市川一家4人殺人事件の全貌|犯人関光彦の生い立ちや生き残った長女の現在も

事件後は母方の実家で生活し美大へ進学

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生き残った被害者家族の長女は事件後は両親の知人の家に住んでいたようで、その1年後には母方の実家のある熊本に移り住んでいます。高校を卒業した後は夢だった美術系の大学に進学し、キャンパスライフを送っていました。また事件については前に進みたいから忘れたと話しており、前に進む強い姿がそこにはありました。

2004年に結婚しヨーロッパへ

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長女は美術系の大学を2000年に卒業し、その後死刑判決が下される前から交際していた男性と結婚をしました。そしてかねてから家族の夢だったヨーロッパでの暮らしを実現させるために現在はヨーロッパで暮らしています。ヨーロッパの地でも家族と共に幸せな生活が続くことを、心から願うばかりです。

市川一家4人殺人事件の加害者家族の現在

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生き残った被害者は現在幸せな生活をしていることが分かりましたが、では加害者の家族は事件後どのような生活をしていたのでしょうか。ここでは加害者家族の祖父、母と弟の事件後について見ていきます。

祖父のうなぎやが潰れた

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犯人に関しての負のイメージは死後もいまだに存在しており、事件後うなぎ屋はつぶれてしまっています。その最たる原因は孫の関光彦が起こした事件によるイメージダウンからくるものであるとされています。

うなぎ屋に金を払うと犯人の弁護士へ金を支払う事になると噂になり、うなぎ自体の評判は良かったのにも関わらず犯罪者の血縁者の店に金を払いたくないと客足が遠のいていってしまうこととなったのです。

母親と弟

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事件後にはどうやら二人で身を寄せてひっそりと暮らしているようで、事件に関しての誹謗中傷は母と弟に少なからず向かっていったことが伺えます。関光彦は死してなお家族に迷惑をかけ続けていたのです。

弟の見た感じは非常に穏やかで礼儀正しい性格だったそうで、弟と兄はあくまでも他人で、犯罪者の家族だとしても家族には罪はありません。だからこそこ弟の兄とは正反対な性格はより一層辛く感じてしまいます。

市川一家4人殺人事件の本「19歳」が出版された

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実は関光彦の事件の内容を新聞記者以外にも文通、面会で調べていた作家の男性がそれらをまとめて本として出版していました。ここではその本が出版されるまでの取材の経緯やその内容について見ていきたいと思います。

死刑囚・関光彦は東京新聞の記者と文通していた

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実は著書を出版する作家の男性以外にも新聞記者の男と文通によるやり取りをしていました。文通を始めた頃は比較的普通の文体だったそうですが、拘置所での生活が長引いてくるにつれて関死刑囚の精神状態の異常さに気づき始めました。

手紙の中では正気を保つことが出来ないといった内容の文面もあり、この手紙の内容から死刑といういつ来るかわからないが確実な死が近づいてくること、そして何年もの独房での生活によって精神状態が不安定になる時期があったことが分かります。

永瀬隼介氏から見た死刑囚・関光彦

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そしてもう一人の文通相手の作家永瀬隼介氏はこのやり取りから『19歳』という本を書きます。出版に際して文通、面会で事件に関しての取材を何度も行い、犯人の性格やその心の闇についても調べるといった経緯を挟んでの出版でした。

この著書は関光彦死刑囚本人も読んだようで、本の内容に関して虚偽の文面があると話しています。著書内には死刑判決を受けた時の自身の気持ちについても書かれており、虚偽があるとの指摘はあるものの、事件を知るには十分な内容になっています。

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