尼崎脱線事故の本当の原因は?運転士を追い詰めたJR西日本の体勢と日勤教育

尼崎脱線事故の原因を検証①電車遅延

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日本で起きた脱線事故において、史上最悪で悲劇の列車脱線事故と呼ばれている悲劇ですが、事故は何故おこってしまたのでしょうか。いくつもの不運が重なっておきてしまったなど、様々な憶測が飛び交っている事故になりますがそれぞれの面で原因に迫ります。

「尼崎脱線事故」35秒の電車遅延

折り返し運転をするため該当列車は宝塚駅で、車掌と運転士の位置を交代しています。この交代に3分ほど時間がかかっています。宝塚駅を発車ひたときの列車の遅れはわずか35秒ほどでしたが、通常の運転でも塚口駅で10秒ほどの遅れは取り戻せる程度でした。

「尼崎脱線事故」オーバーランで遅れは1分20秒に

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35秒の遅れを取り戻すために、運転士は速度を上げて走行をしています。遅延を取り戻すことに必死になり伊丹駅では通常位置での停車ができず、停止位置を超えてしまいます。その距離は72mもありました。列車の元の位置に戻しますが、このことで遅れは1分20秒に増えてしまいます。

「尼崎脱線事故」制限速度70キロのカーブで40キロ強のスピード超過

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オーバーランによってさらに広がってしまった遅れで更に焦ってしまった、運転士は列車のスピードを加速してしまいます。結果的に制限速度が70キロとされているカーブに40キロ以上も超過した116キロで侵入したことにより列車は曲がり切れず脱線し列車は横転してしまいます。

尼崎脱線事故の原因を検証②JR西日本の日勤教育

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続いて探っていく事故の原因は、JR西日本の教育体制の問題によって事故は起こってしまったとの見解を示す持っている人もいます。大惨事となる事故を起こすまでになってしまったJR西日本の教育体制とはどのようなものだったのかを追っていきます。

JR西日本のパワハラ日勤教育

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独特の教育体制があり目標を達成できなかったものには処分として実務に関係のない日勤教育という懲罰がJR西日本にはありました。乗務員休憩室などから見える位置に座らせられ作文やレポートなどを一日中させるというパワハラのような教育です。

日勤教育が特に厳しかった大阪・尼崎

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事故が起きた路線の福知山線や大阪では日勤教育は特に厳しかったと言われています。日勤教育の日数や内容はは状況によりそれぞれ異なっていましたが、中には1か月以上も通常の業務に取り組むことができず、周囲の目に触れるところでの教育に精神的に追い詰められてしまった運転士は1人や2人ではありません。

民営化となる以前は、JR西日本は私鉄との競争意識はありませんでしたが民営化された後は安全よりも利用客を増やすことにより採算をとることを優先し、私鉄との競争意識が高くなったことも事故の原因の1つとされています。

運転士にのしかかる過剰なプレッシャー

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JR西日本には、電車遅延などを起こした運転士に対してパワハラともみられる再教育を行っています。オーバーランや電車遅延等で二度と日勤教育を受けたくないとの考えから遅延などに対して過敏に反応するようになってしまうなど、運転士に相当なプレッシャーがのしかかっていたと推測されています。

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