小島一朗の現在は?新幹線殺傷事件の犯人の父や家族との複雑な関係とは?

小島一朗は逮捕されてからの1か月後である2018年7月から4か月間、鑑定留置期間そして拘留されました。現在は精神鑑定も終わり、刑事責任能力があると診断されました。

小島一朗の事件後②公判はまだ開かれず

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事件から約1年たった2019年7月現在、まだ公判は開かれていません。小島被告は無期懲役を望んでいますが「死刑は嫌だ」と述べているらしく、どのような求刑を言い渡されるのか注目されています。

小島一朗は現在も独居房に拘留中

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小島被告は現在も独居房に拘留されています。新幹線殺傷事件という大きなことを起こしたのに対して本人は自分の犯した罪の重さが現在も全く理解できていない模様です。

小島一朗は反省をしていない

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小島一朗は「刑務所に入りたかった」「むしゃくしゃしていた」「誰でもよかった」と自分勝手な犯行動機ばかりですが、「自分に一切責任がない」とも供述しています。

自分の悲惨な境遇が今回の事件を引き起こしたと思っており、警察にもそう説明しているようです。自分の行動の全てが他人のせいと思っている様子で、被害者や遺族の方に対して謝罪の言葉はありません。

小島一朗は家族との面会を頑なに拒んでいる

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事件後、家族である父親、母親と祖母が小田原署に面会に行きましたが、本人はドアを閉めて面会を拒否。さらには差し入れや手紙も受け取りを拒否し、現在も面会ができていない様子です。

小島一朗の生い立ちは?事件を起こすまでの足取りとは?

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小島一朗は一貫して自分の境遇の悲惨さを説いていますが、彼をそこまで追い詰めたものとは一体なんだったのでしょうか。また、新幹線殺傷事件を起こすまでどのような足取りを取っていたのでしょうか。

小島一朗の生い立ち①1996年愛知県・一宮市に誕生

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小島一朗は1996年に愛知県の一宮市で生まれました。家族は父親、母親、姉と父方の祖父母との6人暮らしで、母親は共産党員だったそうです。(現在はNPO職員)

小島一朗の生い立ち②中学時代に不登校となる

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中学2年生のときに、「授業についていけない」と不登校になりました。また、この時期から家族、特に父親との関係が悪化し、15歳で別居してしまします。

小島一朗の生い立ち③自立支援施設に住みながら定時高校へ進学

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自立支援施設で生活をしながら定時制高校へ進学。こちらでは約5年ほど生活したそうです。施設では率先して家事を手伝うなどをし、職員からの評判もよかったそうです。

小島一朗の生い立ち④職業訓練学校では成績優秀

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定時制高校を卒業後、名古屋市内で1年ほど卒業訓練を受けています。職業訓練学校では成績優秀で、電気工事などの資格を取得しました。

小島一朗の生い立ち⑤就職し働き出すも退社

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職業訓練を終えた19歳の時に、機械修理会社に就職。就職時には施設の年配の入所者から背広をプレゼントされたそうですが、職場では人間関係を理由に1年で退職してしまいます。

小島一朗の生い立ち⑥祖母達との同居生活が始まる

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その後、一宮市に戻って一人暮らしを始めますが貯金が半年で尽きてしまい、岡崎市に住む母方の伯父と祖母と同居することになりました。同居は小島一朗本人の希望だったそうです。

小島一朗の生い立ち⑦家出を繰り返す

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祖母と同居しても小島被告の生活は安定せず、「死にたい」と言って家出を繰り返しては警察に連れ戻されるということが続きました。

小島一朗の生い立ち⑧事件前「旅に出ます」と4度目の家出

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ある日、祖母に「仕事を続けられない自分が恥ずかしい。旅に出ます」と告げ4度目の家出を決行します。祖母からは70万円入った口座のキャッシュカードをもらっていました。

小島一朗の生い立ち⑨事件直前までホームレス生活だった

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祖母の口座からは毎月10万円ほど引き出されていましたがそれも尽き、事件の直前は長野県でホームレスのような生活をしていたそうです。

小島一朗と家族の複雑な関係とは?家族の現在も

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小島一朗には家族との複雑な関係があった模様です。また、家族は現在どのような立場にいるのでしょうか。

小島一朗と家族①「死にたい、絶望だ」の発言が多かった

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小島一朗は普段から「死にたい、絶望だ」「自由に生きたい。それができないなら死にたい」といった発言が多く、自殺願望があったようです。

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