高知白バイ事件とは?内部告発がもみ消された疑惑の冤罪事件の真相とその後

2006年に発生した「高知白バイ事件」。それは数々の証言により冤罪の可能性が囁かれるものの、不自然な警察や裁判所の対応により未だに再審請求も認められていない事件です。この記事では、なぜこの事件が冤罪であると騒がれているのか、証言の食い違いからの対立や検察側が行ったとされる証拠捏造の可能性などを詳しくまとめました。

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高知白バイ事件とは?

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普段と変わりのない日常にこそ起きるのが、事故や事件かもしれません。だからと言ってまさかこんなことが、と感じることが起こったのが本来なら事故として処理されるはずだった「高知白バイ事件」という事件。なぜ事故ではなく、事件とされたのでしょうか。

そこに潜んでいたのは多くの謎に隠された、不可思議な内容かもしれません。数多くの証言、捏造の可能性も含めた証拠から浮き出てくる言葉は「冤罪」という言葉です。果たして事故だったのでしょうか、事件なのでしょうか。

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様々観点からみると、そこには巧みに仕組まれていたある種の「事件」との表現は間違いではないのかもしれません。死者も出ていることから、様々な観点からその隠された疑問、冤罪ではないかとされる事案についての詳細です。

その後現在に至るまで、そして今後も向き合わなければいけない「事実」について、なぜ実刑判決が下ったかを含めたかなど紹介いたします。この事件は過去の題材ではなく、現在も続いている事柄なことを意味していると言えるのです。

白バイとスクールバスの衝突事故

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高知県吾川郡で起こったのは、交差点付近のとある駐車場から出てきた、当時中学生22名と教員3名を乗せたスクールバスが、右折を試みた際に白バイと衝突したとされています。けが人はいなかったものの、白バイの隊員が胸部を強く打ち大動脈を破裂した結果死亡したのです。スクールバスは右前端付近を、白バイはそのまま衝突したように損傷しています。

事故は事件扱いになり、左右の確認をきちんと行っていなかった過失とされ、スクールバスの運転手は、その場で現行犯逮捕されたのです。本当に運転手に過失があったのでしょうか、提示された検察側の証拠だけに信憑性があったのでしょうか。検察側と被告の食い違う点はどこか探ってみると、明らかになる疑問点が浮き彫りにされます。2006年3月3日、午後2時30分頃に発生した「高知白バイ事件」の始まりの時でした。

バスの運転手に禁錮1年4月の実刑判決

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白バイは60kmの速度を守っていたとされ、過失があったとされた運転手は10kmほどの速度だったと言われます。多くの証言から、スクールバスが動いていたか問われ、謎多きとされているにも関わらず事情聴取もそれほどされないまま、運転手は免許取り消しになり逮捕され、後に起訴されました。

スクールバスの運転手は「片岡晴彦氏」であり、検察側の見解のみが採用されたまま実刑判決が下ります。幾度となく無実であり、証拠の捏造(ねつ造)を訴え上告するも却下されてしまい、業務上過失致死により禁錮1年4ヶ月の刑が下される結果となりました。

検察側の不可解な点が目立つ

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なぜ逮捕後2日目には取り調べもままならないまま釈放されたのか、検察側によって提出された証拠が全く違っていたこと、そもそもスクールバスは急停車しておらず、自損事故であると訴える運転手と「バスは急停車した」と言う検察側とは明らかに異なる矛盾点。証言はことごとく無視され、捏造もされたとされる検察側の証拠のみが採用された点など疑惑の事件です。

または内部にもみ消しがあったほど不可解な点が多いことから、全ては検察側によって真実は隠されていると運転手は述べています。外部からの証言を採用しなかったのはなぜか、との疑惑の目が警察に向けられたのです。警察の聴取が当事者本人からは僅かだったなどは、不自然極まりありません。証拠は僅かながらで、警察の見解だけとのこと、鑑定が無視されたこともあり疑問点が多いことが浮き彫りにされました。

高知白バイ事件関係者の食い違う証言

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1人や2人などの証言だけではなかったのも、この事件の大きなポイントです。スクールバスは止まっていた、動いていたと言うところが事故か事件の「境」とされます。供述が少ない時間だったのにも関わらず、明かされた事実は奇妙な展開になったのです。

当事者だけでなく第三者の目撃は的を射ているのに、なぜそこはグレーにされていのか不可思議なことが続きます。相違があったとしても、亡くなった警察官だけが守られ、運転手が事故扱いではなく、状況も分からないまま「現行犯」で逮捕に至ったのは奇妙でしょう。

被告側「止まっていた」

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運転手が語るのは「ブレーキは注意がいることで停止していた」として、運転手は止まっていたことは確実だと述べています。そこには運転手に最も近くである女性教諭も「運転席のすぐ後ろにいても動いていなかった」という言葉、後部にいた校長先生も「バスは確実に停車していた」とされ、また乗車していた生徒も停車していたと事故の際のことを鮮明に証言しているのです。

多数の人たちが「止まっていた」ことを強調しているのですが、一切の証言は無視されると言う矛盾は冤罪を訴えるに十分ではないでしょうか。

検察側「時速5km~10kmで動いていた」

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検察側は「スクールバスは時速5km〜10kmで動いていた」と言うのです。一旦停止はしていたものの動き出し、3kmほど白バイを引きずった、としています。80kmほど離れていた隊員が、事故の時には検察側の主張通り10kmほど動いていて、白バイは60km走行だったとも語り、離れていたはずの警察側の意見のみが正しいとされたのです。

果たして80kmもの離れた位置から、測定してもいない前方から来る白バイの速度が判定できたのか、なぜ正確にバスの速度が分かったのか、位置すら把握できない遠くからの目視だけが、なぜ有力視されたかと言う見解には疑念を抱かれて当然かもしれません。

第三者「白バイは時速100kmくらいで動いていた」

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