一連のヒバゴン騒動から40年以上たった今、ゆるキャラとなって庄原市の各地に出没しています。全身毛むくじゃらで逆三角形の大きな頭と、大きな目は相変わらずですが、地元の人たちに愛され続けたヒバゴンは、庄原市を盛り上げるために新しいシンボルとして活躍しています。
Contents
ヒバゴンも食べていた?山菜たっぷりのヒバゴン丼
場所は道後山近辺、中国自動車道・庄内ICを降りて国道183号線を米子方面に上っていくと、ヒバゴン丼の看板がある「やまびこ」という御食事処が有名です。山芋のすりおろしや鶏のそぼろ、細かく刻まれたネギと海苔、そしてヒバゴンも山で食べていたであろう山菜とわさびが乗っています。
ヒバゴン丼は豪快に食べるのが通?
食べ方は具とごはんを豪快に混ぜて食べるらしく、あらかじめタレのかかったごはんと具との織りなす味のハーモニー。山菜の香りと山芋の甘み、程よい味付けの鶏そぼろに、時折香るわさびがツンと、丁度よいアクセントになった逸品です。
ヒバゴンの現在は?生存している?
1970年の初遭遇から1974年のぷっつりと途絶えた消息、あくる年のヒバゴン騒動終息宣言。それでは今現在2019年、ヒバゴンは生存しているのでしょうか?いくつかの仮説を元に伝説の未確認動物ヒバゴンの現在を考察してみましょう。
ヒバゴンの現在①もう死んでいる?
ヒバゴンは初遭遇の目撃情報からも、同じ個体が目撃されている可能性が高いようです。1970年にすでにおよそ160cm級の大型動物だったとして、類人猿の中で長生きするゴリラでも50年前後。あれから50年近い年数が経っているので、最初の個体はすでに死亡しているのでは、とも考えられます。
ヒバゴンの現在②繁殖の可能性は?
最初に目撃されたヒバゴンが死亡している可能性は高いですが、複数の仲間がいると仮定するのなら、繁殖して子孫を残していることも十分考えることができます。ある目撃情報によると1980年代初頭に比婆山付近で30cmくらいの小さな猿が茂みの中から顔を出し、二足歩行で山中に消えたそうですが?
ヒバゴンの現在③他の場所で生きている
ヒバゴンは目撃情報が途絶えた1974年から考えても、すでに死亡していることも仮定できますが、高度成長期の公害や山々の自然環境の著しい変化により、生息地を比婆山中から別の場所に移動し、今もなおどこかで生息している可能性も、無きにしもあらずではないでしょうか。
ヒバゴンを動画でも確認しておこう
ヒバゴンに言及した動画を集めてみたので、ご紹介します。おさらいとしても最適な動画ばかりなので、今一度謎の未確認動物、ヒバゴンについてゆっくりと確認して、ご自分なりの考察をまとめられてみてはいかがでしょうか。
広島のヒバゴンは都市伝説の怪物なのか?
Youtuberの方が、今までの解説を3分ほどの動画にまとめてくれてあるので、復習の意味でもご覧ください。ヒバゴンを撮影した貴重な画像なども笑いを交えて、数多く見ることができます。
ヒバゴンを捉えた笑劇映像!
実際に目撃情報のあった比婆山へ行き、六の原川で収録したと思われる、タイトル通りの見るからにフェイク動画ですが、実際にヒバゴンと遭遇したらこのようなシチュエーションになるのだと思われる動画です。
2017年5月17日放映「世界の何だコレ!ミステリー」
この動画では前章、ヒバゴンの正体⑤未知の人類説の項でご紹介した、広島県西城町の町役場にヒバゴン騒動の最中、類人猿係としてお勤めだった方が出演され、目撃場所など現地へ赴き当時の様子を語られています。
ヒバゴンは敵か味方か?自治体の動きを紹介
結局のところヒバゴンは、人間にとって敵なのでしょうか?それとも味方なのでしょうか?ここでは1970年ヒバゴン初遭遇当時から現在に至るまでの、ヒバゴンに対する地元の自治体の動きについてご紹介します。
ヒバゴン防災課を設置
1971年から1975年まで、町役場に設立された類人猿対策委員会による「類人猿係」では、町の観光振興と、ヒバゴンに対する問い合わせや情報提供、現地案内、さらに目撃情報の収集や探検隊への協力などが主な業務とされました。この「類人猿係」のおかげで多くのヒバゴンの目撃情報の詳細が残っています。
興味深い逸話としては、この類人猿係は目撃者に対し「迷惑料」なるものを支給していました。目撃者に対し、取材への協力とご理解をいただくため、として特別予算を編成し町民の負担軽減に当て、5千円程度が支給されていたそうです。
ヒバゴングッズで町おこし?
ネス湖のネッシーを始め、多くの未確認生物であるUMAにあるように、現在はヒバゴンも地元ではゆるキャラとして扱われ、着ぐるみなどで市内のイベントに出演しています。庄原市のマスコットやロゴマークなどに使用され、キャラクターグッズなどで町おこしに一役買っています。
ヒバゴンの卵を紹介
庄原市の菓子司処・大國堂では町おこしの一環として、ヒバゴンが目撃された1970年に「ひばごん饅頭」を発売。その30年後2003年には、市町村合併により比婆郡が無くなるかも知れないという郷土への思いから、未確認生物「ヒバゴン」の名を冠した郷土銘菓「ヒバゴンのたまご」を発売しました。
ネーミング同様ユニークな仕上がりになっており、三重構造の卵風のお菓子です。外側から、殻はココア味、白身は練乳入りの白あん、黄身はさつまいも入りの黄身あんで構成され、見た目と共に味も好評で、外箱に至ってもユニークなデザインとなっています。
ヒバゴン音頭を見て聞いて踊ってみよう
西城町では「ヒバゴン人形」や「ヒバゴン団子」、前途の「ヒバゴン饅頭」などと、当時のヒット曲を元に2013年「ヒバゴン音頭」などの便乗商品を生み出しました。ダンスミュージック風にアレンジ・リニューアルされた「ヒバゴン音頭2017」を、動画をお手本に踊ってみましょう。
ヒバゴン音頭を動画でチェック①正面
庄原市の町おこしの一環として、「ヒバゴン音頭2017」のお手本を、2014年庄原市で結成されたダンス教室からなるチーム「DA FLY CREW(ダフライクルー)」のメンバーである堂前唯さんに踊っていただきました。こちらは正面から撮影したものです。
ヒバゴン音頭を動画でチェック②背面
2013年、庄原市の地元の方々の作詞作曲により完成した「ヒバゴン音頭」は、お祭りやイベントなどで親しまれており、NHK広島放送局のTV番組「勝手にブランド発見伝」がそこに着目し「ヒバゴン音頭2017」としてダンスミュージックにアレンジしたものです。
ヒバゴンが見られる?話題の作品を紹介
ヒバゴンに関連した商品として話題になったものには「ヒバゴンのたまご」をはじめ、AVケーブルやルーペ、マガジンボックスファイルなどの様々なものがありましたが、映画作品や本、ゲームにもヒバゴンが登場しているので、ご紹介します。
ヒバゴンの映画が存在した!
「いとしのヒナゴン」として「オール讀物」で2002年11月号から2004年5月号まで連載され、2004年10月に文藝春秋から刊行された重松清の長編小説を原作に、2005年に伊原剛志、井川遥主演により映画化された「ヒナゴン」という作品があります。
重松作品では初の映画化となった「ヒナゴン」は、物語の舞台となった現在の庄原市西城町である旧比婆郡西城町で全面ロケが行われ、主題歌には広島出身のユニコーンの楽曲「すばらしい日々」を用いた、痛快ハートフル・コメディ作品となり好評です。
ヒバゴンを読んでみよう
1972年、当時世界でたった一人だけだった、西城町類人猿対策委員会の類人猿係を務めた、見越敏弘さん原作による、ヒバゴンを通じて現代に贈るメッセージ。当時の貴重な出没マップと目撃証言を満載した、非常に興味深い内容の作品です。
ヒバゴンがゲームの中に?
各県の怖い話を収集したオムニバス形式で綴るプレイステーション2専用ゲームソフト「四八(仮)」です。タイトルからして(仮)が付き、そこからすでに謎なゲームですが、ご当地の怖い話に興味がある方はプレイしてみるのも面白いでしょう。
ヒバゴンの仲間?ヤマゴン、クイゴンを知ってる?
ヒバゴンが生息している?とされる広島県には、ヤマゴンとクイゴンと呼ばれる未確認生物がいると話題になりました。ヒバゴンの出現した地域周辺の土地なので、あるいはヤマゴンとクイゴンは、ヒバゴンと同一なのではないかとも言われていますのでご紹介します。
ヤマゴンって何?
ヒバゴンが出没した当時の比婆郡西城町からそう遠くない山野町で目撃されたという未確認生物がヤマゴンです。見た目はヒバゴンそっくりな容姿をしており、ヒバゴンと同一ではないか?との見方が強まっています。現在ではその目撃地点を示す看板も撤去されヤマゴンの消息も不明です。
クイゴンって何?
ヒバゴン騒ぎも集束して久しい1982年5月9日午前9時半頃、広島県久井町で二人の地元に住む少年が目撃した怪物がクイゴンと呼ばれています。山道で出会ったその怪物は、30mほど離れたところに身長およそ2mはあろうかという後ろ向きに立った毛むくじゃらの未確認生物でした。
ヒバゴンを見つけるのはあなたかもしれない
ヒバゴン騒ぎが収まってすっかりゆるキャラのほうが人気になってしまいましたが。今も広島の山奥に人目を避けて住んでいるのでしょうか。最初に目撃された1970年からすでに50年近く経っているので、日本の何処かに移動しているとも考えられます。もし森や林の近くを通る時にはよく見ると、あなたもヒバゴンを見つけるかもしれませんよ。
未確認生物UMAに関する記事はこちら
町おこし疑惑のあるベルメスの顔に関する記事はこちら