京都の有名心霊スポット深泥池とは
深泥池とは京都駅から車で約30分ほどの距離にある沼と湿地帯です。深泥池の呼び方は2種類あり「みどろがいけ」とも「みぞろがいけ」とも呼ばれています。心霊スポットという先入観があるせいか名前からして何となく怖そうな響きを感じます。
深泥池は氷河期から存在する日本最古の池
深泥池は自然の堆積物で堰き止められ池の形が出来たと考えられています。池の周りに堆積した地層は氷河期の物があります。この氷河期の地層からミツガシワという植物の花粉が採取されました。ミツガシワは湿地帯や水深の浅い池に生息する植物であることから、深泥池は氷河期時代には現在の原型があったとされています。
入ったら抜け出せない底なし沼
深泥池は「深い泥の池」と書きます。その名の通り泥が非常に深く堆積し足を取られてしまえば抜け出すことが出来ない底なしの沼です。京都市の発表では水深は15mですが透明度が悪く池の中を覗くことはできません。この池の中にいったい何が眠っているのでしょうか?都市伝説のように自殺した人の水死体が眠っていても何ら不思議はありません。
都市伝説!深泥池タクシー怪談とは?
深泥池にまつわる会談は何パターンかあるようですが、最も有名なのが京都府立病院からタクシーに乗せて深泥池まで運んだという話です。病院という生と死の境界線があいまいなポイントから、古の時代より絶えることなく水面をたたえてきた深泥池へ向かってのドライブ。深夜のタクシーの中は不思議な空間と結びついてしまったのかもしれません。
深泥池で乗せたびしょ濡れの女が消えた
病院からタクシーに乗った女性はある住所を指定したといいます。運転手ははてな?と首をかしげながら車を発進させたといいます。指定された住所は「火葬場じゃなかったか?」と思ったからです。違和感を覚えながらも運転手はハンドルを握りアクセルを踏み込みました。ところが途中でバックミラーを見ると女性の姿は忽然と消えていたのです。
女性の消えたシートはびっしょりと濡れていた
運転手は慌てて車を留め後部座席に向かいました。確かに乗車させて会話までした女性がそこにいない。運転手は最初どこかで女が車から落ちたのではないかと考えたそうです。ところが女の座っていた席をよく観察して戦慄を覚えました。座席がびっしょりと濡れていたのです。もちろん雨は降っていません。
府立病院で乗せた女の行先は深泥池
その後運転手は女の目的地の住所を子細に調べます。その結果、女が目指した場所は火葬場ではなく深泥池だったことが分かりました。深泥池は入水自殺で有名な池。タクシーに乗った女は、何らかの目的でもう一度深泥池に行く必要があったのです。自殺に追い込まれた女の怨念。それともこの世への未練でしょうか。
深泥池に隣接する京都博愛病院
深泥池に隣接した場所に京都博愛病院という総合病院があります。綺麗な病院で市民の評価も高く地域医療に大きく貢献する立派な病院です。この京都博愛病院に関してこれから記載する内容は過去の事や噂のレベル域を出ないものであり現在の京都博愛病院とは関係ないものだと最初にお断りしておきます。
病院には死体安置所が存在していた
病院には遺体安置所があり、亡くなった方を一時的に安置して保管するための施設です。京都博愛病院の前身は結核療養所でした。結核菌は生きている人間だけではなく死んだ人間の体からも感染します。荼毘にふすのにも特別な方法が必要でした。また後期高齢者を沢山受け入れていた経緯から特別大きな死体安置所があったとも噂されています。
不治の病、結核の療養病院だった
京都博愛病院の前身は昭和3年に開業した結核療養所でした。当時の結核という病気は治ることのない不治の病でした。結核菌は咳やくしゃみで拡散するため、全国各地では結核の療養所の建造に反対運動が起こるなど悲痛な歴史を持っています。療養する患者さんも決して病院から外に出ることはできませんでした。
療養所に1度入ると2度と出られない
結核は不治の病でした。結核治療が確立される以前は結核に罹患し療養所に収容されれば2度と外に出ることは許されませんでした。京都博愛病院の前身である結核療養所も悲痛な思いで外の世界から隔離された患者さんが沢山いたはずです。人生に絶望した患者さんが療養所を抜け出し、深泥池に身を投げたという「噂」は多数残っています。
タクシーに乗った女性は結核患者だったのか?
タクシーの乗った女性は結核患者だったのでしょうか?結核は矢も楯もなく強制的に収容される病気です。咳や痰で感染が広がっていくので家族との接触だってできません。乗り込めばどこへでも行くことが出来るタクシー。女性は怨念となってどこへでも行けるタクシーに強い嫉妬を感じた?それとも自由への憧れでしょうか。
結核と同じく隔離されたハンセン病
ハンセン病は国が法律で隔離を強制した病気の一種です。結核と同じく不治の病とされ、療養所に入所したら最後、2度と外に出ることは許されませんでした。隔離政策は1996(平成8)年まで続いたのです。ハンセン病は感染力が極めて弱い事や、特効薬による治療法が確立されてもなお風評被害は消えませんでした。
ハンセン病は死の病気ではなかった
ハンセン病に罹患した患者さんの中には現在も存命の方がいます。ハンセン病はその病気自体が死を招く病気ではなかったのです。しかし療養所に閉じ込められ2度と外に出ることが出来ない人にとっては「死ねない」というのは一つの拷問だったと告白する人もいます。
ハンセン病に関連した都市伝説
ハンセン病は悲惨な病気でした。国の政策の過ちも悲惨さに拍車をかけました。宮崎駿氏の「もののけ姫」という作品の中で登場する、たたら場という製鉄所では、ハンセン病と思われる患者が働いています。宮崎駿氏はそのことに関してコメントしていません。
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恐怖!深泥池で広がる都市伝説
深泥池にまつわる都市伝説を紹介します。歴史の古い深泥池はまことしやかに言い伝えられる都市伝説や怖い昔話が沢山あります。ここでは選りすぐりの怖い都市伝説を5つ紹介しましょう。いかにもありそうな話ばかりでリアルに怖いです。
都市伝説①:女が消えた幽霊タクシー
上記で触れた女が消えた幽霊タクシーですが、この話は地元のおじいさんやおばあさんも知っています。なんと戦前から言い伝えれれているというのです。かつては山と畑しかない場所。そこに人家から離れひっそりと息をつめて死を待つ療養所が存在していたのです。結核の恐怖が作り出した都市伝説かもしれません。
都市伝説②:昔は泳げるほどきれいだったが「誰も泳がない」
昔は深泥池は泳げるほどに綺麗だったといわれます。しかし、地元の老人は「誰も泳いだことはない」と」証言します。昔から子供たちは「深泥池には近づくな」と大人から言われていたそうです。底なし沼で溺れてしまうから、自殺者が多い池だから、そんな理由で大人たちにきつく言い含められていたといいます。
都市伝説③近くには出ると噂の花山洞がある
例のタクシーで消えた女性が行先に指名した火葬場のある山の北側には、京都でも出ると噂されるトンネルがあります。そのトンネルの名前が花山洞です。明治に開通し現在でも通ることが出来ます。このトンネルは着物の女性が後を付けてくるとか、自分以外の足音がトンネル内にこだまするとか不気味なうわさがいっぱいです。