畑中絹代は稲葉事件発覚後に、先述した交通事故を起こし取り調べを受けましたが、そこで畑中絹代にもいくつかの問題行動があったことがわかりました。
そのため略式起訴となり懲戒免職処分されました。札幌簡易裁判所は畑中絹代に罰金20万円の略式命令を下しています。
稲葉と深い交際関係にあったこと・自宅から覚せい剤を摂取するためのパイプが二本押収されたこと・捜査協力者の男性の飲酒運転を黙認し交通事故を起こしたことなどから懲戒免職処分となりました。
北海道警察に対しては責任が問われなかった
裁判では稲葉事件の要因となった北海道警察の体質についても、稲葉の口から様々な証言がされています。
おとり捜査やノルマ制の指示、また悪事を働いても警察内部全体でそれを黙認する空気ができあがっていたことなどについては、北海道警察自体が正さなければならない大きな問題です。
しかし裁判では北海道警察が責任を問われることは一切ありませんでした。こういった部分からも、問題が起きても組織ぐるみで自分たちの身を守ることが優先されていることがうかがえます。
Contents
稲葉事件発覚後の北海道警察はどうなった?
稲葉事件発覚から裁判が起きても、自らの体質を正そうとしなかった北海道警察ですが、このような重大な事件が起きてしまったその後はどうなったのでしょうか。
稲葉事件発覚後の北海道警察①裏金問題が発覚した
2003年、北海道警察では裏金問題が発覚しました。この事件はメディアの調査報道で発覚し大々的に報道されました。市民の耳に入ったことで多くの反発を買い、当時の北海道知事も対応に追われることとなりました。
裏金問題では、捜査協力者がいない場合にも協力があったと嘘の報告をした他、偽の領収書を作成し、本部に架空の請求を行っていました。そしてその請求金は私的利用のために幹部などが受け取っていました。
これは北海道全域のほとんどの警察署が行っており、後に本部自体もこの裏金作りに関与していたことがわかりました。会見では本部長が不正な経理はなかったと発言したため捜査に本腰が入らない状態が続きます。
稲葉事件発覚後の北海道警察②処分と再発防止策を発表
翌年、内部調査がようやく始まりました。釧路方面元本部長が退職後、裏金問題はあったと記者会見で発表、それを皮切りに次々と裏金があったと告発する元幹部たちが現れます。
調査の結果、処分を受けた人数は3235人にのぼり、内98人が懲戒処分、86人が減給処分、11人が戒告処分、本部長含む137人が内規処分、2750人が口頭厳重注意・口頭注意となりました。
しかし内部調査を行ったのはほとんどが幹部クラスだった為か、道全域で行われた大規模な不祥事事件であるにもかかわらず、軽い処分ばかりとなりました。
また稲葉事件後の対策として北海道警察は、組織犯罪捜査に携わる部門に専任監察官と適正捜査指導官を配置する再発防止策を立てていました。
それにもかかわらず今回の大規模な裏金問題が発覚したことは、警察内部に自浄作用がないことの現れです。
その様子から北海道議会では裏金問題についての百条委員会の設置の提案が出されますが、すべて否決されています。
裏金がなければ稲葉事件は起きなかった?
稲葉も捜査協力者への接待交際費は自費で賄っていました。こういった捜査協力費の不正なお金の流れが捜査員の金銭事情や精神を追い込み、最終的に稲葉事件へと発展したと考えられます。
その一方で稲葉は刑期終了後のインタビューにて、自分のことを警察組織の悪事を一人で背負わされた被害者だと言う者もいるがそれは違う、と話しています。
学生時代を見ても、もともと勢いのある性格でしたのでとことんまで行き過ぎてしまったことと、警察内にあった良からぬ慣習が重なり、稲葉事件という大事件へと発展してしまったのでしょう。
稲葉事件関係者のその後は?
さて稲葉事件によって多数の関係者に刑が執行されましたが、その後彼らはどのような人生を歩むことになったのでしょうか。
稲葉事件の発覚で自殺することになった関係者もいます。それぞれの行き先を見ていきましょう。
稲葉事件関係者のその後①最初に稲葉を告発した男は自殺
自首し稲葉の覚せい剤使用を証言した、渡辺司は札幌にある拘置所に収容されていましたが、2002年8月、個室で自殺(窒息死)しているのが見つかりました。翌月に初公判を控えているところでした。
自殺する理由は見当たらず遺書もありませんでしたが、自殺であると判断されました。布団に寝た状態で靴下を首に巻き、もう片方の靴下を歯ブラシを使い口に詰めた状態での自殺でした。
しかし渡辺の死は実は自殺ではないのではと一部では囁かれています。発見時の自殺方法がやや不自然であることに加え、渡辺は稲葉事件の他にも重大な不祥事情報を知っていた可能性があるからです。
その不祥事が稲葉事件の時のように渡辺の口から洩れることを恐れた、拘置所に入ることのできる人物が自殺と見せかけて渡辺を殺害したのではないかという噂があります。
しかし真実の程は定かではありませんので、自殺として処理されています。また、渡辺が持っていたかもしれないとされる重大情報も闇に消えたままです。
稲葉事件関係者のその後②おとり捜査に関与のロシア人は入国不可
ロシア人船員と弁護側は訴えを起こし、稲葉事件後、減刑の余地があったことを認められ慰謝料が支払われますが、札幌地裁はおとり捜査の違法性について認めることはありませんでした。
計画に参加した稲葉自身も、このおとり捜査は違法であったと認めているにもかかわらずです。
そしてこのロシア人船員は、その後も日本への入国を許されておらず、入国不可となっているようです。
稲葉事件関係者のその後③稲葉が告発した元上司は自殺
違法なおとり捜査を稲葉らと実行していた元上司は、2002年7月、札幌市内の公園トイレで首を吊って自殺しているのが見つかりました。遺書はなく、自殺した理由も不明です。
この時元上司は事情聴取が行われている最中でした。自殺後、仲間の捜査員達は違法なおとり捜査はこの元上司ひとりの指示であったと言い始めます。元上司もおとり捜査に参加していたのは確かです。
しかし計画は元上司含め4人で立てたため、元上司一人の独断ではありません。自殺したことで、死後に他の捜査員達から全責任を擦り付けられるという結果を招いてしまいました。
稲葉事件関係者のその後④畑中絹代のその後は不明
稲葉の交際相手(不倫相手)だった畑中絹代は、懲戒免職処分を受けた後の動向がわかっていません。稲葉事件で北海道警察を去ったあと、彼女はどこで何をしているのでしょうか。
捜査関係者の渡辺や元上司のように自殺の報告はありませんので、自殺等ではなくどこかでひっそりと生活しているのかもしれません。
稲葉事件関係者のその後⑤稲葉は探偵と八百屋で生計を立てている
稲葉は刑務所を出た後、家に戻り、八百屋と探偵を始めて生活しています。元々探偵をするつもりはありませんでしたが知人が探偵を探していたことがきっかけで始めました。
その後探偵事務所を設立し、末の息子と2人でおこなっています。警察官だった頃に働いた悪事をすべて白状し、もう隠し事をしなくてもいい生き方に稲葉氏は満足しているようです。
しかし出所後も警察官に隠れて撮影されていたり、主婦を装った警察官が八百屋に買い物に来て様子を窺っていたりと、今では警察官に対して気の抜けない生活を送っているといいます。
稲葉は道警に対しての気持ちを込めた本を出版
稲葉氏はこの稲葉事件の詳細や、警察内部の実態を赤裸々に告白した本を書いています。「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」/稲葉圭昭著(講談社出版/2011.10.7)
この本では、稲葉自身が実際に行ってきた業務や内部事情、当時の本人の細かな心境が、見て感じてきたそのままに書かれています。
稲葉事件のこと、また普段は見ることのできない警察の内部のことについて興味のある方はぜひ手に取ってみてください。今まで隠されてきた多くの事実を知ることができる1冊です。
稲葉事件を題材にした映画「日本で一番悪い奴ら」とは
なんと稲葉事件は映画の題材になっています。その映画は白石和彌監督、綾野剛主演の「日本で一番悪い奴ら」(2016)です。人気俳優が多数出演する映画ということで見たことのある方も多いのではないでしょうか。
稲葉圭昭執筆の「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」が原題
この映画は先ほどの、稲葉圭昭著「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」を題材として撮影されました。映画の題材に選ばれた理由は監督の白石和彌さんが稲葉氏の著書を読み、大変興味を持ったからのようです。
実話であるのに映画の題材としてとても面白く、しかも殺人シーンなどの描写はないため、深みがありながらコミカルな映画となっています。
映画「日本で一番悪い奴ら」は主演に綾野剛さん、中村獅童さん、YOUNG DAISさんなどが出演しています。実際に起こった稲葉事件をもとにした映画ですのでリアリティがあり、稲葉事件の全貌がよく見えます。
映画をまだ見たことがない方も、もう見たことがある方ももう一度、ぜひご覧になってみてください。稲葉事件の詳細を知ったうえで映画を見ることで、より深く考えさせられることがあるかもしれません。
稲葉圭昭本人も出演!
そして映画「日本で一番悪い奴ら」には、稲葉氏本人も出演しているのです。もうご覧になったことがある方は、稲葉氏が映画に出演していたこと、お気づきでしたか?
映画のどこに出演しているのか知りたい方は、こちらのメイキング映像をご覧ください。まだ映画を見たことがない方は、どのシーンで稲葉氏が登場しているのか、探しながら見てみてはいかがでしょうか。
稲葉氏本人も、この映画を何回も見たといいます。当時の苦い思い出を映画で見ることに少々抵抗があったようですが、全体としてとても楽しめる映画だと話しています。
稲葉圭昭氏設立!いなば探偵事務所について
稲葉氏のその後でも触れましたが、稲葉事件後刑期を終えた稲葉氏は探偵の仕事をしています。札幌市に事務所を置く、「いなば探偵事務所」です。どのような探偵事務所なのでしょうか。
「いなば探偵事務所」は親身になって相談を受けてくれる探偵
稲葉氏は実刑判決を受け、悩みや苦しみを抱えて家に戻りますが、そんな人生でどん底だった稲葉氏を救ったのは周りの人々でした。人の優しさをこれ以上にないほど噛み締めることができたといいます。
その気持ちが困っている人々を助けたいという探偵の仕事に繋がったため、探偵の仕事では依頼人の気持ちを一番大事に仕事に取り組んでいるようです。
また分かりきっていることですが、稲葉氏は元刑事として第一線で動いていたため知識や人脈が豊富にあることも探偵としての強みとなっており、本人もその腕には自信を持っているようです。
また調査員は現在稲葉氏の他に、親族の男性と女性の職員が在籍しています。探偵に相談する内容はプライベートな情報が多く含まれるため、同性に相談したいというお客さんも多いといいます。
そこで男性調査員だけでなく、女性調査員も配置し対応できるようにしています。ちなみに、稲葉氏は顔がある程度知られてしまっているため、外仕事は調査員に任せ事務所内でできる業務を中心に行っているようです。
探偵の仕事を通して人との繋がりを大切にしていた
このような仕事を行ってきたことで、いなば探偵事務所に相談して良かった、と安心して帰っていく依頼者がたくさんいるようです。中には相談したら気持ちが晴れてしまったという方もいるといいます。
並ではない多くの経験をしてきたからこそ、人の痛みや悲しみを敏感に感じとれる、人に寄り添えるそんな仕事ができているのかもしれません。
稲葉事件以外にも・・・警察の不祥事事件は多い!
さて、今回紹介した稲葉事件以外にも、警察官による不祥事事件は多数存在します。これらの事件は現在に至るまで教訓として語り継がれています。その中のいくつかの有名な事件をご紹介しましょう。
稲葉事件以外の警察の事件①警察官ネコババ事件
1988年、大阪で起きた事件です。当時妊娠中だった主婦はスーパーで現金15万円が入った封筒を拾い警察署へ届けますが、警察官がそのお金を自分のものとしてしまいます。
相手に無事届いたとの連絡がないことを不審に思った主婦が確認の連絡をしたことで発覚しました。しかしそのことで事件の公表を恐れた警察官達は組織ぐるみで主婦を犯人に仕立てようと計画します。
署は妊娠している主婦の体調を考慮せず執拗に事情聴取を行い、取り調べで主婦が罪を認めるまで責め立てるなどし、強引に逮捕状を請求しました。主婦はノイローゼを発症してしまいました。
主婦の医師は警察に猛抗議し、また証拠不十分だった為逮捕状は却下され、課を変え再び捜査が行われました。その結果本部の巡査が犯人だったことが判明します。巡査は懲戒免職処分されました。
主婦側は大阪府警に対し慰謝料の請求と民事訴訟を起こし、口頭弁論で双方和解しました。慰謝料として支払われた200万円は主婦が全額を冤罪防止運動団体に寄付しています。
また冤罪事件について興味のある方は、こちらの記事もご覧ください。
稲葉事件以外の警察の事件②志布志事件
2003年に鹿児島県で起きた事件です。公職選挙法違反について捜査していた中起こり、警察官による長期に渡る執拗な聞き取り調査や、無実の者に自白の強要をさせるなどをしたことで問題となりました。
この事件の背景として、集落には過去7回当選した実績を持ち地域の権力を握っていた鹿児島県議会議員がおり、この議員が事件を指揮した警部と古くからの友人関係だったことがあげられます。
その議員と対立する人物の当選のため、酒類や現金などをホテルなどで配っていたと起訴された住民が十数名いましたが、裁判では証拠不十分だとして全員が無罪となりました。
稲葉事件以外の警察の事件③ゲーム機汚職事件
1982年に大阪で起きた事件です。当時、大阪の繁華街では、改造したゲーム機を違法賭博するという闇社会でのブームがあり、大阪府警はその取り締まりに乗り出すことにしました。
しかし取り締まりの成果が出なかったどころか、府警は違法賭博する闇業者に捜査情報の提供をし賄賂を受け取っていました。その後一人の巡査と業者が賄賂容疑で逮捕されましたが、それをきっかけにこの巡査の元上司、
他にも府警などの関係者合わせて124人が関与していたことが発覚します。この124人はそれぞれ処分を受けましたが、この事件での賄賂の総額は2千万円以上あったと報じられています。
警察の不祥事は度々報道される
その他にも、警察の不祥事事件はまだまだあります。銃の使用や管理が粗雑なもの、公文書の不適切な取り扱い、個人情報の流失、そして稲葉事件でも問題となった、
裏金問題や警察内部での上下関係・隠蔽体質、警察という職業柄感じる強いストレスによる個人的な不祥事といったものが挙げられます。
いろいろな事件がありますがそれぞれ共通する部分もあり、事件を深く知ることで警察とはどのような組織なのか、見えてくるようでもあります。
稲葉事件にも登場した!警察官が使用する捜査手段
稲葉事件では、捜査方法を駆使した計画が練られていました。今回は特に2つの計画に焦点を当て、本来はどのような捜査方法であるのかを見ていきましょう。
捜査方法①おとり捜査
おとり捜査は、目星を付けている人物・団体に対し、警察側が捜査していると知られないよう気を付けながら犯罪行為を促し、実行したところを検挙・逮捕するという方法です。
過去に被害が出たが実行されなければ逮捕できない、現行でないと証拠がない犯罪などに有効です。薬物に関する犯罪、買春、海賊版ソフトの販売などといった犯罪の捜査によく使われます。
しかし、本来警察が抑止しなければならない事件を、誘発した結果が犯罪になったという見方もでき、裁判で争われる事が多い捜査でもあります。稲葉事件で逮捕されたロシア人もこの捜査に訴えを起こしました。
捜査方法②泳がせ捜査
泳がせ捜査は、犯罪行為が発覚してもすぐには動かず、しばらく様子を窺い犯行の全貌が明らかになったら逮捕するという方法です。制御下配送、コントロールド・デリバリーとも呼ばれます。
この捜査の弱点は様子を見ている間にも着々と犯行は進んでしまうという点で、小さな動向も見逃さないことや、逮捕する為に動くタイミングを見極めることが非常に重要となります。
稲葉事件では、香港マフィアから覚せい剤を密輸する計画の際に使おうとしていました。最後の密輸で荷受人も逮捕しようと画策していたので、泳がせ捜査+おとり捜査も取り入れていたということになります。
正しく使えばどちらも実績のある捜査方法
稲葉事件ではこれらの捜査方法を悪用する形となってしまいましたが、法律に定めてある通り正しく使えば、犯人の逮捕に近づく有効な手段です。
稲葉事件以外にも捜査方法に違法性があったとして訴えを起こし、裁判が開かれる事が多々あります。様々な見方ができますので、専門家であっても意見が分かれてしまう難しい問題です。
ただ、この稲葉事件のように決して悪用されることがないように、気高く職務を全うして欲しいですよね。
稲葉事件は警察の組織的な問題から生まれた事件だった
稲葉事件についてその内容と現在に至るまでを追ってきました。自殺者も出した稲葉事件、もちろん稲葉氏本人に大きな責任があることには変わりないですが、警察の組織的な問題が大きく目立つ事件でした。
本来なら地域住民の安全を守るための警察が、行き過ぎたノルマの設定ばかりに気を取られたり、検挙率を上げるためだけのおとり捜査をしているようでは本末転倒です。
今後このようなことが二度と起こらないように、警察署全体がこういった空気をなくそうと意識して欲しいですし、稲葉事件を教訓に襟を正した業務を頑張って欲しいですね。
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