香田証生拉致斬首事件の全貌と動画の内容|イラクでの足取りや世間の声も

5日後にヨルダンに戻る予定だった

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ヨルダンのアンマンにあるクリフホテルに到着した香田証生さんは、ホテルの従業員のサーメルさんにもイラクへ行いたいと出会った時から伝えていました。そしてサーメルさんにイラク行きのバスの手配を頼みます。5日後にはヨルダンに戻ってくるからと言いサーメルさんに旅の記念品を預けます。

その中にはイラクの戦争で傷付いた子供の写真が10枚ほどあったそうです。サーメルさんはイラク行きを何度も引き留めましたが彼の意志は強く、イラクへ旅立ってしまいました。

サーメルさんが旅立ってしまった後にバグダッドのホテルに勤める友人に連絡すると、ホテルに泊まる外国人を武装グループが誘拐していく事件が多かったため日本人が来たけど泊めてあげられなかったと伝えられました。

香田証生は日本政府に見放されたのか?

自衛隊を撤退させないと、この日本人の首を切るぞとアルカイダ系組織グループがインターネットで声明文を読み上げたにもかかわらず自衛隊を撤退させなかったということは彼を見放したということだったのでしょうか。

小泉元首相の発言

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拉致の声明文が流れた5時間後に、自衛隊は撤退しないと当時の官房長官へ指示した小泉元首相は、その2時間後の記者会見でテロには屈しないと断言します。

小泉元首相が決断には今後の犠牲者を減らすことやアメリカとの関係によるものだと推測されましたが、小泉元首相は要求を受け入れないと発表するタイミングが早すぎて組織グループを怒らせたのではないかや、彼を見放したのではないかなど、世間から厳しい批判の声も多々ありました。

外交ルートを使い水面下での交渉

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香田証生さんが遺体で発見された後に小泉元首相が、人質解放のためにあらゆる努力を尽くしたと述べている通り、外交ルートを使って水面下での交渉を行っていましたが、アルカイダ系組織に繋がりの糸口がなく交渉自体が難しい状況でした。

48時間という短いタイムリミット

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小泉元首相はあらゆる努力を尽くしますが、約束の時間までに解決することができませんでした。そもそも犯行グループとの繋がるルートが見つからない中、48時間のタイムリミットは短すぎました。

香田証生に対する世間の声

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この事件は世間を騒がせて、あらゆる意見が述べられました。理由は他の事件に巻き込まれた被害者と違ったからではないでしょうか。

治安が悪く大変危険なイラクへ旅行者として戦争を見に行った、どこにでもいそうな日本人青年が被害者となり、世間はより身近なことと感じて、あらゆる意見をあらゆる年代の人達が口にすることになったのではないでしょうか。

香田証生は自業自得

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安易に行き当たりばったりに危険なイラクへ入ってしまったことは自業自得ではないか世間の多くは言っています。台風の時に川を見に行く人のように、危険なので行かないでと声を掛けられているのに自分勝手な判断で大丈夫だからと言ってイラクへ行ってしまったことにより殺害されたことは仕方ないという理由です。

しかし、最後に彼と話した四ノ宮浩さんは、彼は勇敢で尊敬できる人だと述べます。彼は戦争の真実を見ようとしていたと、その行動を称えます。他にも平和を願っているのであれば危険な戦争の場へ行かなくてもやれることがあったはずだと彼の行動を残念と思う人もいました。

香田証生を政府は救うべきだった

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この意見も多々あるのですが、アメリカと日本の関係上、難しいとは思うが自衛隊を撤退して彼を救うべきだったという意見や、テロに屈してしまってはいけないという意見もありました。

自衛隊を撤退しなかったことによって殺害されたということを繋げてしまうと批判は絶えません。しかし、テロに屈しないことと香田証生さんを助けないことは繋がらないという意見もあり、水面下の交渉に力をもっと入れて救うべきだったと語る人もいました。

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