宜保愛子の死因は胃癌だったのか?彼女の霊能力と噂されるかもめ荘の呪いを検証する

2003年に亡くなった霊能力者「宜保愛子」の本当の死因は胃癌ではなかった?宜保愛子の霊能力のすごさを紹介しながら、まことしやかに噂される「かもめ荘の呪い」に関する死因の謎を解き明かし、宜保愛子メディアフィーバーの裏に隠された真実を解剖します。

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オカルトを愛して30年。特に怪談、呪術、未解決事件が好きです。情報の詰まった記事を心がけています。

霊能者「宜保愛子」という人物

時の人と言えるほど人気のあった宜保愛子ですが、数十年前に亡くなっているために記憶がおぼろげな方も多いのではないでしょうか。ここでは、まず宜保愛子がどういう人物であったかを簡単にご説明します。メディア露出だけではあまり知ることの出来なかった、意外な来歴も紐解いてみましょう。

宜保愛子の来歴

1932年、宜保は神奈川県横浜市に生まれました。横浜国立大学教育学部に進学し、卒業後は英語教師を20年間勤めています。三人の子供にも恵まれ平穏な日々を送っていましたが、1961年のTV出演から世に知られ、メディア露出も増えていきます。そして様々な功績や論争を残し、2003年、胃癌のために71歳で亡くなりました。

宜保愛子の障害

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実は、宜保愛子はいくつかの身体的障害を持っていました。まず、右耳が先天性の難聴によりまったく聞こえません。そして4歳の頃、寝ている間に弟に火箸を落とされたことにより、左目の視力をほぼ失います。

この2つの障害を持ち生活していましたが、聞こえないはずの右耳では霊の言葉を受け取ることが出来ました。欠損した部分を補うように第六感が芽生えたと言っても過言ではありません。霊能力者には欠損があるが故にその力を発揮する人が多く存在しますが、宜保愛子もそんな一人だったのです。

宜保愛子霊能力の目覚め

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そんな宜保愛子ですが、本人が能力を自覚したのは6歳の頃。予知能力のように頭の中に不吉な風景が浮かんだり、弟が車に轢かれ亡くなった際はその身体から抜け出す魂を目撃したそうです。また、この頃から霊たちの声なき声も聞こえるようになりました。

宜保愛子の霊能力

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では、そんな彼女の能力とはどんなものだったのでしょうか。宜保の能力は世間に驚きを与え、独自の理論やその温かい人柄は多くの人々を救いました。そんな彼女の特徴を、ひとつずつご紹介したいと思います。

宜保愛子の霊視力

宜保愛子の一番得意としていた能力、それは「霊視力」です。霊視力とは「リーディング」とも呼ばれ、普通の人間には見えないもの、過去、未来、運勢、物や人の在り処、祟り、霊などを見る、感じ取ることが出来る能力のことです。

宜保は亡くなった人物や守護霊と会話をすること、そして物質からその持ち主に関する情報を読み取ることなどが得意でした。多くの人が彼女に頼り縋ったのも、このような能力に特化していたためと考えることが出来ます。

宜保愛子の守護霊論

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