タイヤネックレスとは
過去、洋の東西を問わず、人類は罪人に対する見せしめや復讐の意味を込めて、残酷な刑罰、処刑方法を考案してきた歴史があります。そのような残酷刑は、犯罪者の人権を鑑みられるようになった現代において、消滅したのでしょうか?
近年、知るもおぞましい残忍な刑罰が、21世紀の現代においても行われていることがニュースとなり、ネットで注目されました。「タイヤネックレス」あるいは、単に「ネックレス」、英語では「Necklacing」と呼ばれるものです。
これは、生きている人間に火をつけて、焼き殺すことを目的とした死刑の一種です。ただし、ただの火やぶりとは異なり、その名の通りタイヤという身近な道具を用いて、より凄惨な苦痛を与えながら相手を殺せるよう、考えられた処刑方法でした。
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復活しつつあるタイヤネックレス
タイヤネックレスというワード。聞き馴染みのない人が多いかと思いますが、一部の人の間では「検索してはいけない言葉」の一つとして、意外と知れ渡っています。
これがどのように非道な刑なのかを具体的に解説する前に、日本人にとって決して身近ではないこの処刑方法が、いかにして日本のネットユーザーの目に留まるようになったかを、ここで説明します。
非道な処刑方法「タイヤネックレス」
2011年に、フランスの通信社「AFP通信」が、このタイヤネックレスの刑について、日本語サイトで取り上げます。かつて、南アフリカという国を取り巻く、忌まわしい歴史の中で生まれたこの刑が、現在復活しつつあるという内容の記事です。
そして、掲示板サイト「2ちゃんねる」で、このことを話題としたスレッドが立ち、「むごすぎる」「野蛮すぎる」という反響と共に、日本人の知るところとなりました。
タイヤネックレスの画像が非人道的すぎる
そして、何よりも人々の心にショックを与えたのが、処刑方法の説明と共に出回った、画像です。そこにはこの刑を受ける直前の人間の姿や、今まさに炎に焼かれている人間の姿、そして、見るも無残な遺体の様子が写っていました。多くの人がその画像を見て、気分が悪くなったり、トラウマに近い恐怖を覚えたと言います。
タイヤネックレスは裁判フリー
AFP通信が伝えたタイヤネックレスは、南アフリカ共和国で執行されたものでした。この他にも、この刑が行われた事例はいくつもありますが、いつの時代も、どの国においても、この非道な死刑は、国家が公式に執り行う刑罰となったことはありません。この刑は、誰の手で、どうして、どのような過程で行われるのかを、ここで解説していきます。
タイヤネックレスは非公式の私刑
普通の法治国家であれば、刑罰というものは次のような過程を踏んで執り行われるものです。まず警察などが犯罪者を逮捕し、裁判が開かれ、裁判官が法律に則った刑罰を言い渡し、国の責任においてその刑罰が執行されます。
しかし、タイヤネックレスの刑が執り行われる過程は違います。もし、このような凄惨で人権を無視した刑罰が国家の責任で行われているとしたら、国際社会からの非難は避けられないでしょう。
この死刑は、国家ではなく、一般市民の手によって執り行われるのです。そして、そこには警察による逮捕や、公正な裁判や、法的な整合性などはありません。一般市民の手で捕らえられた罪人が、有無を言わさず、一般市民の感情に任せた刑罰を受けるというもの。つまり「私刑」なのです。
私刑と死刑の違いとは
「私刑」と「死刑」は、読み方が同じな上に、同一の場面で使用することも多いため、しばしば混同されますが、その意味は大きく異なります。
「私刑」とは、俗に「リンチ」とも言い、一般人が国家や公的機関を介さず、法律を無視して罪人に制裁を与えることを言います。罪を犯した人に対して、復讐や見せしめのため、あるいは「罪人になら何をしても許されるだろう」という心理に基づいて、その場のノリで罰を与えるというものです。もちろん、相手を殺さない場合もあります。
「死刑」とは、読んで字のごとく罪人を死亡させる刑罰のことです。基本的には、裁判を得て、法に基づき執り行われるものですが、罪人を罰として殺すこと全般を言うので、まさにタイヤネックレスのように、「私刑」として執行される「死刑」もあります。
タイヤネックレスは民衆によるリンチだった
この私刑は、一般市民が何らかの罪を犯したとされる人間をとらえ、吊し上げにし、むごたらしい方法で殺すことで「見せしめ」とする目的で行われるものです。
集団となった人間の中で増幅された怒りや憎しみの発露の結果と言えます。しかし同時に、民衆は炎に焼かれ苦しみもがく人間を見物し、ショーのように楽しんでいたと言います。タイヤネックレスという残忍な所業は、集団が感情的になり、異常な心理状態になる中で発生するものなのです。
タイヤネックレス衝撃の処刑内容
では、いよいよ、想像するだけでも恐ろしいタイヤネックレスという刑について、そのやり方を具体的に解説します。ショッキングな暴力行為の内容に触れていきますので、苦手な方はご注意ください。
タイヤネックレス手順①タイヤにガソリンをしみこませる
まず、自動車のホイールから外したタイヤを用意し、これにガソリンをしみこませます。タイヤには溝や、古いものならひび割れもたくさんあるため、ガソリンのような液体は、よくしみこむことでしょう。これで、よく燃えるゴムの輪っかが出来上がりました。
タイヤネックレス手順②ターゲットの首にタイヤをかける
罪人とされる対象者の首に、このゴムの輪を、まさにネックレスのようにかけます。また、タイヤを装着してから、ガソリンを浴びせるという方法もあるようです。これで、燃料となったタイヤが、被害者の体に密着した状態になります。
たいていの場合、罪人として捕らえられた人間は、手錠などで拘束されていますので、この燃料を自分で体から引きはがすことは、ほぼ不可能と言えます。
タイヤネックレス手順③タイヤに火を放つ
あとは、燃料となったタイヤに火を付ければ、処刑は完了です。被害者は苦痛の中でのたうち回って、死を待つ以外ありません。ほとんどの場合、無残な遺体となるまで火は消えないのです。運よく生き残ったとしても、顔や体は焼けただれ、重い障害を負うこととなります。
タイヤネックレスの真のむごさ
火を使った死刑のことを「火刑」と言います。人類はよりむごく、より派手に罪人を処刑するために、大昔からこの死刑方法を採用してきました。時代や場所によって、そのやり方は様々ですが、タイヤネックレスもまた、火刑の一種と言えます。
そして、このタイヤを使ったやり方は、単純でありながら、実はただの火刑以上に、相手に苦痛を与える方法として編み出されたものなのです。被害者はタイヤネックレスによって、どのような痛みと苦しみを味わうのか、解説していきます。
タイヤネックレスとはただの火刑ではない!
もっとも単純で、昔から行われてきた火刑は、まず柱に罪人を縛り付け、その足元に薪をくべて、これに火をつけるというやり方でした。タイヤネックレスには、このような従来の火刑とは違い、対象者により大きい苦痛を与える要素があります。
なんと、この処刑方法は、火であぶり殺すだけでなく、同時に首を絞めて窒息させるという、「絞首刑」の役割も持っているのです。首にかかったゴムのタイヤが、そのポイントとなります。
タイヤが火で熱されゴムが縮み首を絞める
なぜタイヤに火をつけるのか。対象者の首を絞めるためというのが、その理由の一つです。ゴムは、熱を受けると縮む性質を持っています。首にかけられたゴムタイヤは、火をつけられると急速に縮まり、皮膚を焼きながら、対象者の首をぐんぐん締め上げていきます。重さ約5kgのゴムの塊が首にまとわりつけば、もはやどんなに暴れても無駄です。
タイヤのゴムが溶け熱されたゴムが肌に垂れていく
ゴムタイヤを用いる理由の二つ目は、火傷の苦痛を全身に与えるためです。上半身に装着されてたタイヤが熱せられれば、溶けたゴムは重力に従い、たれ落ちます。高温の液体が、肌を伝って下半身に向かって流れていく状態になるのです。この刑を受けた人間は、首から上だけでなく、全身が焼けただれてしまうのです。
タイヤネックレスという私刑の背景
このおぞましい刑は、いったいどのような背景で生み出されたのでしょうか?そこには、南アフリカにおける、人種間での差別と軋轢によって生じたいがみ合いという、大きな歴史的事象が関わっていました。
タイヤネックレスはアパルトヘイトの「負の遺産」
タイヤネックレスが行われ始めたのは、1980年代の南アフリカからと言われています。当時の南アフリカは「アパルトヘイト」への反発として、人種間での対立が激化し、暴力的な運動が巻き起こる国内は、混沌の様相を呈していました。
そんな南アフリカ社会の中で暮らす、民衆の怒りや不安の発露として、この処刑法は生まれたと言えます。結果として運動は実を結びましたが、争いの中で生まれた残虐行為であるタイヤネックレスは、現代にも受け継がれてしまったため「負の遺産」と呼ばれるのです。