西鉄バスジャック事件(ネオ麦茶事件)とは
事件から19年、未だ人々の記憶に名を残す有名事件、それが西鉄バスジャック事件です。平成12年5月3日、高速バスを占拠した犯人が人質3人を死傷させ、最終的に特殊部隊の出動にまで至ったという凶悪事件です。
17歳の少年が起こしたバスジャック事件
この事件が特に騒がれた理由のひとつが、犯人がわずか17歳の少年であったことです。ほんの高校生ほどの子供が巻き起こした大事件は、日本中に大きな衝撃を与えました。
またこの時代、少年による凶悪犯罪が頻発したことが、犯人と同世代を指す「キレる17歳」という新語を生むきっかけにもなりました。
西鉄バスジャック事件(ネオ麦茶事件)の全貌
ここからは事件の詳細な記録になります。事態はいつ発覚したのか?どのような経緯を辿り、人質はどういった状況で、警察はどのように事態を収束させたのか?
半ばからメディアも介入し、日本中がリアルタイムで体感した事件の全貌をお伝えします。
2000年5月3日 13時35分からの恐怖
平成12年5月3日、福岡県の西鉄天神バスセンター行きの高速バス「わかくす号」が出発。ほどなくして13時35分、事件は発生します。牛刀を凶器に使い、犯人は「おまえたちの行き先は地獄だ」と宣言しました。
以降、3人の乗客が暴行を受けうち1人が死亡(国内初のバスジャック事件死亡者)となります。
そこで人質になっていた乗客たちの様子
人質のうち、牛刀で切り付けられ負傷した乗客は3名、うち1名は失血死という惨劇が起きていました。
また、隙を見て通報を果たした1名、走行中の窓から逃亡し警察に情報を伝えた乗客1名、車窓から脱出の様子がテレビ中継された乗客1名がいました。中にはわずか6歳の女児もいたのです。
緊迫の強行突入は中継されていた!
現場の状況がメディアによりリアルタイム中継されたことも話題の要因になりました。
当時、犯人との生々しい交渉劇から、特殊部隊による強行突入の瞬間までが、全国放送で日本中のテレビに映し出されたのです。この映像が目に焼き付いている人も多いかと思います。
特殊部隊SAT出動
今事件は大阪と福岡の特殊強襲部隊(SAT)が出動しています。今回のようなきわめて重大な、また特に凶悪な事件が発生した場合に出動する警察組織の精鋭チームです。
たまにニュースで名前を聞くなどして、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
SATによる強行突入作戦、制圧、逮捕の瞬間
犯人が交渉役に気を取られている最中、事前に決めていた「手袋を落とす」という合により、15名のSAT隊員が閃光弾と共に突入。犯人の抵抗により隊員1名が負傷したものの、作戦は見事成功しました。
西鉄バスジャック事件が「ネオ麦茶事件」と呼ばれる理由
この事件の別名を聞いたことがありますか?それが「ネオ麦茶事件」です。滑稽に感じられるこの別名が、実は少年世代の犯罪という点とは別の意味で、当時の「新世代犯罪」であることの証明なのです。
2chから始まった犯人(17歳少年)のハンドルネーム
犯人は不登校で家にひきこもり、家庭内暴力を繰り返していました。外界から遮断された生活で、匿名掲示板サイト2ちゃんねるに没頭するようになり、やがて「ネオ麦茶」を名乗るようになりました。そこからなぞらえて、本事件もこのような呼び名が着いたのです。
2chの影響で逮捕者も!
2ちゃんねるユーザー、いわゆるネラーが起こした大事件は、その後しばらく掲示板内に多大な影響を与えました。平成13年、14年と立て続けに模倣犯(虚偽の犯罪予告書き込み事件)が発生し、逮捕まで至ったケースもあります。
いたずら気分で真似ただけかもしれませんが、元となった事件を思えば、厳しい対応をするのは至極妥当と言えます。
西鉄バスジャック事件犯人(ネオ麦茶)の犯行動機
そもそも犯人はなぜこのような凶行に走ったのでしょうか?ここからは、どこにでもいる17歳の少年がなぜバスジャックに走ったのか、その動機と、そこに至るまでの人生の経緯を紐解いていきます。
いじめから引きこもりへ
少年は中学時代いじめを受けながら、反動のように家族に暴力を振るっていました。勉強は得意で有名進学校に入学するものの、校風を理由にほんのひと月ほどで中退してしまいます。
少年の、人付き合いが不得意でストレスを溜めやすい人格が見て取れます。
家庭内暴力に走る日々
やがて自室でパソコンに没頭しはじめ、家庭内暴力は悪化の一途を辿ります。一家は少年の癇癪に困り果てていました。
ある時、少年が父親とドライブを楽しんでいる最中、母親は彼の部屋で立てこもりを予告する犯行声明文を発見します。
両親の裏切りがあり犯行を決意
強い危険性を感じた両親は、手を尽くし少年を精神療養所に入院させます。
専門家に頼るのは至極妥当な対処ですが、少年にとっては裏切りでしかなく「絶対に許さない」と激しく怒りを露わにしました。この一件は彼を「犯人」たらしめる要因になります。
入院していたはずの少年が、なぜバスジャック犯に?
家庭では暴君であった少年ですが、施設内の評判は大変良好でした。おとなしくて知的でしっかり者、他の患者やスタッフにも礼儀正しく、健全な優等生ということで、危険性は低いと判断されたのでしょう。ほどなく外出が許可されます。
外出許可を経ての外泊許可、そして犯行へ。
後に豊川市主婦殺人事件のニュースを聞いた少年は、同世代である犯人に強い親近感と憧れを抱きました。その歪んだ賛美を気取られぬまま、少年の問題は緩和されつつあるとして、ついに外泊が許可されます。
彼はかねての予告通り学校を襲撃するつもりでしたが、連休中であったため、標的はバスに変更されたというわけです。
西鉄バスジャック事件の犯人(ネオ麦茶)を駆り立てた事件
少年は同世代の犯罪を賛辞する傾向がありました。当時、未成年の凶悪犯が続発したことから、彼らは「キレる17歳」と呼ばれるようになりました。次からは、犯人に影響を及ぼした「キレる17歳」事件をお伝えします。
豊川市主婦殺人事件の影響
平成12年、西鉄バスジャック事件の直前、愛知県で起こった17歳の高校生による主婦殺害事件です。同じ年の若者が起こしためった刺し殺人という凶行を、少年は「自分と同じだ」と歓喜し大いに絶賛しました。
神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)の影響
平成9年に発生した、かの有名な神戸の凶悪殺傷事件です。少年はこの犯人にかなり入れ込み、模倣した名で各所に犯行予告を送るなど、崇拝に近い傾倒を見せています。少年がここから強烈な影響を受けたことは間違いありません。
同時期に発生した主な少年事件は6件
平成12年は特に少年による凶悪犯罪事件が多く、豊川市主婦殺人事件と西鉄バスジャック事件、岡山金属バット母親殺害事件、山口母親殺害事件、大分一家6人殺傷事件、歌舞伎町ビデオ店爆破事件という異常な密度でした。
なお時々、次の事件も平成の未成年犯罪として挙げられることがありますが、発生時は昭和だったため分類が異なります。
こちらも少年が引き起こした悲惨で悲痛な事件のひとつです。
西鉄バスジャック事件の被害者と模倣犯の発生
ここからは詳細な被害の全容と、事件を真似て行われた模倣犯罪について記します。精神的に未成熟な人間ほど自身と他人を同一視し、モラルを簡単に見失ってしまうという一例です。
日本のバスジャック初の死者
他に発生したバスジャックと今回の件で明らかに違うのは、唯一人質が死亡したという点です。人質22名、うち3名が切り付けられるなどして、2名が重症。女性1名が失血性ショック死という惨劇を迎えました。
模倣犯もいた
後年、事件に影響された模倣犯が多発しました。翌年、翌々年と犯罪予告が2ちゃんねるに書き込まれ、逮捕から有罪に至ったケースもあります。
また平成13年には京都府の市営バス乗っ取り事件、平成20年には愛知県で14歳の中学生がバスジャック犯になるという異例の事件が発生しました。
西鉄バスジャック事件の判決
逮捕後、犯人には精神鑑定の命令が下されました。結果、隔離施設で医師の観察が必要ということで、医療少年院への送致が決定されます。
やがて「犯人の少年」から「元少年」と呼ばれるようになるまでの数年間、彼はここで過ごすことになります。
医療少年院へ送致
京都府の医療少年院に送致された当初、彼は心を閉ざし面会も指示も徹底して拒絶しました。
そこで(神戸連続殺人事件の犯人が受けたものと同じ)生活訓練を経て、平成18年に京都府の医療少年院を出所したのは、彼が成人してしばらく経った頃でした。
少年犯罪での弁護士
犯人の弁護士は正式に公表されていませんが、中田憲悟弁護士であるという説が有力です。犯人に精神療養所への入院歴があり、退院後の現在も精神疾患を抱えていると意見しました。
現在も法律事務所の所長として活躍し、幅広いジャンルの案件を担当されています。
西鉄バスジャックの犯人谷口 誠一の現在
事件当時、未成年だった犯人の情報はほとんど公表されませんでしたが、成人した現在、本名が「谷口誠一」であることが周知されています。
本事件の知名度の高さを考えると、出所後も本名のままとは考えづらく、現在は改名して別人として暮らしている可能性が高いです。
生中継から判明した事実
これにはメディアの力が大きく、バスの中に立てこもっていた犯人の姿が、全国に生中継されたためです。