幸い、相手の男性は打撲ですみ命に別状はなかったそうです。車の事故は、一瞬の不注意で一生罪の意識をもって生きなければならないケースもあります。また、昨今、テレビ番組の中で事故が起こったというニュースも聞きます。気をつけなくてはなりません。
テレビ番組の中での事故に興味のある方はこちらからどうぞ。
山岸舞彩を久しぶりに見たとネットで話題
この事故のニュースが報道されたことで、ネット上にいろんなコメントがでました。だれ?とかZEROのひと、肩さんひさしぶり、マルイの御曹司と結婚した人などなど。中にはもう引退した一般人なんだからそっとしておけばいいのにといったコメントも見られました。どちらかと言えば、まだ、彼女のことを覚えていいるひとが多いようです。
しかし、事故自体の感想よりも以前の彼女につてのコメントが多いのは有名人の定めです。もし、次にニュースで登場することがあったら、今回のような事故ではなく、出産とか何かの賞を受賞したとかうれしいものがよいですね。
山岸舞彩は書家として現在も活躍
すでに述べましたが、彼女の経歴には書家としての活動があります。芸能活動を平行して行なっていたので、そちらの勉強に加えて書道の修練もするのは大変だったと思います。書家としては、現在まで活動を続けています。では、その活躍ぶりを、もう少し詳しく紐解いてみましょう。
山岸舞彩は2009年に書道の師範になっていた!
彼女の雅号は山岸彩周と言います。雅号の由来は自身の名前舞彩の彩の一字と、書道の師匠から周の一字をいただき、彩周(さいしゅう)としたそうです。2009年12月に現代書道研究所の教育部師範試験に合格した後、2010年1月に師範免状を与えられました。
師範というのはそれぞれの流派の中で指導できる技量を認められた最も高い資格です。現代書道研究所は由緒ある流派の一つで数々の書展を開催していますので、その師範ですから彼女の技量の素晴らしさがうかがえます。
山岸舞彩は山岸彩周として数々の賞を受賞
その実力をはかるものとしてあげられるのは、彼女の受賞歴です。彼女は毎日書道展において幾度となく受賞しています。毎日書道展とは毎日新聞社と一般財団法人毎日書道会が主催する書道の公募展で、前身から見て1948年から開催されています。現在の日本においては産経国際書展、日展、読売書法展とあわせて四大書道展を呼ばれ、最も権威があります。
その書展において第62回展(2010年)ではかな部1類でただ一人U23新鋭賞を、第65回展(2013年)では近代詩文書部で佳作賞とかな部入選、第66回展(2014年)ではかな部で佳作賞と近代誌文書部で入選、さらにかな部での10年連続入選で会友の資格を取得しました。
山岸舞彩は書家として現在も活躍
芸能界引退後も書家としての活動は続き、第68回展(2016年)ではかな部への出展とともに近代詩文書部での入選をはたしていて、第69回展(2017年)にも入賞しています。その後も出展を重ね第71回展(2019年)にも会友出品者としてかな部へ出品していて現在に至ります。これからの書家としての活躍に期待が膨らみますね。
山岸舞彩はオリンピックでキャスターとして活躍
現在、日本は2020年自国で開催される東京オリンピックで盛り上がっています。新国立競技場をはじめ、様々は競技施設が建設されたり、交通網の見直しをしたり、開会式閉会式の演出総合統括に野村萬斎氏が就任し準備をしたりと日に日に楽しみになってきます。先日もチケットの予約販売がありました。
そんなオリンピックの熱狂を伝えてくれるのが、各テレビ局のキャスターの皆さんです。山岸舞彩さんもそんなオリンピックで私達に感動を伝えてくれたキャスターの1人でした。
ロンドンオリンピックのキャスターに就任
彼女が抜擢されたのは2012年のロンドンオリンピックで、NHKの現場中継キャスターとしてでした。当時NHKBS1のJリーグタイムの番組キャスターをしていて人気が上昇し、NHKのサタデースポーツ、サンデースポーツを担当していた実績を買われての抜擢でした。
当時は世間も期待度が高く、実際に現場での彼女の評判や番組の評価も高かったです。積極的に人と関わっていき、実際の現場の雰囲気を伝えていました。彼女の輝かしい経歴の一つといってよいですね。
山岸舞彩はゴルフが得意
女子ゴルフで、AIG全英女子オープンゴルフが開催されました。そこで、日本人選手としては42年ぶりに海外メジャー制覇を渋野日向子選手が成し遂げました。素晴らしい快挙ですね。また、女子ゴルフが盛り上がりそうです。実は、山岸舞彩さんもゴルフが得意でベストスコアは75。これもすごいですね。
水泳だけでなく幼いときからゴルフの練習していた
彼女は幼いときから身近にゴルフがあって、家族みんながゴルフを熱心にやっていたそうです。真剣にゴルフの練習に取り組み始めたのは小学校2年生からで5年生の時にはジュニアの大会に出場していたそうです。毎日の練習で彼女に指導してくれたのはお父さんで毎日練習場に連れて行ってくれたそうです。
その結果、中学3年生の時には関東中学校ゴルフ選手権で6位に入賞。性格の本番に強いタイプでゴルフ向きといわれ将来はプロゴルファーにとも言われていたそうです。
しかし、ゴルフへの必死さはそれほど続かず、さらにエスカレーター式に進学した高校ではゴルフ部もなかったため競技から離れることになったそうです。現在は楽しんでゴルフをしているとか。ご主人と一緒に楽しくラウンドするのもよいですね。