VRとは、現実にいながら仮想の世界を疑似体験することです。その技術進歩は目覚ましく、今や誰もが楽しめる身近なものとなっています。もっともVRの可能性は娯楽のみに止まりません。外科手術のシミュレーションや教育現場における職業トレーニング、軍や警察の代替訓練などとしても注目を浴びているのです。
脳が錯覚するクロスモーダル現象
かき氷のシロップの成分が実はどれも同じであることをご存知でしょうか。私たちは匂いと色が異なるだけで、赤ければ「いちご味」、黄色ければ「レモン味」など容易く錯覚してしまうのです。これまでの経験則に従って、ありもしない刺激を感じ取ってしまうこの現象を「クロスモーダル現象」と言います。
VRでも同様の現象が起こり得ます。女子高生の家庭教師になるというVRゲームにおいて、そういった機能がないにもかかわらず、吐息がかかったという感想を残した体験者がいるのです。その体験者の職業がホストであったことから察するに、日頃女性と接し慣れている経験則が、ありもしない吐息を錯覚させたのでしょう。
触覚まで完全再現?
人間の皮膚には数多くの触覚センサーが存在しています。それらが受ける刺激をコンピュータでシミュレーションすることで、触覚を再現可能とするシステムが近年開発されつつあるのです。研究を進めるにつれて、受ける刺激の詳細を完全再現せずとも、人間の知覚は錯覚を生じることが判明しています。
慶応義塾大学の准教授である南澤孝太氏は、体験した触覚を記録し、再現することで他者と体験の共有が可能となる触覚伝送技術の開発によって、やがては触覚を疑似体験できるテレビやインターネットが普及するだろうと語っています。
そもそも錯覚はなぜ起きるのか
なぜ人間の脳は錯覚を引き起こすのでしょう。これは、なぜ人間の脳は欺かれるのかと換言することもできます。結論から言えば、脳が基本的に面倒くさがりだからです。たとえば先ほど挙げたクロスモーダル現象ですが、これはそれまで送ってきた生活の中で受容した情報と刺激をもとにして生じる錯覚です。
では、なぜそれが起きるのでしょう。それは経験則に基づいて判断した方が、情報処理の負荷が少なくて済むからです。経験則と言えば響きは良いですが、それは同時に「思い込み」とも言い換えられます。心理学ではこれを「バイアス」と呼び、昨今はビジネスシーンにおいても重宝されるワードとなりました。
ベクション現象とは?
SF作品でよくあるワープシーンを思い出してください。光の粒子が中心から周辺へ向かって拡散している映像を見ると、まるで自分が中心に向けて進んでいるような感覚に陥るのではないでしょうか。これがベクション現象です。つまり、実際には止まっているにもかかわらず、視覚情報の変化によって動いているような感覚を覚えてしまうのです。
より身近な例を挙げましょう。あなたが止まっている電車に乗っているとして、窓から動き出した別の電車を目にしたとき、自分の乗っている電車があたかも動き出したように感じられた経験はありませんか。これは「トレイン・イリュージョン」と呼ばれる実例です。
脳が欺かれて良いこともある
ベクション現象は、多くの映画作品の中で有効活用されています。アクション映画ともなれば尚のこと、ベクション現象を利用したシーンが全くない映画を挙げることの方が困難といえるでしょう。この錯覚が存在しているからこそ、私たちはUSJで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「スパイダーマン」の世界に没入できるのです。
「水槽の脳」以外の思考実験
先に触れたように、哲学者たちが考えを巡らせている思考実験は「水槽の脳」だけではありません。眠れない夜に何度も寝返りを打ちながら「寝よう、寝よう」と言い聞かせるほど、返って眠れなくなるものです。そんな夜こそ、これから紹介する思考実験に思い耽ってみるのはいかがでしょうか。
スワンプマン
ある男が沼地を歩いていました。そして不運にも落雷で命を落としてしまいます。ところが二度目の落雷により、沼地の原子が化学反応を起こして、その男と全く同じのものを再構成しました。誕生したスワンプマンは、命を失った男と変わらない日々を送るようになりました。さて、スワンプマンは絶命した男と同じ存在と言えるでしょうか。
世界五分前仮説
世界が五分前にいきなり出現したと聞いたら、あなたはどう思うでしょう。その世界に生きる全ての人間が、実在しない過去を記憶して世界と共に現れたというのです。荒唐無稽な話だと思われるかもしれませんが、実のところ反証はできません。一方で証明もできません。思考実験に遍く言えることですが、これもまた議論自体を目的としているのです。
水槽の脳をテーマにした映画
水槽の脳を題材として扱った映画についてご紹介します。まだ観たことがないという方は、これを機にぜひご覧になってください。すでに観たことがあるという方も、この記事を読んだあとであれば、また違った視点で物語を楽しむことができるのではないでしょうか。
仮想現実をテーマにした「マトリックス」
「この世界はもしかしたらコンピュータが作り出した幻かもしれない」という仮説を知ったとき、あなたの頭を過ぎったのがこのタイトルではないでしょうか。映画『マトリックス』の世界観がまさにそれでした。主人公のトーマスは、仮想空間では「ネオ」と名乗り、人類を支配するコンピュータとの戦いに身を投じていきます。
夢の世界をテーマにした「インセプション」
この作品では、夢の世界が多重構造として描かれています。夢の世界の第一階層で夢を見ると第二階層へ、第二階層で夢を見ると第三階層へ進めるというルールのもとで、世界観が構築されています。つまり、目を醒まして水槽の脳を見たと思っても、結局はまだシミュレーションの中にいるに過ぎないのです。
夢に関する不思議な話をもっと知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
思考実験「水槽の脳」について考えてみよう
「水槽の脳」は思考実験の一つでした。それが今は「シミュレーション仮説」へと派生し、研究対象となっています。あなたはどう思いますか。宇宙のシミュレートなんて物量的に無理、だからこの世界は本物だと思いますか。それとも、その「物量」もまた本物の世界の科学者が「設定した」もので、私たちは今も水槽の中で夢を見ていると思いますか。
最後は理論物理学者ゾホレ・ダブディ氏の言葉で締めくくりたいと思います。この世界はシミュレーションかもしれない、それについて怖いと思わないかと訊かれたとき、ダブディ氏はこう答えています。「ちっとも。むしろ楽しくなるアイデアね!」。
脳に関する記事は、夏目漱石の脳が東大に保存されているって本当?その真相に迫る!の記事もおすすめなので、ご確認ください。