鉄棒ぬらぬらとは葛飾北斎!画狂老人卍などの先取りすぎるペンネームと作品たち

まくら絵ともいう

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「まくら絵」とも呼ばれており、浮世絵との違いを表す為にそうのように呼ばれていたのでしょう。春画を専門的に描く枕絵師などもいた様です。まくら絵の他にもポルノ小説の様な位置付けの「読和(よみわ)」と呼ばれる作品もありました。南総里見八犬伝などで知られている滝沢馬琴も読和を書いています。

春画の存在

春画は江戸時代に明から伝わった「春宮秘戯図」と呼ばれる、様々な体位を表した作品がきっかけとも言われていますが、有名な浮世絵師たちが専属として春画を書いていたという事はあまり歴史上触れられてはきませんでした。伝統的なポルノ作品として、男性器や女性器を大きく印象的に描く事は縁起の良いモノであるとされていたようです。

春画は現代においてアートとして人々を魅了している

現代においてアート作品として意外にも女性を中心に人気が高まってきています。アート作品と呼べるのは、ありえない様な性的描写や性的思考などを浮世絵師たちが春画として見事な作品に仕上げたからにほかなりません。

鉄棒ぬらぬらの正体・葛飾北斎はどんな人物?

葛飾北斎という人物はいったいどのような人生を歩んできたのでしょうか。「葛飾北斎」という名前が有名ですが、この名前も本名ではありませんし、浮世絵師としてデビューした当時の名前でもありません。インパクトがありユニークなペンネームをつける北斎の人物象について触れていきましょう。

鉄棒ぬらぬらの正体①変人絵師

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「鉄棒ぬらぬら」こと、葛飾北斎は「富嶽三十六景」が海外でも有名で、「ひまわり」や「夜のカフェテラス」などを描いた画家「ゴッホ」や、「睡蓮」や「散歩、日傘の女」で知られている「モネ」なども影響を受けたとされています。しかし、北斎の変人ぶりは当時でも有名で、小説や映画でも変人として描かれる事が多くあるでしょう。

鉄棒ぬらぬらの正体②殿様の前でもマイペース

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変人なエピソードがたくさんある中で、殿様に対してもそのマイペースっぷりを発揮していたとされています。浮世絵師として呼び出されたにも関わらず、城へ足を運ばない事もしばしばあった様で、権力などに屈する事がなく自分のペースを崩さない姿には当時の人々も驚かされたのではないでしょうか。

鉄棒ぬらぬらの正体③長年にわたる上昇志向

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百姓として貧しい家に生まれた川村時太郎、後の北斎は様々な仕事をした後に浮世絵師に弟子入りし、二十歳で浮世絵師としてデビューします。浮世絵以外にも水墨画や海外の絵に興味を持ち、還暦を過ぎてもなお新しい事に挑戦し続け、探究心が衰えたりせず、ストイックな上昇志向の持ち主でした。

鉄棒ぬらぬらの正体④生涯に渡って描き続けた

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88歳は江戸時代後期でも長寿だったはずですが、それよりも驚きなのは老いても絵を描き続けていたという事です。晩年に使われていたペンネームには、その絵を描くエネルギーの様なモノを感じる事が出来ます。

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