凌遅刑とは?生きながら人肉を削いで漢方薬に!福岡一家四人殺害事件でも?

中国では人肉が漢方薬になるとして信仰されていた

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言い伝えの中に人の肉は漢方として妙薬であるという信仰があったため、受刑者の肉が市場に並ぶと飛ぶように買い漁られていたとされています。肉はバラバラに解体され売られていましたが、その食べ方には数多くのバリエーションがあった記録が残っています。

薬効として正式な文章が残っているわけではありませんが、古くから人間の血肉は美容や長寿へと効果があるとされており、その薬効からか中国の方々は同じ人間であっても平気で好んで食べてしまっていたのかもしれません。特に病気を患い余命が少ない方々からすると天にも縋る思い出むさぼっていたのではないでしょうか。

凌遅刑に処された人々①中国

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数多くの人がこの獄刑により命を絶たれています。当時の風習で刑罰は一般人の目の前で公開処刑という風習があり、処刑の様子が撮影された写真でもはりつけにされた受刑者の周りには執行人以外に多くの民衆が見守っている姿が写されていました。

また執行後には首だけを晒して置いておくなどで民衆へと知らしめていた記録も残っており、特に大きな事を成した有名な人物の首は同じ意思を持っていた人たちや、陰ながら尽力していた人たちを震え上がらせるにはかなりの影響を与えていたのではないでしょうか。

凌遅刑に処された中国の罪人①劉瑾

正徳帝の東宮時期から側近として地位をなしており、政治を乱していたとされ、捕らえられたとされています。そして行った行為の大きさから彼の受刑は3日で4700刀加えられ、相当な重罪であり、かなりの苦しみの中息絶えた事がわかります。

これほどまでの回数、苦痛を与えられていても最後の1撃まで生きながらえていた精神力と生命力は政治的に人々を動かしてきた人ならでの強さなのかもしれません。一般の人間であれば、これほどまでの精神的、肉体的な苦痛に耐えれるほどのキャパシティーは持っていないでしょう。

凌遅刑に処された中国の罪人②鄭鄤

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政治闘争の中で他人から陥れられて受刑された方もいらっしゃいます。彼は実の母を殺し、実の妹を姦淫したというデマにより、3600か所の肉を削ぎ落される刑罰を受刑しています。そしてその肉はその場で見ていた観衆へと配布されたようです。

凌遅刑に処された中国の罪人③壬寅宮変に関わった女官

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政治に関わる人物に男性が多い事から受刑者は男性の占める割合が多いのですが、もちろん対象が男性のみであるというわけではありません。政治紛争に関わったとされる女性たちも女であるからという理由は関係なく、受刑している記録があります。

凌遅刑に処された中国の罪人④洪天貴福

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二代目の太平天国天皇へと即位した人物ですが、1864年に敵軍である清軍に捕まり捕虜となってしまいました。そして敵軍の手により処刑が執行されたのです。政府への反乱以外にも位の高い捕虜に対して重罪人の扱いがなされ、この刑が執行された事がわかります。

凌遅刑に処された中国の罪人⑤康小八

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政府に逆らった人々へ執行される例が多い中、重罪的な殺人を犯した人物にもこの刑罰が執行されていました。その刑を受刑した人物が康小八で、彼は現在でいう通り魔殺人鬼のように、2人の無関係な人物を殺害しました。そして、市場という観衆が大勢いる目の前にて凌遅刑が執行されました。

凌遅刑に処された人々②朝鮮で凌遅刑に処された人々

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中国のみならず、お隣の朝鮮においてもこの痛々しい刑罰は執行されていました。朝鮮では重罪の中でも3つの等級に分けられて刑罰が下されており、1つ目は既に死体となった状態で身体を6つに切り分け晒し者とし、2つ目ではウシを用いての八つ裂き、3つ目では凌遅刑が執行されていました。

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