富岡八幡宮事件とは
日本の中心である東京。たくさんの高層ビルやおしゃれな街並みの数々など、まさに大都会大都市と呼べる地でありますが、実は大きな公園や自然なども多く見られ、また神社やお寺など日本の古き良き文化と共存しているのです。
この事件はそんな日本中心にある数多くの参拝者が訪れる、荘厳な神社で起きたもので、さらにはその被害者加害者が全てその神社に携わる人だという、極めて異例な事件として知られているのです。全貌の数々は驚かされるものばかりです。この記事ではそんな概要を一つ一つまとめていきます。
富岡八幡宮事件の概要
知れば知るほど恐ろしくなってくるこの出来事。まさに小説やサスペンスのようなそんなストーリーのあるこの事件の全貌を徐々に明かしていきますが、まずはこちらの見出しではその大きな概要を皆さんにお話ししていきます。
その概要だけでも「日本」や「神社」という大きな舞台のなかで起きた殺人事件だということが分かっていただけるのではないでしょうか?頭の中で状況をイメージしながら読んでいただけると、当時の状況や背景を思い浮かべることができるはずです。日本の茨城県で起きた母子殺人事件についてはこちらの記事をご覧ください。
2017年12月7日に日本刀で官司富岡長子が殺害
実はこの出来事は今から2年前に起きたのです。かなり最近の出来事だと驚かれたのではないでしょうか?また記憶に新しいのでご存知の方も多いはずです。今から2年前の12月に都内某所で殺人事件が起きました。当時は大きなニュースとなりました。
殺されたのは威厳のある神社の神主である富岡長子という女性の方でした。そして凶器に使われたのは寺や神社と同じように古くから文化として存在する、あの「日本刀」だったのです。その凶器を聞くとヤクザの仕業と連想してしまいがちですが、実はそうではないのです。
容疑者は前々任の宮司富岡茂永とその妻
容疑者として名前が挙がったのは、なんと親族でかつての神主である宮岡茂永とその妻だったのです。そして二人の関係は血の繋がったまごうことなき兄妹なのです。なぜそのように身内でしかも神社の関係者内でこのようなことが起きてしまったのでしょうか?
そしてなぜ妻までもが加担して犯行に及んだのでしょうか?ここまででも多くの謎が付きまとっています。そのいきさつや動機などについては後述にて記述させていただきます。是非最後までお付き合いください。
富岡茂永は富岡長子を殺害後に妻も殺害
こちらの見出しを見てかなり驚かれたのではないでしょうか?容疑者は実の姉である現神主を殺したのち、最愛の妻も殺めたのです。一体なぜなのか?どういった動機があったかなど。ますます気になる事でしょう。
神社という舞台の上で起きていることから、文面だけでも一見祟りの仕業かと思わせるように不可解なこの事件。皆さんもこの事件の真相を推理、予想しながら読んでみてください。果たして真相はどういったモノなのでしょう?
妻殺害後、手紙を残して自殺
実の姉、最愛の妻を殺める。その理由や動機なども到底我々には理解しがたいことでしょうが、更に不可解なことにその後犯人は自殺をしたのです。ここまでくると祟りや霊魂による災いのようにも思えてくるはずです。
そして遺書と呼べるか定かではない一つの手紙を残して、残虐な犯人はこの世を去ったのです。その手紙にはどういったことが書かれていたのでしょうか?かなり気になるその文面の内容については後程ご紹介していきます。
富岡八幡宮事件の犯人・富岡茂永の生い立ち
不可解な動機、最後に残された手紙の内容、この事件の大きな肝となる部分やその全貌について、かなり興味や関心が湧いてきたのではないでしょうか?まずは犯人がどういった人なのかその人の生い立ちをまとめていきます。
動機や理由について理解するためにも、犯人の人格や過去のことについて知ることは大きなヒントとなるはずです。こちらの見出しではそういった大きなヒントを皆さんに解説していきますので、その人物像を思い浮かべながら、読んでみてください。
学生時代は「ボンちゃん」と呼ばれる
犯罪者の中には幼い子供のころから、その人格が大きく歪んでしまっている場合も中にはいますが、たいていの場合は成長と暮らしの中で徐々に歪んでしまっていくことの方が多いのです。今回の犯人も同様に学生時代はごく普通だったと言われています。
神社の神主の息子ということもあってか、学力もあり、スポーツもできるといった優等生だったらしいですが、容姿や性格ではなくお金持ちということが理由でいじめの対象に遭っていたそうです。そのことがこの事件に関わるかどうかは定かではありません。
1995年富岡八幡宮の宮司に就任
学生時代が終わるころには、父親であるその時の神主が精神病を患ってしまっていて、それが悪化してしまったため、犯人がその神社の運営を任されていました。被害者である姉には人よりも多くの給与を与えていたそうです。理由は被害者である姉は犯人の裏事情を握り、それを使って脅していたらしいです。
この辺から徐々に不穏な空気が流れ始めてきました。そして今から24年前の1995年にその神社の神主に就任します。この時も姉は不満を抱え納得いっていなかったそうです。このころ犯人は神社の協会からも認められるほど、人脈の広さと権力を持っていたのです。
2回の離婚を経て真理子と結婚
犯人は何度か離婚と再婚を繰り返しますが、初めの妻との間に二人の子供を授かりました。そして2回の離婚を得て真理子という女性と結婚したのです。この女性も大きなキーパーソンとなってくるのです。
どうしてこの女性が大きく関わってくるかを言ってしまえば嫁姑問題の様なものなのですが、詳しいいきさつはまた後程解説していきます。そして二人の子供の存在も動機の大きな要因の一つと言えるのです。
銀座の高級店通いや日常的なカジノ通い
勿論子供の時から、私たち一般人の生活とは大きくかけ離れて、かなり裕福な暮らしを送ってきたと言われておりますが、大人になりその神社のトップとなってからはより一層、権力とお金を使っていたと言われているのです。
具体的には東京のセレブが集まる銀座。そこの連なる数々の高級ブランド店に日ごろ通っていたり、また本場アメリカの西海岸にある、ラスベガスのカジノにしょっちゅう通っていたそうです。私たちの想像する神社の主のありかたと大きく異なるのではないでしょうか?実はこんな背景も事実としてあったのです。
ある記者の見解では
ある記者の見解では、この犯人を含む神社の関係者とその家族はみんなお金にとりつかれてると言われていて、実際に父や姉、そして犯人だけではなくその娘もまた、散財や豪遊するといった事実が存在しているのです。
富岡八幡宮事件の被害者・富岡長子の生い立ち
先ほどの見出しでは犯人の事について、過去の事やその生い立ちなどについて時系列ごとにさかのぼってまとめてみなさんにご紹介していきました。続いては被害者である姉のについてのことをまとめていきます。
被害者の生い立ちや過去のことを知ることによって、犯人とはどのような仲でどんな関係であったかが見えてくるのではないでしょうか?またそこから殺人の大きな動機となるものが少しづつ分かってきそうです。
中学時代から素行が悪かった?
犯人の弟ははいたってまじめで勉強もスポーツもできるといった優等生であったらしいのですが、被害者である姉は中学生になると、薬物乱用ともなるシンナーを吸っていたり、はたまた男遊びが激しかったと言われているのです。
これは事実かどうかは正直分かっていないのです。なぜかというとこれらの内容は犯人が最後に残した手紙に記されていたものだからです。もしかしたら私怨によるもので全くの嘘であることも考えられますが、事実としてお金つがいが荒かったということがこの後の事で判明していくのです。
富岡八幡宮の経理に就任
彼女の最後にはその神社の神主として務められていますが、初めは経理に就任したのです。というのも普通の大学院に通っていましたが、卒業後に神社で働くための知恵と資格を学ぶために夜間の学校に通っていたそうです。
恐らくこの間に大手企業の今でいうところのJRに勤めている一般男性と結婚をして一人の子供を授かりますが、そのどちらも捨てて離婚し、その後この神社で経理に就任して働くことになったそうなのです。
神社本庁から離脱して富岡八幡宮宮司に就任
色々な私利私欲なトラブルが続いて神主から半ば強制的に辞退させられた犯人ですが、この後のは代理として被害者である姉が神主を務めていきました。そのことがいかんせん気に食わなかったのか、犯人である弟は何度か脅迫文を送っているのです。また姉は正式に神主として認められるように、何度か神社本庁に申請しているのです。
しかしながらその申請は認められませんでした。理由は簡単に言うならばふさわしくないからというものだったらしいです。しかしながら2017年に神社自体が本庁から離れて、それにより姉を正式な神主として就任させたのです。
富岡茂永だけでなく富岡長子もホスト通い
犯人である弟もかつてカジノやギャンブル、そしてホステスに通ってその嬢を妻としているくらいなのですが、被害者である姉もしばしばホストに通っていたそうです。裕福である上かちゃんとした教育が行き届いていなかったのでしょうか?
実はその親である父親もまたお金を使い豪遊さながらの事をしていたそうです。神社の関係者たちやその身内があろうことか全員お金にとりつかれていたと言っても過言ではないのです。皆さんはその辺についてどう感じますか?同じようにホスト通いという執着心が原因となった大阪で起きた事件についてはこちらの記事をぜひご覧ください。
懇親会ではドンペリを差し入れ
この懇親会は近くの神社の関係者や地元の公共団体の役員を募ったもので、毎年夏に行われていたそうですが、その時には毎回大量のドンペリを差し入れしていたそうなのです。このドンペリというお酒は1本高価なもので数十万円は優に超えてくるもので、よほどお金があり豪遊しているのです。
そしてそれは自身が好物であり、自分が飲むためだったと言われているのです。このように被害者である姉もまたお金におぼれた人格をしていたため、その有り余るお金のために幾度の脅迫文にも動じずその神主としての立場を維持していたのかもしれません。
富岡八幡宮事件の真相に迫る!富岡長子への高まる不満と嫌がらせ
これまでで被害者と犯人の兄妹の生い立ちや過去に何をしてきたかを記述していきました。なんとなく動機とテーマになるものはお金というところが見えてきたのではないでしょうか?ここからはもっとその事件の真相に迫っていきます。
大きなポイントとなる二人の兄妹の関係性やいきさつの一つ一つを詳細に解説していきます。どのような裏事情や背景があったか考えながら読んでみていただければ、より真相が近いものになってくるのではないでしょうか。
事件の発端は10年以上前にあった
先ほどの見出しで犯人と被害者の過去の事や生い立ちを話して言った通り、どうやら発端となる出来事や動機は10以上も前に生まれていたのです。お金と神主という立場、そして身内でのいざこざ。このことが広く言えば動機になる要因と言えるのです。
ではそんな要因を一つずつおさらいしていきましょう。徐々にこの事件の全貌が明らかになってくるはずです。その神社内、身内内ではどのようなトラブルや経緯があったのかそれを知れば、おのずと動機が分かってくるかもしれません。