そのボーダーラインが8400mという地点ではないかとヤンシー博士は仮説を打ち立てました。これからの調査で8400mよりも深い地点で魚が見つかったときはまさに世紀の大発見となるでしょう。
「ない」ことを証明するのは至難の業
魚8400mよりも深い地点で生きることができないとしたこのヤンシー博士の仮説を証明するのは実は想像以上に難しいことなのです。それは「8400mよりも深い地点に魚は存在しない」ことを証明しなくてはならないからです。
存在することを証明するには「探す」という行動がとれますが、存在しないことを証明するには「見つけることができないことを証明しなくてはならないのです。
Contents
マリアナ海溝に棲む生き物⑥原油を餌にするバクテリアを発見!
マリアナ海溝という特殊な深海の世界で暮らす生き物は魚や甲殻類たちだけではありません。私たちの目には見えない小さな微生物の世界も広がっているのです。ここではマリアナ海溝で発見された興味深いバクテリアについてご紹介します。
マリアナ海溝で炭化水素を分解するバクテリア
マリアナ海溝で発見されたバクテリアはなんと原油や天然ガス中に含まれる炭化水素を分解しエネルギーに変えていることがわかりました。海底からはメタンガスなどの炭化水素が豊富な湧き水が存在する冷水湧出帯と呼ばれる地点が数多く存在しています。こうした特殊な環境下において生存するバクテリアはやはり通常のものとは違う生態をしています。
炭化水素を分解するバクテリアの発見は他にもありますがマリアナ海溝のような深い水深で強い水圧にさらされている中でのこのようなバクテリアが見つかったことははじめての発見でした。
生き物はその環境に応じて進化する
現在、私たちは当たり前の様に呼吸し、酸素を取り込みエネルギー変換しています。逆に言えば酸素がなければ生きていけない体ともいえるでしょう。しかし、はるかはるか昔の地球で暮らす生き物たちにとって酸素は「毒」であったと言われています。
私たちの祖先が進化の過程でこの毒である酸素を自分たちのエネルギーに変える代謝経路を獲得したからこそ、地球にこれだけの生命が存在しているともいえるのです。超深海においても同じことが言えるでしょう。とんどもない水圧と炭化水素が豊富な環境でいく伸びるために独自の進化を遂げたバクテリアが生まれたのです。
マリアナ海溝のバクテリアの分解は流出した原油の処理に役立つ!
炭化水素を分解する力を持つバクテリアをもし増殖させ、人が扱えるようになればタンカー事故などで海へ流出してしまった原油の処理などに有効利用できると考えられています。原油流出による海洋汚染の悪影響は計り知れないものがあります。多くの生き物を小さなバクテリアが救う可能性も十分に考えられるのです。
マリアナ海溝の海底奥の地中にも生物がいる可能性が?
マリアナ海溝に息づくこのバクテリアは、逆に言えばどこから炭化水素を獲得しエネルギーに変えているのでしょうか?当初はメキシコ湾で起きた原油流出による汚染がマリアナ海溝まで広がり、その炭化水素を得ていると考えられていました。
しかし、マリアナ海溝に降り積もっている堆積物を解析するとこの流出事故による炭化水素だけではなく生物的に合成された炭化水素も存在することが明らかになりました。つまり、マリアナ海溝には自分で炭化水素を合成することができる驚くべき新種のバクテリアがまだいるかもしれないのです。
他にもおもしろいバクテリアを発見!
とんでもない水圧がかかるマリアナ海溝最深部ではその環境に見事に適応したバクテリアが存在しています。そのバクテリアの学名はMoritella yayanosii 。なんと50MPa「以下」の圧力では増殖することができないという生態を持ちます。
私たちが暮らす1気圧の世界では逆に増殖できないのです。こういったバクテリアを絶対好圧性細菌と呼びます。
日本海溝にも無限の可能性
冒頭でご紹介したように、東日本沖・太平洋に存在する日本海溝の水深も非常に深く、8000mを超えます。マリアナ海溝ほど深くないにしても世界有数の海溝であるには違いありません。
様々な生物たちがマリアナ海溝で見つかったように、日本海溝でも未知の生物が発見されることはまったくもって不思議ではないのです。
マリアナ海溝の伝説?海底探査員が見た幻の生き物とは
バクテリアの次はマリアナ海溝で目撃された幻の生き物についてご紹介します。深度11000mに滞在した時間はわずか20分でしたがそれは誰も到達したことのない地へ人間が足を踏み入れた歴史に残る瞬間であったことでしょう。その人類初のマリアナ海溝における有人潜航で起こった不思議なできごとをご紹介します。
マリアナ海溝の1960年の探査で目撃
1960年、スイス人研究者のジャック・ピカール氏が海底探査船トリエステ号を使ってマリアナ海溝の深さを確かめる研究に乗り出しました。人類初の超深海域到達を目指した命を懸けた調査は見事成功し、彼ら2人はついにマリアナ海溝最深部11000m地点であるチャレンジャー海溝に到達したのでした。
不思議な出来事はこの歴史的な調査が行われ何年もしてから、ジャック・ピカール氏が機密事項として書き記していたものから明らかにされました。
マリアナ海溝で目撃されたのはどんな生物?
ジャック・ピカール氏たちが目撃したものは何と「巨大なディスク状の物体」だというのです。おまけにそれが深海探査艇を追いかけてきたというのですからさぞ驚いたことでしょう。
深海の世界で出会ったその「巨大なディスク状の物体」はまるで何者かに操作されているようにチャレンジャー号の周りを軽やかに動き回り、明らかに自分たちを観察していたとまでその手記には記されていたのでした。
その物体とはそれ以降出会うことはなく、現在まで何だったのか明らかになっていません。深海に存在する私たちの知らない発達した文明のなせるわざだったのか、それともまだ見ぬ生き物だったのか、真相はまさに深い深い闇の中です。
生物の鳴き声なのか?マリアナ海溝で謎の音を観測
続いてもその真相が明らかになっていない謎に満ちたミステリアスなお話を一つご紹介します。こちらはより最近の2014年10月の出来事で、そのデータまでもが公開されています。
マリアナ海溝に響いた複雑な構成の音
不思議な出来事というのはこの動画でご紹介する「音」のことです。時は2014年10月、マリアナ海溝で観測されました。不思議な音の長さはたった3秒間。その音は5つのパートから構成されており、重なり合った複雑な音から低い唸り声のような音と、高い金属音のような2つの音が解析されました。
マリアナ海溝の音はクジラの声?それとも未知の生物?
当初はミンククジラが発した声ではないかといわれていましたが、かなり複雑な構成をしたその音をクジラが果たして発することができるのかは疑問が残ります。クジラは基本的には低い低音のみを扱うからです。
高音を発する際は発情期のときなど限定的で、低温と高温を合わせたような音を出すのかは明らかとなっていません。果たしてこの不思議な音はクジラによるものだったのか、それとも深いマリアナ海溝にひっそりと息づき発見される日を静かに待つ生き物が存在するのかは誰にもわかりません。
マリアナ海溝とウナギに意外な関係性が?
まだ見ぬ未知の生物の存在を存分に感じていただいたあとは私たち日本人にとってなじみの深い「ウナギ」とマリアナ海溝の意外な関係性についてご紹介しましょう。きっとマリアナ海溝がより身近に感じられるはずです。
マリアナ海溝付近がウナギの故郷?!
土用の丑の日をはじめ、おめでたい席や贅沢な日にいただくウナギはどこで生まれているかご存知でしょうか?日本でとれるのだから日本のどこか秘境で産卵するのだろうかと思う方もいらっしゃるでしょう。結論から言うと実は、マリアナ海溝なのです。
ウナギは身近だけど謎多き魚
現在、ウナギは絶滅危惧種に指定されてしまいました。その原因は人間の乱獲によるところが多いでしょう。しかし、不思議に思いませんか?ウナギには「天然」と「養殖」があります。養殖できるならなぜ絶滅の恐れに瀕することがあるのでしょうか?
実はウナギを卵から稚魚、そして成魚まで育てる完全養殖の技術はいまだ確立しておらず、その理由はウナギがどこで産卵しているのか長い間明らかになっていなかったからです。
2009年、日本のチームがウナギの産卵地を特定!
稚魚をなんとか川で採取し、それを大きく育てていたのは産卵地がわからなかったからです。そんな謎に満ちたウナギの産卵地を特定したのは2009年の出来事で、成し遂げたのは東京大学の研究グループでした。塚本勝巳教授をはじめとした研究者たちが日本から実に6000㎞も離れたマリアナ海溝の地でついにウナギの卵を発見したのでした。
マリアナ海溝にも深海でお馴染みの巨大生物はいるのか?
深海といえば映画やドキュメンタリーなどの影響でダイオウイカなどの巨大生物をイメージする方も多いでしょう。ロマンを強く感じるポイントでもあります。そんな巨大生物たちのことも改めてご紹介しましょう。
深海は巨大生物伝説の宝庫!
深海という世界に巨大生物は存在するのか?答えはイエスです。伝説の怪物「クラーケン」のモデルにもなったと言われているダイオウイカの最大サイズはなんと全長49mの記録が残っています。大きなタチウオのような細長い帯のような体を持つリュウグウノツカイは最大11mのデータが残っています。
ホオジロザメの仲間とされている巨大ザメメガロドンは古代生物で、はるか昔の地球の海ではその巨体を武器にあらゆる海を支配していたと想像されています。推定される大きさはなんと20mとも30mともいわれています。メガロドンの現存する化石はアゴの化石しかありませんがそれだけでも十分とんでもない大きさを誇ったことが想像できるほど、大きな化石です。
古来より深海には巨大生物が棲んでいると信じられてきた
古くから人々は深海に巨大な生物がいると信じてきました。画像の様に時折砂浜にとんでもない大きさの死骸が打ち上げられたのに遭遇すれば多くの人がきっともっと大きな生き物もいるだろうと想像することでしょう。
船の下に何倍もの大きさをした巨大未確認生物がいる海の画像などを見た方も多いことでしょう。
マリアナ海溝に巨大生物はいる?
ダイオウイカ、リュウグウノツカイは今でもこの地球に生存していることが確認されていますが、メガロドンに関しては完全に絶滅してしまった線が濃厚で、今なお様々な目撃例があるもののイマイチ信ぴょう性に欠けるものばかりなのが実際のところです。
しかしこの広い海で「いない」と言い切るのは難しいことです。いまだほとんどの人間が足を踏み入れていないマリアナ海溝ならもしかしたら、もしかするかもしれません。正体不明の音や探査艇を観察しに来たディスク状の物体の主が巨大生物かもしれませんね。
マリアナ海溝はどうやって解明されていったのか?深海挑戦の歴史をご紹介!
たっぷりとマリアナ海溝の魅力をここまでお伝えしてきましたが、そもそもどうやってこんな深い海溝に研究者や冒険者たちは挑んでいったのかをここからはご紹介していきます。チャレンジャーたちの歴史を見ていきましょう。
海の上から深海までの距離を測っていたころは測定技術の黎明期でもありました。どのように10000mを超える推進を図っていたのかにも少し触れながらご紹介していきます。
マリアナ海溝探索の歴史①世界最深の海溝が初めて観測される
マリアナ海溝が世界最深の海溝を持つことを最初に証明したのはイギリスのチャレンジャー号を用いての調査隊でした。1875年当時の記録は8184mであり、現在のチャレンジャー海淵のポイントを測量したものの言われています。このときの測定方法は「測鉛法」によるものでした。
その後、1899年にUSS Neroによる観測では9363mと記録されています。
測鉛法とは
「ソクエンホウ」と読むこちらの測定方法は読んで字のごとく、船の上から鉛の重りを付けたものを改定へ向かって垂らし、その長さを測るというものです。船からおもりを垂らして図るという実にアナログな方法で最深地のチャレンジャー海淵を測ったというのですから驚きです。
マリアナ海溝探索の歴史②日本の満州号が世界最深記録を更新!
20世紀を迎えた1925年には日本も観測調査に乗り出します。「満州号」で行われた測定によって水深9814mと記録し、当時の世界最深記録を塗り替えました。こちらで使用された方法は「鋼索測深」で先ほどチャレンジャー号で行ったようにおもりを付けたピアノ線を船体から垂らし、その長さによって海の深さを測りました。
海底の泥の回収も目指しましたがこちらは失敗に終わっています。この時点では世界でもっとも深い地点はこの満州号によって測定された場所であったため、この場所を「満州海淵」と名付けました。
こののち、本当の最深地点である「チャレンジャー海淵」が後述するイギリスのチャレンジャー号によって発見されますが、もしこの満州号での調査がさらに近くの地点を計測していれば「チャレンジャー海淵」が「満州海淵」だったかもしれないほど当時の時代においては快挙と言えるでしょう。
マリアナ海溝探索の歴史③ついに水深1万m超えの地点が観測される
続いて1951年。再びイギリスの測量船「チャレンジャー8世号」による測量でさらに記録は塗り替えられ、ついに10910mと1万m越えの記録を打ち立てます。そののち、計測の誤差は補正され現在のより厳密な10863mという値がマリアナ海溝の最深数値とされています。このチャレンジャー号も前述した満州号同様、海底の泥の採取を試みましたが失敗に終わっています。この際採用した測定方法は「音響測深」でした。
この調査のあと、一度チャレンジャー号は日本に寄港し、燃料などの補給を行った後ふたたびマリアナ海溝へと戻りました。地点を数回かえて同様の計測を行い、その結果マリアナ海溝の最深部の幅や距離の測定に成功しました。さらには10504m地点の海底の泥(赤粘土)の採取にも成功しました。
音響測深とは
こちらの測定方法は化薬の爆発によって生じる音波を海底へ向かって発し、その音波の跳ね返りの速度を測定し距離を井算出する方法です。チャレンジャー号の測定においてはこの音響測深法による測定だけではなく、さらに同日に熟練の測量士のもと、ピアノ線に60キロの重しをつけたものを海底に垂らし、海底に達した際の衝撃をもとにピアノ線の距離の算出も行いました。こうした2つの方法から確かな深度を導き出しました。
マリアナ海溝探索の歴史④ソ連によって記録更新!しかし疑問が残る
イギリスのチャレンジャー号によって観測された地点がマリアナ海溝最深地点といわれていましたが、1957年のソ連によって新たに11034mの記録が打ち立てられました。長らくこの記録が最深とされていましたが、その後の調査で同じ深度が測定できず、現在では公式記録とは認められていません。
マリアナ海溝探索の歴史⑤初の有人潜航に成功!人間が世界最深部へ
様々な国が様々な方法で船の上から測定してきましたが、ついに人が実際に深海に到達する日が訪れます。それは1960年1月23日のことです。
この世界初の有人潜航を達成したのはアメリカによって開発されたトリエステ号に先述したスイス人のジャック・ピカールとアメリカ海軍のドナルド・ウォルシュ中尉の2人が乗り込み深海に挑みました。2人は海溝の底に到達したと主張しており、その時の深度計は10912mを指していたと述べています。
マリアナ海溝探索の歴史⑥スペンサー・ベアード号が最深記録更新!
1962年にはアメリカ調査船スペンサー・ベアード号が10915mを測定し記録更新といわれました。しかしソ連との議論が続いたため、1984年に日本の調査船「拓洋」によって再測定を行い、10924mという値を出しました。この際使用された測定方法はナローマルチビーム測深機を用いたものでした。
現在において最後の確定値(十分な裏付けのあるデータ)は日本の無人探査機「かいこう」による10911mが最高の記録といえるでしょう。
ナローマルチビーム測深機とは
「拓洋」が用いたこの測定方法は画期的でした。今まではシングルビームといい、1点に向かって音波を発して測定していました。ナローマルチビームは音波を船艇から改定へ扇状へ発するのが大きな特徴です。これによって広範囲な地形を立体的にとらえることができ、1地点のみの測定ではなく海底面の凹凸など地形の様子も把握できるようになりました。
従来のデータよりもさらに信頼度の高い値を得ることができたといえるでしょう。
マリアナ海溝探索の歴史⑦日本の探査機が最深部を探索!生物の動画撮影にも成功
先ほどご紹介した日本の無人探査機「かいこう」によってマリアナ海溝最深部の探索が実現されました。無人でありながら生物の動画撮影にも成功し、チャレンジャー海淵には計19回も潜航しました。
動画だけではなく、1996年2月の調査においては深海から試料を11000メートルの海底から持ち帰ることにも成功し、その中に存在していたバクテリアを世界で初めて発見しました。
マリアナ海溝探索の歴史⑧ジェームズ・キャメロンが初の単独潜航
1960年にジャック・ピカール氏とドナルド・ウォルシュ中尉が到達して以来、人が足を踏み入れることのなかった場所へ挑戦した人がいます。タイタニックなどの映画で知られるジェームズ・キャメロン監督でした。しかもたった一人での潜航です。ディープチャレンジャー号と名付けた調査船で潜航し、10,898mの地点まで到達しました。2012年のことでした。
ナショナルジオグラフィックとロレックスの協賛のもと、オーストラリアで調査船の開発・製造から行われました。7年もの時間をかけて作られたディープチャレンジャー号にはこのために開発された新しい素材や照明装置、バッテリー設備、通信装置などがふんだんに搭載されていました。
様々な最新設備を搭載したディープチャレンジャー号は世界で初めて11000mへ到達したトリエステ号と比べて重量は実に1/10に軽量化され、かつはるかに多い観測装置を搭載することに成功し、水面からわずか3時間で11000mの海底に到達したのでした。
無事帰還した監督は次の様に述べています。
「海底はまるで荒れ果てた地のようでした。世界とは完全に隔絶されていた。私は自分が全人類から切り離されたように感じた。海底に行ったのは確かに今日起きた出来事でしたが、まるで他の惑星に行って帰ってきたような気さえします」(引用:ロケットニュース2)
映画史上様々な記録を打ち立ててきたジェームズキャメロン氏の目には地球でもっとも深い場所はどのように映ったのでしょうか。世界でたった3人しか見たとこのない景色を見た彼がこれから作る映画に期待が寄せられています。
マリアナ海溝探索の歴史⑨アメリカの無人探査機が最深部へ到達!
そしてついにその日がやってきます。とんでもない深い地があるらしいと、何年もの月をかけて計測し続けてきましたが、その数値でしか知りえなかった地点に2009年5月にアメリカの無人探査機Nereusが到達したのです。深度計は10,902mを指していました。大気圧の1000倍もの圧力に耐えながら10時間以上滞在を果たしたのでした。
日本の深海調査船開発の歴史
マリアナ海溝調査の歴史をご紹介してきましたが、度々日本の調査が登場したことにお気づきでしょうか?日本の高い技術は深海探査に大きく貢献してきました。ここではそんな深海調査に貢献してくれた調査船をいくつかご紹介します。
マリアナ海溝探索に活躍した「かいこう」は「かいこう7000」へ生まれ変わった
無人探査機「かいこう」は1990年代に実用化されてから世界初であり世界唯一の無人潜水機でした。先ほどご紹介したように世界一の深度を誇るチャレンジャー海淵に実に19回も挑み数々の新しい発見を打ち立てました。2003年の調査中の事故により部品を欠損してからは深度を浅くし、対応深度7000m級の「かいこう7000」に生まれ変わって再び調査に活躍してくれました。
日本唯一の深海有人探査機「しんかい6500」
このような様々なモデルを作り上げながら日本の深海調査船製造技術はどんどんレベルアップしていき、現在活躍している「しんかい6500」の開発にこぎつけました。「かいこう」や「かいこう7000」とは違い、「しんかい6500」は「有人」の調査船です。世界で2番目に深く潜れる現役の潜水調査船です。2007年の時点で深海への潜水回数は実に1000回を突破。
4枚ものプレートの上に存在するプレート大国日本が誇る深海調査船製造技術といえるでしょう。
しんかい6500の功績
1989年に着水して以降、深海の不思議を探求するため働き続けてきたしんかい6500の輝かしい功績を少しご紹介しましょう。
- 1991年:三陸沖日本海溝(水深6,200m)で太平洋プレート表面の亀裂を確認(世界初)。
- 2007年: 潜航回数1000回突破。
- 2011年:三陸海岸沖での深海調査を行う。この際に東北地方太平洋沖地震によるものと推測される亀裂を発見。
- 2013年1月:世界一周海底調査「Quelle2013」に挑戦。リオデジャネイロの南東の海底で、花崗岩と石英の砂を発見。これらは海底にはもともとは存在しないものであることからアトランティス大陸の痕跡ではないかニュースになる。残念ながら文明の痕跡発見には至らなかったものの様々な議論を呼んだ。
- 2013年6:カリブ海ケイマン諸島沖での水深5000メートル付近の深海熱水噴出域をネットにて生中継する。熱水噴出孔から吹き出る様子や棲息する深海のエビ類やイソギンチャク類の撮影・配信に成功。
深海を調査することで新しい生物の発見はもちろん、まだ見ぬ文明の存在を感じたり地震の影響を目視することができたりと多くのことが見えてくることがよくわかります。地球のほとんどが海ということもうなづけるロマンあふれる「しんかい6500」の大冒険の記録といえるでしょう。
マリアナ海溝が汚染!?環境問題がここでも
人の生活が地球上に広がり技術や文明が発達してきたことは素晴らしいことといえるでしょう。しかし、その一方で私たち人間の活動によって地球が汚されてしまっていることは周知の事実です。なんと地球の奥の奥であるマリアナ海溝でさえ、その汚染の影響がみられているというのです。
マリアナ海溝の底に有害物質やプラスチックが?
先ほどご紹介した有人潜水調査船「しんかい6500」を用いて太平洋など広い範囲、かつ長い年月をかけて行った5000回を超える調査の結果、なんとマリアナ海溝の水深10000mを超える地点でもプラスチック製の袋の破片が見つかったというのです。他にも金属片など環境を汚染してしまう物質も発見されました。
他の調査船による観測でも同様にプラスチックをはじめとするごみの汚染が確認されています。さらにはその深海に暮らす生物の体からはとんでもない高濃度の有害物質が検出されました。このことは実に衝撃的な事実で世界に激震が走りました。
マリアナ海溝の汚染度は最も汚染された中国の河を超える!
こちらの動画は米国海洋大気庁(NOAA)が公表した実際のマリアナ海溝の様子です。様々な場所で捨てられたごみが広大な海を漂いながら流れ着いた先にあるマリアナ海溝。その汚染度は最も汚染されているともいわれる中国の河よりも汚れているという残念な事実も明らかになりました。
中国の汚染された河で生きているカニから検出されるポリ塩化ビフェニルという有害物質はマリアナ海溝に生きるエビの仲間からも検出されおまけにその濃度は中国のカニの50倍だというのです。
ポリ塩化ビフェニルやポリ臭化ジフェニルエーテルといった物質は生物の営みによって分解されることはなく、長い長い時間ひたすらそこに漂い生物たちの体に静かに濃縮されながら残り続けてしまいます。やがて私たちが口にする食べ物に濃縮された有害物質が巡り巡って届く日はすぐそこまで来ていることでしょう。
1億5000万トンのプラスチックごみが海に存在する
WWF(世界自然保全基金)の発表によるとすでに現在の段階で海には1億5000万トンものプラスチックごみが海に流れ着いていると言います。そこへ毎年800万トンものプラスチックごみが新たに流れ着いています。
このごみによって魚たちはもちろん、海鳥やアザラシなどの哺乳類、ウミガメたちの命が脅かされています。特にクラゲなどを好んで食べるウミガメは海に浮かぶポリ袋をクラゲと間違えて摂取してしまうことは珍しくなく、プラスチックごみを摂取してしまうウミガメはなんと52%に上るというのです。
海洋プラスチックごみが分解されるには途方もない年月がかかる
自然界に存在しない人が合成によって作り出したプラスチックですから、そこに暮らす生き物たちが分解できるわけがないのです。海にたどり着いたプラスチックごみは誰にも分解されることなくただ海を漂い続けます。
ほんの僅かずつ劣化し分解されていくのにかかる年月を試算するとレジ袋で20年、ペットボトルで400年、釣り糸に至っては600年かかるとされています。
やっと分解されても「マイクロプラスチック」となり私たちのもとへ帰ってくる
紫外線や物理的なダメージによって海洋プラスチックごみは少しずつ分解されていきます。長い時間がかかっても分解されるならそれでいいじゃないかと思うかもしれません。
しかし、5㎜以下にまで小さくなった「マイクロプラスチック」は知らず知らずのうちにまた海の生き物たちの体へ取り込まれていきます。そしてやがて私たちの食卓にマイクロプラスチックをふんだんに蓄えた魚が並ぶ日が来るでしょう。このマイクロプラスチックが私たちの体にとって有害であるかどうかは誰にもわからないのです。
不法投棄や海洋事故で流出したごみが世界の隅々まで存在する
不法投棄や海洋事故などで海にゴミが流出してしまうのはもちろんのこと、日ごろ私たちが道端で見かける小さなゴミすら正しく処理しない限りは最終的には海へ流れ出てしまうのです。こんなにも広大な海にも関わらず海のほとんどを汚してしまい、それは海に生きる生き物たちの生態を脅かす脅威以外のなにものでもありません。
命が最初に生まれたといわれている海を守ることができるのは、陸に暮らしている私たち人間に他ならないのです。まだ見ぬ深海の生き物に思いを馳せながら、私たちができる小さなことを日々積み重ねていくべきです。
2050年には魚よりプラスチックごみが多い海になる
なんともショッキングな話です。世界経済フォーラムで発表されたデータによると2050年には魚よりもプラスチックごみが多い海になってしまうというのです。
ニュースでも最近目にするようになった方も多いと思いますが「脱プラスチック」の暮らしは海を守り、私たちの暮らしを守ることにもつながると言えるでしょう。
日本の海も例外ではない
四方を海に囲まれた日本もこの問題の当事者です。九州大学磯辺篤彦教授らの研究によると、日本近海のマイクロプラスチックの密度は世界平均の約27倍にも上るというのです。当初、これらのマイクロプラスチックは中国やアジア諸国から流れ着いたプラスチックであると考えられていました。
しかしながら、東京理科大の二瓶泰雄教授たちの調査によれば日本の河川のプラスチックごみの密度が日本近海と同等だったというのです。このことが何を示しているかというと、よその海からやってきたプラスチックごみで日本近海が汚染されているのではなく、日本の河川を日本人が汚し、そのプラスチックごみが海へ流れ出ているということです。
マリアナ海溝プラスチック汚染の救世主現る
マリアナ海溝や深海の秘めたる可能性、魅力をお伝えしてきましたが、最後の海の汚染は実に悲しい深刻な事実といえるでしょう。しかし、人間捨てたものではありません。そんな問題に立ち向かえる救世主が2006年に発見したのです。
それは、マリアナ海溝ですでに見つかっている原油(炭化水素)を分解するバクテリアのように、プラスチックを食べるバクテリアの存在です。この発見者は京都工芸繊維大学名誉教授の小田耕平氏でした。
プラスチックを分解する「イデオネラ・サカイエンシス」
2016年大阪府堺市のごみ処理場で発見されたその小さな小さな存在はなんとプラスチックを分解しエネルギーにしているというのです。「イデオネラ・サカイエンシス」と名付けられ現在急ピッチで研究が進められています。このバクテリアは真菌類の仲間で、プラスチックの中でもペットボトルの原料に用いられているポリエチレンフタラート(PET)を分解する酵素を持っています。
先ほどご紹介したように、ペットボトルが自然に分解されるには400年もかかると算出されています。今回発見されたバクテリアの分解能力を人が利用できるようになればこの400年という途方もない時間をあっという間の時間に短縮することができるのかもしれないのです。
炭化水素の多い環境では原油を分解できるバクテリアが生まれ、大きな水圧がかかる場所ではその圧力があるからこそ増殖するバクテリアが生まれていました。ごみ処理場という誰も分解できないプラスチック人がない場所ではそれをエネルギー源汚できるバクテリアが誕生していたのです。まさに生命の力強さを感じる大発見といえるでしょう。
マリアナ海溝は多くの謎とロマンに溢れる深海。今後の解明に期待!
人類の歴史でたった3人しか最深部に到達していないマリアナ海溝。そこに到達するために目まぐるしい技術の発達もありました。見たことのないバクテリアから新しい画期的な技術が誕生するかもしれません。いつか誰も見たことのない巨大生物に遭遇する日が来るかもしれません。多くの謎とロマンを伝えてくれる深海の今後から目が離せません!
デメニギスに関する記事はこちら
チョウチンアンコウに関する記事はこちら