は信長の孫にあたる秀信の子孫である西山氏。なんとフィギュアスケートの織田信成さんと顔の位置などを比較検証した結果、ほぼ一致するということです。確かに、デスマスクの顔を見ると信長のように見えます。もしかするとライフマスクを作っていたのかとも思いました。
著名人以外にも残るデスマスク
有名人以外にもデスマスクは作られていました。なんと犯罪者のデスマスクも作られたといいます。それは犯罪心理学の研究資料として、犯罪者のいる監獄で処刑後にデスマスクを保管して研究するためでした。オーストラリアでは犯罪者の骨格と犯罪者になる可能性の関連性を研究した事例があります。
犯罪者のデスマスク
オーストラリアの旧メルボルン刑務所では、犯罪者のデスマスクは心理学の研究のために処刑後に作られたといわれています。頭蓋の形や隆起に人間の性質があらわれるというもので、犯罪者には特有の頭蓋の形や隆起があるのではないかと考えられたのです。
ロンドンにある犯罪博物館
スコットランドヤード(ロンドン警視庁)には、ブラックミュージアム(黒博物館)という犯罪者の犯行に使われた凶器、ロンドンで起きた犯罪の資料などがあるといわれています。イギリス犯罪コレクションのような博物館で、あの有名な切り裂きジャックの手紙や犯罪者のデスマスク、処刑に使った縄なども展示されています。
藤田和日郎による漫画「黒博物館」シリーズでも知られるようになったブラックミュージアム。興味を持って行ってみたいと思った人も多いのではないでしょうか。残念ながら一般非公開で、警察関係者や研究者だけが予約制で入館できる場所のようです。
事件被害者のデスマスク
2012年から2014年に関東で起きた整形美女連続殺人事件では、20代から30代の女性が4人殺害され、被害者4人のデスマスクが発見されました。犯人は美容整形外科医で、自らが手術をした女性のデスマスクを製作するのが目的で犯行に及んだ事件だといわれています。
セーヌ川の身元不明少女
1880年頃、セーヌ川で身元不明の少女の溺死体が見つかりました。パリの死体安置所の病理学者は彼女の美しさに感嘆し、デスマスクを製作したといわれています。しかし、川から引き上げられた遺体が綺麗な容貌のままというのは考えられないので、おそらく生きていたのではないかと推測されています。
デスマスクにされた少女
少女のデスマスクは、まるでモナリザのように微笑んでいて美しいので、多くのレプリカが出回っていました。身元が不明のまま、誰かが分からない謎めいたデスマスクは、またたく間に知れ渡っていきました。その後、少女のデスマスクを飾ることが芸術家たちに流行ったといわれています。
デスマスクは生きたまま作られた
少女のデスマスクの製作を任された石膏職人の証言では、マスクを作る時に少女は生きていたというのです。少女の優しい微笑みは、もしかすると少女が眠っているあいだに生きたまま石膏で型を取ったのではないかと想像します。窒息死してしまったのでしょうか?それも謎のままです。
史上もっともキスされた顔
医療用のマネキンには実はモデルがいたことをご存知でしょうか。心肺蘇生用のトレーニングに使われるダミー人形「レサシ・アン」が1960年に発表されて以来ずっと使われてきました。そのモデルが「セーヌ川の少女」だとヨーロッパ中に知られています。
心肺蘇生のトレーニングというと人工呼吸のトレーニングです。お馴染みともいえる顔の人形「レサシ・アン」に姿を変えて世界中で息が吹き込まれている少女。人工呼吸のトレーニングによって多くの命が救われています。「セーヌ川の少女」はもっともキスされた顔といえましょう。
デスマスクとは趣が異なりますが即身仏という生きたままミイラになる過酷な修行をご存知でしょうか?気になる方はこちらもご覧ください。
映画「インフェルノ」に登場するダンテのデスマスク
映画の中で最大のポイントになっているのは、13世紀の文豪ダンテのデスマスクなのです。ダンテの「神曲」地獄(インフェルノ)篇に隠された暗号の謎があります。また”天国の25を探せ”というメッセージも出てきますが、天国篇第25歌の指しています。この映画を観て「神曲」に興味を持つ人も多いのではないでしょうか。
ダンテ・アリギエーリ
ダンテ(1265年~1321年)は、イタリアの詩人であり哲学者、そして政治家でもありました。代表作の叙事詩『神曲』からインスピレーションを得たリストは「ダンテを読んで」というソナタ風幻想曲を書いています。
『神曲』
「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3部構成から成っています。キリスト文学の最高峰といわれる作品です。ダンテは生前の行いによって罰を受ける人々と地獄の底から天国を目指します。リストの他にも多くの作曲家が、この『神曲』からインスピレーションを得たといわれています。
デスマスクには興味深い逸話がたくさん存在していた!
有名人から犯罪者、被害者のデスマスクまで幅広く存在していることがわかり、デスマスクには興味深い話がまだまだあるのではと思います。亡くなって製作されるデスマスクから読み取れるものが心理学にまで至り、たくさんの逸話が存在しています。