1769年、イギリス人探検家のジェームズ・クックがヨーロッパ人として初めてニュージーランドに上陸し、そこからこの地は捕鯨やアザラシ漁の補給地として利用され始めます。人々はマオリ人からジャイアントモアの話を聞きますが、既にそんな巨大な鳥はどこにもいませんでしたので、誰もそれが実在したと信じようとはしなかったのです。
ジョン・ハリスとリチャード・オーウェン
リチャード・オーウェンはイギリスの生物学/比較生物学/古生物学者です。1839年、ニュージーランドに住む引退した外科医ジョン・ルールからの手紙が彼の元に届きます。甥のジョン・ハリスがマオリ人から手に入れた15cmほどの骨を買い取ってもらえないかというものでした。
ジョン・ハリスはニュージーランド東海岸に住む、その地ではヨーロッパ人として初めての交易商で、その骨を手に入れた際、ニュージーランドのとある河口の泥の中から見つかったものだという説明を受けていました。
謎の巨大鳥類
オーウェンはこの骨を巨大な鳥類の大腿骨であるとしましたが、他の学者はそんな鳥いるわけがないと信じようとはしませんでした。しかし程なく他にもニュージーランドから箱いっぱいの正体不明の骨が続々と届くようになると、徐々にその骨格が復元されました。それは伝説とされていたジャイアントモアが、実在したと認められた瞬間でした。
恐竜という言葉を作ったオーウェン
オーウェンは様々な生物の発見や分類において多大な功績を残しました。実は現在世界中で当たり前に使われている恐竜(dinosaur)という言葉を作ったのも彼でした。こちらではその恐竜からさらに分かれ、モアたちと違い空を飛ぶことを選んだ翼竜たちをご紹介しています。興味がある方はぜひご覧ください。
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ジャイアントモアにも天敵が
人間以外の敵などいなかったように思えるジャイアントモアですが、実は唯一、天敵と呼べる存在がいました。一体それはどのような生物だったのでしょうか。その正体をこちらでお伝えしていきます。
唯一の天敵「ハーストイーグル」
それは史上最大のワシと言われるハーストイーグル。翼を広げた長さは3mにも及んだと言います。現在のワシの足と比べるとその巨大さは歴然としています。草食であるモアと別の道筋で、他に対抗する動物がいなかったことで大きく進化した空を飛ぶ鳥でした。
肉食であるハーストイーグルが、生きているモアたちに襲いかかってまで食べていたのかについては研究者の意見が分かれると言いますが、大きな食糧源となっていたのは間違いなさそうです。モアたちの数が減ると、後を追うようにこのワシも数を減らし、森林の減少などの影響も受け絶滅してしまったようです。
夜行性の鳥が多い理由
実は現在もニュージーランドに生きるキーウィはジャイアントモアの遠い親戚に当たるのですが、小さな彼らが生き延びてこられたのは夜行性になることを選んだからだと言われています。他にも飛べない多くの鳥たちが夜行性になったのは、ハーストイーグルのような獰猛なハンターから逃れるためだったのです。
確かに夜であれば自分の行動を相手に悟られずに身を隠すことができそうです。ジャイアントモアの住んでいた草原や灌木地において、日の光の下であの巨体はあまりにも見つかりやすかったのかもしれません。
ジャイアントモアの寿命は?
先ほど大人になるまで10年とお伝えしましたが、ジャイアントモアが天寿を全うすることができた時、それはどれほどの長さだったのでしょう。未だ確証は得られていないようですが、50年以上は生きられたのではないかと推測されているようです。
マオリ人やハーストイーグルに殺されてしまうことなく生きられたジャイアントモアは多くはなかったかもしれませんが、50年となるとダチョウやチンパンジーと同じぐらいになりますのでかなり長生きですよね。
ジャイアントモアの写真を見てみよう!
さて、ここからはいよいよジャイアントモアの写真をご紹介していきます。ここまでダチョウとの比較の大きさなどいろいろとお伝えしてきましたが、彼らは実際どのような姿をしていたのでしょうか。
ジャイアントモアの写真①
マオリ人の隣で、その長い首を高く掲げたジャイアントモア。背丈はマオリ人たちの倍はありそうです。現在のダチョウやエミューと似ていますが、ジャイアントモアはそれらより遥かに頑丈そうな脚を持っていますね。
ジャイアントモアの写真②
こちらもマオリ人とジャイアントモアの写真です。首の長さが驚異的ですね。ダチョウやエミューなどと比べても1.5倍くらいは長そうです。これだけ大きなジャイアントモアですから、マオリ人たちにとってみれば1羽仕留めるだけでも大収穫だったのではないでしょうか。
ジャイアントモアの写真③
こちらはロンドンの自然史博物館に収められているジャイアントモアの足の写真です。実はこの足、最初は恐竜トロオドンのものであると発表されたのですが、後の詳細な調査によってジャイアントモアのものであるとわかったのだそうです。この大きな爪。恐竜のものと間違われてしまったのも頷けます。
またこちらの博物館にはジャイアントモアの全身骨格標本も収められています。それもそのはず、実はこの博物館の創設者こそが、ジャイアントモア実在を証明した、あのリチャード・オーウェンその人なのです。
ジャイアントモアの剥製がある!
ニュージーランドのオークランド博物館では、ジャイアントモアの剥製を見ることができます。あの巨体の隣に立ったらどんな気持ちがするものなのでしょう。ぜひ見に行ってみたいものですね。ここからいくつかご紹介していきます。
ジャイアントモアの剥製写真①
こちらの剥製は骨格から復元されたものとなっています。首まで全身を覆うふさふさの茶色の羽毛はダチョウよりもキーウィやエミューに近そうですね。博物館を訪れる人々を天井近くから見下ろしています。
ジャイアントモアの剥製写真②
こちらはハーストイーグルとともに展示されています。背後から鋭い鉤爪を広げて襲いかかるハーストイーグル。遥か昔のニュージーランドで、このように巨大な鳥たちが死闘を繰り広げていたのかもしれません。
ジャイアントモア復活への試み
マンモスなどで試みられているように、実はジャイアントモアも現代に蘇らせることができないものかと研究が進められています。しかし現在のところ、幾つかの理由から少々難易度が高いと考えられているようです。それはなぜなのでしょうか。
見つかっているたくさんの卵
これまでに見つかっているジャイアントモアの完全な状態の卵は30個以上にのぼります。そのためDNAを取り出すことは可能なようですが、既存のクローン技術では卵の殻の存在と、またダチョウよりも大きいその卵のサイズが足かせとなっているようです。
他の鳥の卵を母体としてジャイアントモアの卵から取り出したDNAで胚を育成しようとしても、せっかくの母体となる卵が小さすぎては十分に成長させることができません。今後の技術の進歩に期待したいところですね。
実はジャイアントモアは生存している?
絶滅したとされているジャイアントモアですが、実はまだどこかで生きてるのではないかという意見が根強くあります。それはなぜなのでしょう。ここからはジャイアントモアが生きている可能性についてご紹介していきます。
目撃情報多数!
これは2017年の目撃情報のひとつで、林の中をジャイアントモアのような大きな鳥が歩いていく様子が映されています。悠然と歩く姿が見て取れますね。実はこのように、ほとんどが確証は得られないものではあるものの、今でも数々のジャイアントモアの目撃情報が寄せられているのです。
クック海峡の島々に生存の可能性が
ニュージーランドの2つの大きな島の間を流れ、国の南北を隔てているクック海峡。そこに点在する島々に、ジャイアントモアがいるのではないかという説があります。あのリチャード・オーウェンも自身の論文の中で、そのような噂があることについて触れています。
オーウェンが絶滅しているとしたタカへという鳥なども、何年も経った後にやはり生きていたと発見されたことがありましたので、もしかしたらジャイアントモアも発見されることがあるかもしれません。
ニュージーランドの南島にも可能性が
一般の人々からの目撃情報だけでなく、現在でも様々な学者によって示唆されるジャイアントモア生存の可能性。1996年、オーストラリアの博物学者たちによって、大規模な調査がなされました。その際にもある学者は、ニュージーランドの南東に今も残る原生林に、もしかするとジャイアントモアはまだ住んでいるかもしれないと語ったそうです。
ジャイアントモアはまだ生きているかも!
今日でも目撃情報が上がるたびに大きな話題となるジャイアントモア。このことからも注目度の高さが伺えますし、ジャイアントモアがまだどこかで生きているのではないかという、人々の願いにも似た期待感が伝わってきます。いつの日か私たちが、あの巨大な鳥を実際に見上げられる日がやってくるかもしれませんね。