結果、子供2人は亡くなり、自身も両足と骨盤を骨折する大怪我を負います。この怪我故に警察の目を欺けたのは確かでしょう。しかしこの時、石川清は体だけでなく心にも後悔という大きな傷を作ってしまいます。これが後の自首を決意する大きなきっかけとなります。
膨らむ不信感
目論み通り保険金を手にした日高夫妻。しかし、実行犯の石川清に与えられたものは当初約束していた報酬とは全く異なるものでした。金は当初の約束の5分の1にも満たない金額、わずか75万円ほどだったといいます。
恐怖と良心の呵責
石川清は約1か月間の逃亡生活の後、逃亡先の北海道から海を渡った地、青森から夕張警察署に自首の電話をかけます。追手の恐怖と亡くなった子供のことが頭から離れなかったと自首の理由を述べていました。この自首が無ければただの火の不始末による火災事故として事件が処理されていたのかと思うと恐ろしいです。
石川清は2019年現在も収監中
自首による減刑が適用され、石川清は無期懲役という判決となりました。ちなみに、無期懲役とは文字通り無期限のお勤めであり、仮釈放等出れる可能性が無くはないですが基本的に一生を牢屋で過ごさなければいけないという刑です。罰の重さとしては死刑の次と言われています。石川清は自首をした故に死刑を免れたと言えるでしょう。
無期懲役故に現在も刑務所で刑罰を受けている石川清ですが、基本的に被害者や家族以外には囚人の情報が提示されることはないので現在どこの刑務所でどのように過ごしているかは全く分からない状態です。
夕張保険金殺人事件の跡地は現在廃墟に
この事件の中心地ともいうべく焼けた宿舎と日高夫妻が自宅兼事務所として利用していた保険金で建てた建物は現在も取り壊されず廃墟として残っており実際に見ることが出来ます。そこは現在どのような状態になっているのでしょうか。
日高夫婦が経営していた事務所はいまだ健在
当然経営者である日高夫妻が逮捕されたことで会社は倒産、廃業となりますが件の建物は住民不在のせいでひどく劣化はしておりますが現在もその全景が窺い知れるくらいしっかりと形を残しています。
焼けた宿舎跡は
宿舎の方はというと、こちらも取り壊し自体は行われませんでした。しかし、この場所には夕張シューパロダムが建設され焼け跡のみならず周辺一帯が2014年(平成26年)湛水開始によりダムの底へと沈みました。
夕張保険金殺人事件に付近はゴーストタウンに
事務所付近は炭鉱で栄えた町でした。しかし相次ぐ重大事故や主要エネルギーの座を石油に奪われたことで炭鉱は閉鎖の一途を辿り、炭鉱で栄えた町はダムの建設も重なりあっという間にゴーストタウンと化してしまいました。
保険金殺人の家として動画がネットに公開されている
廃墟マニアや事件現場巡りが好きな一部の人達により事務所や付近一帯の様子を写した動画やブログが点在します。こちらでご紹介させていただいている動画は2017年のものですがこの段階でもかなり劣化が進み夜であることもあってかなり寂しく薄気味悪い雰囲気となっています。
このような町1つ丸ごと廃墟のようになっているケースは日本国内では珍しく、人の生活感が想像できるにも関わらず人気が無く建物も朽ちているというこの状況は非日常を感じさせます。しかし、直接いったりはせずに今はGoogleストリートビューという便利なものがありますのでそれで見てみるといいでしょう。
興味があっても廃墟には行かないほうが良い
興味をそそられた方は多いとは思いますが、廃墟に行くのはあまりお勧めしません。なぜなら、このような倒壊寸前の建物が多い場所は倒壊に巻き込まれ怪我をする可能性もありますし、こういう場所には犯罪者などあまりお近づきになりたくない人達がたまり場にしていることもあります。身の安全のために自重しましょう。
法律で罰せられることも
また、安全のため以外にも理由があります。忘れがちですが、廃墟と言っても所有者が存在する場合があります。そう言った建物に侵入してしまうと侵入罪という罪に問われてしまう場合があります。鍵がかかってたり窓が閉まっている場合、壊して入ったというケースもよく聞きますがこれも当然器物損壊罪に問われてしまいます。
それなら所有者がいない建物ならば大丈夫なの?と聞かれるとそれも違います。その場合でも軽犯罪法に抵触してしまいます。見つかったり通報された場合大目玉だけでは済まない可能性も高いので行かない方がいいでしょう。どうしてもという場合はあまり深入りせず遠巻きに眺めているのがいいでしょう。
戦後の女性死刑囚
日高夫人の前に死刑が執行された数少ない2人の女性死刑囚とは誰なのか、またどんな事件を起こしたのか気になった方もいると思います。ここではその数少ない女性死刑囚とその事件についてご紹介したいと思います。
女性連続毒殺魔事件
別名「杉村サダメ事件」と呼ばれるこの事件は借金を抱えた女性が金を得るために現在は毒物指定されている農薬、ホリドールを使い次々と姑、隣人女性、出入りしている行商人など3人を殺害。1人を植物状態に陥れた事件です。
この事件は1960年(昭和35年)に発生し、年末のための金を得るためという理由で11月から12月までの僅か2か月の間に行われました。1963年に死刑が確定し、執行されたのは1970年のことでした。これが戦後2人目の女性死刑囚の事件となりました。
ホリドールとは
ちなみに、凶器として使われたホリドールは1970年に使用禁止となっております。そのあまりの殺虫力の高さからなかなか禁止に踏み出せず、発売から20年余りの長い期間誰でも買えてしまうような状態で管理されていました。殺人に限らず不慮の事故や混入などで農家のみならず1500人余りの犠牲者を出しやっと販売中止となった農薬です。
毒入り食品を食べさせる手口
最初の被害者は姑さんで、愛飲していた乳酸菌飲料に農薬を混ぜられ、亡くなりました。しかしこの姑さんは現金を所持していなく杉村サダメはお金を得るという目的が達成できませんでした。ここで驚きなのが、医者の死亡診断結果です。毒に気づかず姑さんの死因を脳卒中にしたのです。
目的が達成出来なかったことと気付かれなかったことで味を占め、杉村サダメは立て続けに事件を起こすようになります。次は隣人に農薬入り馬肉をお裾分けし、殺害。こちらも医師の診断は脳卒中。この医師の誤診が無ければもう少し早く犯行が露見したかもしれません。
殺害失敗で犯行が露見
3件目の被害者は出入りしている行商人の女性でした。彼女には毒を塗った鯖味噌をご馳走し殺害しようとしますが、量が足りなかったためか一命を取り留めます。しかし脳に影響を与える薬だったために植物状態になってしまいます。この件でやっと犯行が明るみに出ますが、最後の殺人を止めるには至りませんでした。
4件目の被害者も行商人でした。手口は同じく農薬入りの納豆を食べさせるというもので、この時の被害者は亡くなりました。その後家宅捜索が行われ、毒入り鯖味噌が乗った小皿や納豆が発見され、サダメはあえなく逮捕となりました。
姑と隣人の殺害を否認
最初の2件の犯行は医師の診断が脳卒中ということもありサダメは自分が関与したものではないと容疑を否認していました。しかし、改めて2者の司法解剖が行われ、農薬の成分が検出されたことで医師の誤診が証明されます。こうして事の全てが白日の下に晒され、嘘は通用しないと判断したサダメは自身が行った4件の事件への関与を認めました。
死刑が確定から執行までの7年
サダメの獄中での様子は、最初こそ荒れていたようでしたが教誨師(囚人たちを仏教を通して正しい道に行けるよう導く仕事をしていた人)の方の導きのかいあってか様子が一変。模範的な囚人となったそうです。仏門に帰依し、死刑執行の際には真人間に戻してくださったことを感謝する言葉を述べていたそうです。
そんなサダメの晩年は非常に穏やかなものだったそうです。後輩囚人達には4階のおばあちゃんという愛称で親しまれ、様々な相談を持ちかけられたり意見を求められるといった頼れる存在だったといいます。
ホテル日本閣殺人事件
こちらは戦後初となった女性死刑囚の事件です。金儲けにハマった女性が旅館を乗っ取るためにそこの経営者であった夫婦を殺害するという事件です。この被害者の夫婦の他に自身の旦那も殺害したほか共犯者の殺害も企てていたという恐ろしい女性です。
非常にしたたかで女性としての武器を大いに活用した悪女というに相応しいこの女性の名前は小林カウ。共犯者は男性でこちらは大貫光吉といいます。小林カウのみならず、この男性も死刑となり1970年に死刑執行されております。
病弱な旦那の代わりに家計を支えていた
小林カウは元々病弱なうえ兵役で体を壊して帰ってきた旦那のためにお菓子や漬物を作って販売する他戦後取引が規制されていた米や砂糖をも取引するいわゆる闇商売を行い家系を支えてきました。ここで商売、ひいては金儲けの楽しさを知った小林カウは成り上るためにありとあらゆる手を使います。
旦那の変死
警官との熱愛が発覚し現旦那と別れるために様々な画策をする小林カウ。そんな中、旦那が変死します。周囲の人物はカウが殺したと当然噂になりますがカウがやったという確たる証拠が得られずに変死として片付けられてしまいます。この事件は熊谷事件と呼ばれるようになりました。
しかしこの旦那の変死もカウが逮捕された時、警官から渡された青酸カリを使って毒殺したという証言が取れカウが殺害したものだということが発覚します。しかし、青酸カリを警官が本当にカウに渡したか否かの立証は出来ず警官は無罪となっています。
警官との破局、塩原温泉郷への進出
しかし警官との蜜月期間はそう長くは続きませんでした。そもそも警官とカウは親と子供ほどの年齢差がありました。警官がより若く美しい女性になびくのもまた必然かもしれません。しかしカウもくよくよはしていませんでした。漬物製造業に本腰を入れ、姉一家も巻き込んで生産、カウは高いコミュ力を活かして各地に売り込み活動を始めます。
その進出先として決めたのが事件の舞台となった栃木の塩原温泉郷でした。売れ行きは上々でその成果は小さな店を1軒1年分の家賃を前払いで出して借りれるほどだったといいます。元々商売人気質なのか性に会ったのか、店は繁盛し翌年には隣の店も借りて食堂も始めるほどでした。
売り出されていた温泉宿
儲ければ儲けるほど欲が出てくるもので、カウは温泉宿の女主人の称号を欲するようになります。そんな彼女の目に飛び込んできたのが売りに出されていたホテル日本閣でした。経営不振で精神を病んだ店主は妻に廃業を提案されますがそれを頑なに拒否。カウの交渉に対しても応じる気はなく噂は噂で話はこの時一旦は立ち消えました。
しかしその翌年、ホテル日本閣の店主・生方鎌助は増築を計画、実行するも資金が足りず半ばでとん挫してしまいます。そこでカウのことを思い出した生方は妻・ウメへの離婚手切れ金を出してくれたらカウを後釜に迎えるという約束を提示します。しかし必要以上にお金を出したくないカウはウメがいなければいいと解釈しウメ殺害を計画します。
共犯者・大貫光吉
カウはここでもう1人の容疑者、日本閣で雑用係をしていた大貫光吉に目を付けます。金と肉体関係を結ぶことを条件に大貫を誑し込みウメを殺害させます。カウは晴れてウメの後釜としてホテル日本閣の女主人の座を得ますが上手くいくことばかりではありませんでした。
なんと生方はカウに出資させ改築を終わらせたら旅館を売りに出す腹積もりでした。それに気付いたカウは生方の殺害を決心、実行します。しかし相次ぐ不審な生方夫妻の失踪は周辺で噂となりあえなく事件は発覚。2人は逮捕される運びとなりました。
1966年、裁判で死刑が確定
逮捕後の取り調べにより元旦那の殺害や旅館にかけられた保険金を得、ついでに共犯者・大貫を殺害しようとした旅館放火計画が明るみになり死刑が確定しました。こちらでも夕張保険金殺人事件と同じように保険金を目当てに火を付けようと計画しているのを見ると、犯罪がばれにくく大金が手に入る手段と認識されやすいのかもしれません。
カウの事件は日本を震撼させた事件として有名で、こちらに単独での記事もございます。さらに深く彼女やその事件について知りたい方は是非こちらもご覧になってみてください。ここ以上の情報量でここでは語りきれなかったことも書かれています。
世界にも存在する保険金殺人をする女性
女性が保険金を狙って罪を犯すことは世界的に見ても珍しい事ではありません。ここでは保険金というあぶく銭の美味さに魅了されてしまい道を踏み外してしまった女性犯罪者を取り上げていこうと思います。
ベル・ガネス
最初に紹介する女性の名前はベル・ガネスです。ベルはアメリカ史に残るシリアルキラーとしても名を残しており、2名の自身の旦那となった男性の他、事件発覚のきっかけとなった男性を除くとその被害の全容が見えないほど巧妙に数多くの犠牲者を出しその数なんと100以上ともいわれています。
そんなベルの出身はノルウェーで、旅芸人の父と家族で旅回りをしながら暮らしていたといいます。しかしそれをやめ、田舎の農家として暮らすようになり退屈に耐えられなくなったベルは故郷を結婚相手と共に飛び出してアメリカの地に移り住みました。
旦那の急死
しかし新天地へと渡ってきたはいいものの、やっていることは故郷にいたころとさほど変わりませんでした。子育てと農業に追われ刺激のない日々にいい加減鬱屈していた時、ベルに人生最大の分岐点が現れます。
一緒に故郷を出てきた旦那、マックスが急に亡くなってしまったのです。その時の死因は定かではなく、さらにベルが手にかけたのか、病気か事故での不慮の死かも定かではありません。しかし、マックスが亡くなったことで彼女の手元には多額の保険金と旦那がいないという自由が残ることとなりました。
相次ぐ不幸
その後ベルは慣れ親しんだ土地を離れ、2人の娘と共にシカゴへと渡ります。そして彼女はそこで保険金を資金にして下宿屋を始めます。しかし長くは続きませんでした。開業して間もなく下宿屋は火事になり全焼。ベルはこの建物にかけていた保険金を手にすることとなります。
しかし彼女は諦めませんでした。今度はその資金を元手にパン屋を開業します。が、またしても店は火に包まれ跡形もなくなってしまいます。ベルがやったという証言や証拠は上がってはいないこの2件の火事ですが、まず間違いなく彼女の仕業でしょう。夕張のものとは違い犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いといえるでしょう。
再婚するもまた急死
ベルの店で相次ぐ火事に、保険会社も流石に不振に思いベルとは保険契約を結ばないという言葉を突き付けられてしまうベル。火事による保険金奪取はもう望めないと見切りをつけたベルはターゲットを人に移します。広い農場を持つ男性、ピーターと再婚し、彼との子供をもうけ幸せな家庭を築く一方虎視眈々とベルはチャンスを伺っていました。
ベルが考えた最強のビジネス
そろそろ殺人で怪しまれるのも時間の問題だと察したベルは新たなビジネスを思いつきます。ベルは手始めに雑誌や新聞に「資産と教養のある男性と結婚を前提に付き合いたい」という旨の広告を載せます。ベル側のステータスは「若いく見た目も良い未亡人・広大な土地持ち」。これをみた男性たちは我こそはと名乗りを上げベルに殺到します。
ロンリー・ハート・キラー
後にこの手口はこのように呼ばれるようになります。訪れた男性は殺害され、5000ドルはもちろん身ぐるみをはがされて農場のどこかへと葬り去られました。身寄りがない男性をあえて選別していたため事件の発覚にはなかなか至れなかったといいます。
しかし、その状況も終わりを告げます。アンドルーという名の犠牲者がその契機を作りました。彼はベルのお眼鏡にかないたい一心で弟がいるにも関わらず身寄りがないと嘘をつきます。そしてその弟にこれから結婚予定の女性にあいに行くと意気揚々と告げていました。
発覚
しかし女性にあいに行ったきり連絡がない兄を心配した弟はその女性、ベルに連絡を取ります。行方不明だという事を告げると弟は急いでそちらに向かうとベルに告げました。しかし、弟がベルにあうことはありませんでした。
謎・犯人の懺悔
ちなみにこの火事はというと、ベルの愛人兼協力者のレイという男性が起こしたものでした。レイは当然逮捕され、21年の懲役刑を受けます。彼はその懲役のさなか、非常に重要な言葉を漏らしていました。それは牧師への懺悔であったといいます。
内容はというと、なんと「あそこで亡くなっていたのはベルではない」というものでした。適当な浮浪者の首を切り落として遺体を偽装しベルに見せかけたというのです。もしこれが本当ならベルはあの後どうしたのでしょうか。謎の残る後味の悪い事件です。また、彼女に関してこちらの記事にも記載があるので是非ご覧になってみてください。
夕張保険金殺人事件は金に囚われた夫婦が起こした凄惨な事件
ここでご紹介させていただいたどの記事にも言えることですが、保険金という特に何をせずとも手に入る突然の大金というのは本当に人の感覚を狂わせます。悪銭身に付かずとはよく言ったものだとこれらの事件を見ていると痛感いたします。
もし自分自身が保険金を受け取るような事態になってしまったとしても、しっかり後先を考え、計画的に、この大金の魔力に惑わされこのような悪事に手を染めてしまうことがないよう運用していきたいものです。
小林カウについての記事はこちら
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