今の時代では知りえないことをまるで見てきたかのように語ったり、四千年生きていると言ったりと周りが驚くようなことを話していたとされる不老不死の男、サンジェルマン伯爵のエピソードにはどのようなものがあるのでしょうか。
生まれは?実在していたのはいつ頃?
18世紀のヨーロッパに実在していた人物なのですが、どこで生まれたかは未だ謎のままです。出身に関しては諸説ありますが、ハンガリア出身と言われ、両親はスペイン王妃マリーとユダヤ系貴族メルガル伯爵との私生児という説が有力のようですが、正確な記述は存在していません。
様々な時代の人がサンジェルマン伯爵を知っている
自身の年齢を2000歳とも4000歳であるとも称していましたが、彼を知っている古い人物にはソロモン王やシバの女王、アレクサンダー大王やイエス・キリストがいて、彼らと面識があったと話していたようです。また、十字軍の騎士として加わった際に、リチャード1世とも話したとも言われています。
彼が死亡したと記録されている1784年以降にも多くの目撃証言があり、ナポレオンがエジプト遠征の際には伯爵と会い彼から忠告を受けたとも、イギリスのチャーチル首相が敵対するドイツの助言を受けたとも言われているのです。
未来の技術を知っている
彼の活躍していた時代(18世紀)にはまだ発明されてもいない、知り得ることなど到底できるはずがないであろう飛行機や汽車、蒸気船などを知っていて、これらをまるで実際に見てきたかのように詳しく話していたそうです。
時空を旅しているのか虚言癖か?
バビロンの都を見たことがあり、アレクサンドロス大王が入場する際の行進曲をピアノで演奏したとも、カナの婚宴に立ち会って水がめの水を葡萄酒に変えるのを目撃していて、ジュリアス・シーザーのローマ凱旋を見たと語っていただけではなく、彼が死んだとされた後にもサンジェルマンと会ったという人やフランス革命中、処刑広場での目撃情報が多数あったと言われています。
サンジェルマン伯爵は亡くなったという説も!
死亡説については死亡した年についても定かではなく、17984年とも1777年とも言われています。息を引き取った場所についてはどの説もドイツであるとされており、ドイツ・ヘッセンの邸宅でうつ病とリュウマチに苦しみ亡くなったと伝わっていますが、エッケルフェアデ教会には1784年2月27日に亡くなり3月2日に埋葬されたとの記録が残されています。
サンジェルマン伯爵の逸話が凄い
多くの外国語を話し、多芸多才で錬金術をも操り、トラベラーとも言われる他にも数々の不思議な伝説が残されています。
誰も若い頃の経歴を知らない
数々の逸話があるにも関わらず、前半生はほとんど知られていないのです。生まれた年も1691年とも1707年とも言われていて定かになっておらず、彼がパリで有名になったのが1750年頃から1760年頃なのですが、それ以前の経歴で分かっていることは、1735年にオランダのハーグにいるという自筆の手紙に書いていたということと、1743年に王位を要求してチャールズ・エドワード・スチュワートのスパイ容疑で逮捕されたということだけなのです。