猿の手は願いを望まぬ形で叶えてくれる
今回ご紹介する空想上のアイテムはオカロトの世界の中では比較的高い知名度を持っています。それもそのはず、これからご紹介しますようにその効果は持っている人間の願いをかなえてくれるという分かりやすくも理想的なものだからです。万能とは限りませんが。
持ち主の願いを3つ叶えてくれる
前述しました通り、この手を持っている人間が願ったことは、実際に形として起こってくれるのです。すなわち、ドラゴンボールの神龍のごとく持ち主の願いをどんなものでもかなえてくれます。しかも全部で3つ。これほど分かりやすく便利で喉から手が出る様なものは無いでしょう。
ただし高い代償が必要
しかしこの手の美味しいアイテムに関してはお決まりというか、往々にして裏があります。猿の手に関してもその例にもれず、確実に願った内容を実現してくれますが、代わりに非常に高い対価を支払わなければならない宿命にあるのです。つまるところ、願いはかなうけれど、それは自分の望んだ形ではなくなるのです。
短編小説「猿の手」
今回ご紹介するオカルトなアイテムについて、簡単にではありますがその内容をご紹介しました。前述しました通り非常に有名なものですので知っている方も多かったかもしれませんが、これが元々どこから出典した話なのかはご存じでしょうか。
W・W・ジェイコブズの短編小説として発表
元々今回ご紹介するアイテムはW.W.ジェイコブズが出版した短編小説の中で登場しています。題名は「the monkeys paw」という名前で、pawというのはつ目のある動物の手ということになります。ただし普通の手というわけではなく、干からびているミイラの手になっています。
物語のあらずじ
この物語のあらすじは、まず老夫婦と一人息子が住んでいる家に夫の知り合いだった軍人が表れ、手の話をしだします。そして血の気のない顔で願いがかなったからと手を譲り、その手に願いを決して望んではならないとまで言い出しました。
結局手を譲られた側は家のローン分であった200ポンドを願いました。するとその日は何も起こりませんでしたが、次の火息子のいる会社の人間が家にやってきて息子が事故に遭ったといいます。そしてそのお見舞いとして差し出された金額が、願った200ポンドであったということです。
その後どうなったのかについて
原作の内容についてを簡潔な形ではありますがご紹介しました。もし自分が同じように何か別の形で金が欲しいと願っていたならば、どんなことになってしまっていたかなど考えたくもないかもしれません。願いに大小が必要であるということはここまででお分かりいただけたでしょうが、まだお話には続きがあります。
息子をよみがえらせようとして…
思わぬ形で望んだ金が手に入り、そして大きな代償を支払ってしまった老夫婦は、悲しみの中で息子を生き返らせてほしいと手に願います。そしてその願いは聞き届けられ深夜に家の戸を叩く音が響き、2人は息子がよみがえったのだと喜びます。
しかし、ここで片方が冷静になりました。息子はすでに亡くなって墓の中。もしそれがそのままでよみがえったというのであれば、今戸を叩いているのは死体、所謂ゾンビではないかと。結末が恐ろしくなった旦那が息子を元に戻してくれと願うと、戸を叩く音はぴたりとやみました。
対価が描かれていない
1つ目の望みの中では対価がしっかりと描かれており、それがもとで2つ目と3つ目の願いを実現させてはいましたが、2つ目と3つ目の望みを実現させた時にはどんな代償を支払ったのかが描かれていません。もし描かれていたならば、どれほど大きな対価だったのかは想像できません。
原作には少し無理があったかも?
このように原作の中では、普通に暮らしていた人たちが少し高望みをしたところ、息子を失うという大きな対価を払うことでまた平穏な日常に戻ったわけです。しかし、このお話の中ではちょっと無理に繋げたところがあるのではないかという読者の方もいるようです。
何故手を持ってきた?
それが、なぜこの家に軍人がそのアイテムを持ってやってきたのかということです。渡す相手であれば古い知り合いでなくとも他にいたはずです。まあそんなことを言い出してしまえばきりがありませんので、完璧な作品というのもありませんからそれはそれでよいのではないかという声もあるようですが。
嫌な読後感が癖になる!イヤミスについてはこちらをご覧ください
猿の手は願いが叶うアイテムの暗いパロディ
登場する原作の中でどんな風に描かれているか、あらすじを簡単にではありますがご紹介しました。最初の概要でもご紹介しましたが、この手が万能の願望器などではないということは自分の望まない形で望みを実現させるという点からお分かりいただけたかと思われます。
おとぎ話の願いを叶えてくれるアイテムとの違い
おとぎ話のなかではいろんな願いをかなえてくれるアイテムが登場していますね。例えばアラジンの魔法のランプなどは今回ご紹介するアイテムのように願いの個数が制限されておらず、いくつでもやってほしいことをランプの中の魔人に言えばかなえてくれるのです。
こんな風に望みの数が制限されずいくつでも実現してもらうことができ、しかもそれに高い代償が支払われるようなことが無いというのが猿の手との大きな違いといえるでしょう。他にもいろいろと願望器系のアイテムはありますが、手に関して言えるのはそのアイテムの中でもブラックなパロディであるということです。
猿の手がイギリスで生まれた理由を猿のイメージから考察
この原作に関してですが、ジェイコブズはイギリス人、つまりこの話はイギリスで生まれたものであるということです。それではなぜこのアイテムが猿の手のミイラになっているのか、その辺りを英国でのイメージや日本、アジアでどういったイメージがもたれているのかから考えていきましょう。
欧米での猿イメージ
まず、ヨーロッパ圏の欧米ではどんなイメージを持たれているかについてですが、欧米の方で猿の手というのは差別的な表現に使われていることが多いのだそうです。決して良い印象が無いということから、察してみるに怪しく不気味な感じや同じように代償を支払うとされる悪魔のイメージが与えられているのでしょう。
日本とアジアでの猿イメージ
続いて、われらが日本やアジア圏でのイメージはどうなっているのかというと、こちらでもやはり印象としては蔑んだ感じの出意味合いで使われることがあるようです、しかし、一概に悪いイメージだけというだけではなく、親しみを持たれたり敬われたりということもあるようです。