稲葉事件の概要と北海道警察の闇に迫る!稲葉圭昭や畑中絹代のその後も!

稲葉事件の背景④稲葉は他人のノルマも引き受ける重圧に疲労

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稲葉は他の捜査員のノルマまで引き受けていましたが、次第に重圧を感じるようになります。検挙率を上げようとするほど、より多くの捜査協力者と会う必要があるためです。

また時には自分の職業を隠して暴力団関係者の上層部との接触を行うこともありました。命の危機を感じる出来事もあり、とても恐ろしい経験だったと語っています。

また上司もこのような捜査に加わっていたため、それぞれの思惑がぶつかり上司との関係も徐々に悪化していました。点数稼ぎには最適な手段でしたが、疲労が溜まっていきます。

稲葉事件の背景⑤覚せい剤取引を見逃していた?!

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〈銃〉の大量摘発をしようと、暴力団員と稲葉事件中に画策。香港のマフィアから〈覚せい剤〉を密輸し、数回まで見逃し相手が油断した頃、次回の密輸物を大量の〈銃〉に変えそこに突撃するという計画です。

しかしこれは失敗に終わります。計画を持ち掛けた暴力団員が最初の覚醒剤密輸後に失踪したのです。故意に見逃したというよりは、共謀者に逃げられ計画を遂行できず、結果密輸を見逃してしまう形になりました。

この事件で得た〈覚せい剤〉はほぼこの暴力団員のもとへ入りましたが、中1㎏は稲葉が引き抜き所持し、それらを捜査協力者達に配っていました。自首した渡辺が持っていたのもこの時の物でした。

稲葉事件に関わっていた畑中絹代とは?

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稲葉事件では内部の人間も犯行や隠蔽に協力していましたが、その中には畑中絹代という女性の姿もありました。稲葉とは親密な付き合いがあったようですが畑中絹代はどのような人物なのでしょうか。

畑中絹代とは?稲葉圭昭の不倫相手で巡査部長!

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畑中絹代は当時33歳で北海道警察〈本部銃器対策課〉の〈巡査部長〉でした。稲葉とは交際関係にあり、同じ職業ということで、仕事や特にプライベートで親密な関係にあったようです。

しかし稲葉は当時既に結婚しており、子供もいましたので実際には稲葉と畑中絹代は不倫関係であったと言えます。

事件後に畑中絹代の自宅から覚せい剤用のパイプが見つかる

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稲葉事件発覚後、交際相手である畑中絹代の自宅にも捜索が入りました。そこで畑中絹代の自宅から〈覚せい剤〉を摂取するためのパイプが二本発見されました。

検査したところ薬物反応は出なかったため罪に問われることはありませんでしたが、稲葉の部屋から持ち帰った物だったため、稲葉事件に関する何らかの情報を共有、又は知っていたことを示唆しています。

畑中絹代は稲葉の捜査協力者の飲酒運転を偽証した罪に問われた

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畑中絹代は稲葉事件発覚後、稲葉の親戚の男性、捜査協力者の男性と共に外出先で飲酒していました。稲葉が逮捕されたことを慰めるために3人で飲みに出ていたようです。

その帰りに、捜査協力者の男性が飲酒運転する車で事故を起こします。調査で畑中絹代は捜査協力者の男性を庇い、「自分が運転した」と嘘の証言をした為〈犯人隠匿容疑〉で検察官に送致されました。

稲葉事件の裁判の行方は?

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稲葉事件は内部の人間を含む多くの関係者が各方面から加担しているため、責任の重さがどこに置かれるのか、公平な裁判となったのかが疑わしいところです。それぞれの判決はどのように出たのでしょうか。

稲葉圭昭には懲役9年・罰金160万円の実刑判決

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裁判は札幌地裁で2002年11月から開かれ、翌年2003年4月に稲葉は〈懲役9年〉、〈罰金160万円〉の判決を言い渡されました。裁判の中では、密売で莫大な金額を得たこと、

鑑賞用や利益目的のために〈銃〉を受け取っていたこと、そしてその〈銃〉を暴力団などに売っていたこと、稲葉自身も1999年頃から〈覚せい剤〉の使用を始めたことを認めました。

他にも大麻の密売、違法な〈おとり捜査〉、泳がせ捜査について供述し、捜査協力者と共謀して摘発数を上げていたことについては上司の指示であったことを証言しました。

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そして取り調べの中、稲葉が中々認めたがらなかった罪がありました。〈覚せい剤の使用〉についてです。所持・密売についてはすんなりと認めました。

しかし使用については色々な理由をつけてかわします。罪悪感が他の犯行よりも大きかったことや、使用した経緯・その心境について供述することに恥ずかしさがあったのかもしれません。

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