附属池田小事件とは?宅間守の生い立ちや「逃げた教師」岩崎真季の現在に迫る

岩崎真季は事件後退職、半年後に胸の内を語っている

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世間から上記のような痛烈なバッシングを受け続けている彼女は、『罪悪感』や罪の意識に激しく苛まれたことでしょう。しかし彼女も事件の被害者の一人なのです。心に大きな傷を負い、悩み苦しみ恐怖して多大なストレスが彼女が襲ったのは間違いありません。

多くの当事者たちの身と心を傷つけ、数名の罪のない尊い命が奪われた凄惨な事件の後、彼女は『教師』という職を退職しています。これが自らの選択であったのか?学校側や教育委員会の処置なのか?は分かっていません。半年後『新聞』を通して彼女は思いのふちを語りました。その内容を下記にまとめます。

逃げた教師の半年後の告白

  • 先生であるのに少年女子たちを守れなかった
  • 悔やんでも悔やみきれない
  • 本当に申し訳なく思っている
  • 謝罪の言葉が見つからない
  • 生きていいか悩んだのは1.2回ではなかった

附属池田小事件の23名の死傷者と生き残った生徒

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凶悪殺人犯は2限目とその授業が終わることに、小学校の敷地内に踏み入り校舎に忍び寄り、約10分以上にもわたり、いくつかのクラスルームを移動しながら残虐に幼気な少年少女を狙って、刃物を振りかざす犯行に及んだのです。これにより多くの犠牲者が出てしまい凄惨な事態となってしまいました。

次に『犠牲者』たちの詳細を解説していきます。一体どれだけの罪のない人間が傷つけられたのか?どれだけ輝かしい未来、無限大の可能性を秘めていた尊い少年少女の命が奪われてしまったのか?惨劇の現場となった小学校やクラスルームに居合わせて、生き残った生徒たちや当事者のその後の事など詳しくまとめていきます。

附属池田小事件で亡くなった8名の児童

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今回のセンセーショナルを集めた凄惨な事件では、8人もの幼気な少年少女たちの命が奪われてしまいました。後の現場検証や証言などにより判明したことですが、彼らは全員、凶悪殺人犯に襲われて刃物で刺されたり斬りつけられたりして、すぐに命が奪われたわけではなく、すなわち『即死』ではなかったそうです。

学校側や教員たちの事態の把握や対応が遅かったのではないかと問題視されたのですが、もし迅速な対応、負傷した児童に対して適切な救命処置をしていれば、助かった『命』もあったのではないかと囁かれたのです。亡くなられた8名の犠牲者、そしてその遺族に向けてお悔やみ申し上げます。またご冥福をお祈り申し上げます。

附属池田小事件で傷害を負った13名の児童と教員2枚

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凶悪殺人犯により、刃物で傷つけられて負傷した被害者は『13名』です。内2名は暴走していた凶悪殺人犯の残虐な犯行を止めようと取り押さえようした男性職員です。彼らはなんとか無事に一命をとりとめました。しかしその傷跡や後遺症が残ってしまった方も少なくありません。

負傷した被害者の一人は、病院に搬送されて一命をとりとめた後、医師や看護師、家族により『事件』からは徹底的に遠ざけて、会話などを避けて心にトラウマや精神疾患などが残らないように、慎重に配慮しました。しかし退院して数年後に他人のもめ事を見ると『パニック障害』に陥るなどの後遺症が残ってしまいました。

生存した他の生徒も

幸い凶悪殺人犯からの魔の手から逃れて、生存した他の少年少女たちも被害者たち、つまりはクラスメイトや友達が傷つけられている『惨劇』を目の当たりにしてしまったので、自分は助かったが『生きててもいいのか』という生存者特有の心理状態により、罪の意識に苛まれるなどの精神的、心理的なダメージを負ってしまいました。

当然ながら、現場となった小学校に居合わせた教員や職員たちもトラウマや悲劇を体験したので、精神的苦痛を感じたり、ストレスによる精神病などを患ってしまう方もいたのです。このようにして、実際に肉体的に外傷を負わされた者、死傷された人物以外にも多くの人たちが被害に遭ってしまったのです。

附属池田小事件当時トイレに隠れて助かった生徒も

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また惨劇がおきてしまった当時、クラスルームに侵入した凶悪殺人犯から逃れるために必死に非難した少年女子たちの中には、校舎内に設置していたトイレに逃げ込み、そのまま隠れてやり過ごした生徒もいました。

凶悪殺人犯はできるだけ大勢の子供たちの命を奪おうとしていたので、数十名の生徒が集まるクラスルームを狙って犯行に及んだ可能性が考えられ、そのために『トイレ』が比較的に安全になったのかもしれません。

附属池田小事件後、子に向けて遺族が手紙を書いた

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今回ご紹介しているセンセーショナルを集めた凄惨な事件で、愛していた我が子の命を奪われてしまった遺族は、亡くなった我が子に向けて『手紙』を書きました。その内容は非常に遺憾であり悲痛な内容だったのです。そこには『もう一度会いたい』『毎日淋しくてたまらない』

『いつもように元気な姿で我が家に帰ってくるのを待っていた』『学校の事やお友達の事とかいろいろ話を聞きたかったのにもうお話ができない』と寂しさや悲しみ、苦しさなどがひしひしと伝わる内容が綴られていました。このようにして凶悪殺人犯はありふれた毎日や家族、『幸せ』『命』を奪ったのです。

 

附属池田小事件によって変化した学校の安全対策

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センセーショナルを集めた凄惨な事件当時、現場となってしまった小学校には今回の惨劇のような緊急時の対応の仕方、予め事態を適切に処置するための動きなどの『マニュアル』が組まれていなかったのです。それだけではなく、現在では普及している『監視カメラ』や『警備員』なども設置されていませんでした。

また実際に教員や職員は、侵入した『凶悪殺人犯』とすれ違っていたのですが、少年女子たちの保護者や父兄であると先入観が働き、勘違いしてしまったことから、多くの生徒たちがいるクラスルームにまで簡単に向かわせてしまったのです。こうした不適切な学校の対応や警備面、安全配慮の至らなさも問題視され課題となりました。

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